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例えば、ジュースを買うとする。
自販機の前に立ち、ボタンを押し、精算を済ませる。
この一連の流れはシステムによって全てトラッキングされる。
誰が、どこで、何を買ったか。果てには、なぜ買ったのかさえも。
全てが筒抜けだ。
盗みなんてしようものなら、一瞬で素性が割れてしまうだろう。
「俺たちじゃなきゃあな」
周囲の目がないのを確認して、簡易食の自販機に手を添える。すると、数秒の後、商品が滝のように落ちてくる。
──収容所から脱走した後、中層のセントラルシティ居住地区にレイとロイはいた。
「追われてる身にしちゃ、意外と自由にやれるもんだな」
「レイ!!」
「うおっ・・!な、なンだよ、でけえ声出しやがって・・」
「これじゃあ、まるで悪漢のやり口だ!!」
「かてーこと言うなよ。折角の力なんだ。道中は楽しむ方に使おうぜ」
「ああ、なんてやつ!僕と代われ!!」
「あ?オイ!ちょっ・・!やめろ、やめろって──!!」
「──よし!」
踵を返して、自販機の前へと戻る。
そして、ポケットいっぱいの携行食をほとんど元の場所に置いて、ロイは満足そうに鼻を鳴らした。
「何すンだよ!!それは俺ンだ!!」
「ああ、同時に僕のものでもある」
「はーっ!!やってらンねえわ、マジ」
閑静な住宅街に半分欠けた会話が響く。
正午を回った辺りの居住区は人が少なく、大手を振って街を歩いても精々数人に怪訝な目で見られるくらいで済んだ。
ロイは物珍しそうに、目を輝かせて中層の街並みを見回す。
「これが
返事がない。きっと拗ねてしまったんだろう。左脳にでも引きこもってるに違いない。
こうなってしまうと、しばらくは出て来ない。
「しょうがないな。じゃあ、しばらくは僕一人で物見遊山と洒落こもうか!!」
歩くペースが少し上がる。跳ねるような歩調はスキップ未満ではあるが、湧き上がる喜びを抑えきれていないようだった。
それもそのはず。彼らが外の世界を見るのは、実に十年以上ぶりのことなのだから。
レイとロイは上層の中でも相当な資産家の元で育った。育っただけで、生まれてはいない。
彼らは孤児だった。富豪に引き取られた双子が彼らだった。
血の繋がった家族ではなかったが、父も母も二人をよく可愛がったし、二人も愛されている自覚を存分に振りまいてきた。
そんな甘美な日常は、ある日突然バラバラに崩れ去った。
博物館ほどは在ろうかという豪邸に、突如押し入ってきた何人もの大人たち。ゆうに百を超える部屋の中で、彼らは真っすぐ二人の部屋に向けて行進した。
自身の倍ほどある男たちに掴まれて、二人は連れていかれる。
抗いながら、泣き叫びながら、両親に助けを求めた。
涙を流しながら、こちらに手を伸ばす母。それを悔しそうに諫める父。
それが二人の最後に見た両親の姿だった。
「・・・ロイ。そろそろ行くぞ」
「ん?ああ、戻ってきてたのか、レイ!!」
「もういいだろ、代われ。早く上層に、父さんと母さんのところに向かおう」
「・・・ああ、わかったよ」
男は一瞬立ち止まると、すぐにまた歩き出す。
最小の動きで踏みしめるような足音は、数刻前の陽気さをすっかり忘れ去っていた。
──彼らは家に帰ろうとしていた。
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