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ターミナルは人で溢れていた。
上層と中層を結ぶ三つの中継地点の一つ、ここサウスターミナルは主に工業製品の流通を担っている。常に油と鉄の匂いが辺りに漂っている。
「レイ、なあレイ!!ここはお祭りの会場なのか!!随分と熱気に満ちているようだが!」
頭の中でロイのはしゃぐ声がする。周りに訝しまれないよう、小声で答える
「・・・熱気はあるが活気はねぇみたいだぜ。見ろ、みんな顔が死んでる」
「本当だ。どうしてだろう?」
「そりゃ仕事だからな」
「でもレイ、あそこを見て。笑っている人もいるみたいだけど」
「そりゃ、仕事だからな」
「・・・?そういうものか」
「そういうものだ」
人でごった返す通路を、流れに逆らわずに進んでいく。
上層へ向かうため、生体情報の濁流を進んでゆく。
意識をデータ化している彼らにとっては、肉眼で捉える以上の情報が常に視覚から供給されている。脈拍や血圧といったバイタルサイン、行動のログ、思考アルゴリズム・・。
いくつもの頭脳で成り立っているシステムの縮小版を、彼らの脳は常に処理し続けている。当然、人が多くなると負担も大きくなる。
「くそ・・、鬱陶しいな」
「ロイ、あまりそういうことを言うものじゃない。バチが当たるぞ」
「あ?うるせえな、事実を言ってるだけだろうが」
「確かに少し目は痛いが・・。悪いことをすると返ってくるって、母さんも言ってたじゃないか。神様は見てるっ
て」
「おいおい、まだ神様がどうとか言ってやがンのか・・!収容所ン時にやめろっつったろうが・・!祈っても助けなんか来なかったろ。神なんかいねぇのさ」
「そんなの、わからないじゃないか。だってレイだって見ていないだろ?神様のこと」
「ハァ、そりゃ悪魔の証明だよ。存在しないことを証明するのは不可能だ」
「・・・悪魔?」
「本物の悪魔がいることを証明した奴は今までいないわけだが、それは悪魔がいないことの証明にはならないだろ?もしかしたら宇宙の果てにいるかもしれない。その可能性がある限りは存在しないことを証明することはできない。わかるか?」
「・・・?」
「わかってねぇな・・。あー、まあとにかく、神様はいないって思えってことだよ」
「れ、レイは難解な話をし過ぎだ!!それじゃ友人は作れないぞ!」
「友人って、お前は俺の親か何かなのか?」
「・・・母さんだ」
「ハァ?何言ってンだ?今のは言葉の──」
「違う!!母さんだ!!レイ!!あそこを見ろ!!」
グイッと視界が強引に横に向けられる。
情報のノイズの中でも、ハッキリと見えた。
あの顔を、身体を忘れるわけがない。
身寄りのなかった俺たちを愛してくれた、あれは間違いなく母さんだ。
「・・・母さんだ」
「だろ!?そうだろ!!」
「ああっ・・!!」
答えるや否や、駆けだしていた。
そうだ、この為に逃げ出したんだ。
さっきまで思考を圧迫していた情報のノイズも全く気にならなかった。
声が聞きたい。もっと近くで顔が見たい。肌に触れたい。
その思いだけが脳の容量の大半を埋め尽くしていた。
そして、ついに辿り着く──。
「か、母さん・・!!」
「わ、な、何事ですか!?」
「母さん・・!!僕だよ、僕!!いや、俺だよ!!」
「はぁ?一体何を・・?」
「レイだよ!!」
「ロイだよ!!」
騒々しい雑踏の中、僕と、俺と、母さん三人だけの沈黙が流れた。
「・・・レイ、と、ロイ・・?」
母さんは恐る恐る、確かめるように口を開いた。
「・・・!!そうだよ!!レイとロイだ!!」
──だから俺は言ったんだ。神様なんていないって。
だってもし神様なんて偉いやつがいるなら、きっとこんな思いをすることなんてないはずだろ?みんなを救ってくれるっていうならさ。
あ、でも逆説的にさ、悪魔はいるってことを確信したよ。
「思い出したわ・・!レイ、ロイ・・!!」
母さんは微笑んだ。確かに、微笑んだんだ。
喜ぶでも、叫ぶでも、泣くでもなく。
ただ、微笑んだんだ。
まるでちょっとだけ、いいことがあったみたいに。
「昔、飼ってた双子の名前よね!!珍しかったから覚えてたわ!!」
「「・・・は?」」
──悪魔ってのは、この世界の名前だよ。間違いなくね。
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