第12話 知ってた人から‥になった人


 待ち合わせの15分前。11時45分。この時間はそう、僕が目覚めた時間だ。いわゆる寝坊ってやつだ。なんでそんな冷静なのかって?


 もうだめだと諦めがつくと、逆に落ち着いて判断できるというか。だって、どうやったって間に合わないんだもん。悪あがきだと思いながらも、帰ってくるまで気づかなかった左右でバラバラの靴下を履いて、臓器が全部出てくるんじゃないかという勢いで、待ち合わせ場所へ向かった。結果から言うとかろうじて間に合った。12時05分。来ていたのは本田だけだった。


 「お、おはぅおぉぉうぅゔ」


 「おう。どうした」


 「寝坊じだぁぁ」


 「大丈夫だよ。まだ、2人きてないし」


 遅刻してきたやつというレッテルは(本田以外に)持たれずにすんだ。でも代償は大きかった。スマホを忘れた。汗で洋服が張り付いている背中の不快感。お昼は少しあったかくなってきたけど、自然乾燥に任せるにはまだまだ寒い。

 

 「あっ、香(かおり)から」


 「へぇ?」


 画面を見せてもらうと「ごめーん、あと10分で着きまーす!あ、舞香ちゃんも一緒だから!」と書いてあった。


 「あぁ、そ、そぅ。あ、てか本田お前」


 「うん。付き合ってるよ」


 「はえーなぁー‥」


 「そういうことだから、お前も頑張れ」


 「あぁ、ありがっ‥て、え?」


 「桜野さん」


 「はっ!?へっ!なんで!?‥わかりやすい?」


 「かなり」


 「本人にも‥?」


 「それはどうかな」


 アニメグッズショップに行くとき、それぞれになろうと言ってくれた。付き合いたてでそっちはそっちで仲良くなりたいし、そのほうが都合がいいだろうって。でもさ、そっちは付き合ってるから2人になるのはわかるけど僕は違うから‥。


 あ。あの姿は‥。


 「ごめーんごめー!何着て行こうか迷っちゃってー!舞香ちゃんにも付き合ってもらってたんだー!」


 「ごめんなさい。お待たせしてしまって」


 「いやいやいやいや、全然平気だよ」


 「似合ってるね」


 「ありがとっ///」


 やめろ!!!お前のそんな顔は見たくない!!!こっちがむず痒くなる!!あと、本田かっこよすぎない!!!??あと、よくサラッと言えるね!!?!?(心の声)


 「じゃ、行こっか!」


 遅れてきた吉田香(よしだかおり)と白いモコモコしたコートが似合う、桜野舞香(さくらのまいか)さん。制服で見慣れているせいか、普段はこんな服を着てるんだぁとじっくり見てしまう。


 「なにぃ?神庭、見とれてんの?」


 「そ、そういうわけじゃ!」


 「神庭くんの服も素敵だね」


 海馬先生、ショート寸前。僕は自我を保てるだろうか。いや、始まりのこのタイミングでさえピークが来ている。乾き始めていた汗がドワっと出てきた。電車とモノレールに乗ってお台場に行く。提案しておいてあれだけど来るのは初めてだ。改札を出て、どっちに行けばいいんだ?と言わんばかりにキョロキョロ。


 「じゃーまずはご飯でも食べよー!どこがいー?」


 (何でもいいけど安いところがいいなぁ‥)


 小競り合いはあったけど結局、ファーストフードになった。隣に座ったのは舞香ちゃん。美味しくなかったわけじゃない。でも、何にも味がしなかった。さぁ次はどこに行こうかと話していたら目の前のものに思わず


 「でっけー‥」


 顔を真上にしてもテッペンが見えない観覧車。こんなん乗ったらヒェーって感じだ。


 「あ!舞香ちゃん、いきたいお店あったんだよね?」


 「あ、うん」


 「わたしアニメよくわかんないからさぁ、あ、神庭も同じの好きだったよね?」


 「え?あぁ、そうだね。」


 「じゃわたしら、行きたいところあるからさ。ちょっとだけ別行動にしよーよ」


 「えっ、あっ」


 「またあとでー!」


 耳鳴りなのか、実際に鳴っているのかわからないスゥーンという音。


 「どうしよっか?」


 「いやいやいやいや!むしろ‥っ!!!てか、あ、いやほんとに大丈夫!!!(え?なにが?)いやーにしても、いきなりだよね!せっかくみんなできたんならわぁーとさ」


 「香ちゃん、2人っきりになりたかったんじゃないかな」


 「‥え?」


 「直接聞いたわけじゃないんだけど‥」


 隠し事をしているような気がしてなんだか嫌になったので、2人のことを話してしまった。


 「そうだよね。‥でも、わたしに言ってもよかったの?」


 「隠してたわけじゃないんだけど、なんか嘘ついてるみたいであれだったから‥」


 「‥ありがと」


 「いえいえ‥っていうのも変だけど‥」



 ・・・。



 「ショップ行こうか!!せっかくきたならゆっくり見たいしさ!」


 「‥うん!そうだね!」


 「桜野さんはしんぼくってなんで好きになったの?あ、和から聞いたんだけどさ」


 目のやり場に困りながらも、周りのお店を一つ一つじっくり見ていく。1人だったら絶対に入らない明るいお店。ちっさい壺に棒が刺さってる物が並んでるいい匂いのするお店。お金持ちそうなおばさんが洋服をまとめ買いしているキレイなお店。


 楽しいって思ってもらわなきゃと思ってたくさん話しかけた。アニメ以外の話もしてちょっと冗談を言ってみたり、勉強の話をしたり、次はこんなお店行ってみたいねーなんて話をした。

 

 アニメグッズのショップに着くまでは頑張って話しかけてたけど、ここではそんなことしなくてもいい。目の前にあるグッズ、アニメや漫画で好きなシーンの話、これいいんじゃない?とか話題がどんどん出てきた。


 「いやーいっぱい買っちゃった!しばらくはどこも行けないなー」


 「私も。ちゃんと勉強しなさい!って怒られちゃうかも」


 「ええっ!結構厳しいの?」


 「ううん!あ、でもちょっとだけね」


 「今日は平気だったの?」


 「うん!いつもはあんまり遊びに行かないから」


 「それならよかった。あ、そろそろ時間だよね。本田達に‥って、あ。」


 「どうしたの?」


 「スマホ忘れちゃって」


 「そしたら私から連絡するね」


 「ごめんね」


 「そういうときには、“ありがと”って言うんだよ」


 「あぁ、そ、そうだね。ごめん。あっ」


 すぐに謝っちゃう癖。染みついちゃってるのかな。とりあえず謝ってばっかり。


 「香ちゃんから」


 「え?」


 「30分えんちょー!お昼食べたお店にしゅーごーで!」

 

 と書かれたLINEが送られてきた。


 「延長!?‥桜野さん、時間平気?」


 「うん!まだ平気だよ」


 「そしたら‥どこかいきたいお店ある?」


 「うーん‥」


 ・・・。


 言葉を全部使ってしまったのかというくらい話が出てこない。えっと、えーっと‥。さっきの洋服屋!!あ、いやでもちょっと大人っぽすぎるし、それに服って‥。あ!そしたらいい匂いがした店!!!‥いやもしかしたら、私臭い?とか思われたら気まずいし。えっと、えーっと‥。


 「観覧車乗ろうか!」


 よかった。なんとか出てきた‥。‥ってえ!?!?目の前にあるからって何でも口に出していい訳じゃないぞ!?


 「‥いいよ」


 洗い立てくらいびしゃびしゃになった手。僕にだけ雨が降ってきたかのような頭。受付まで一歩、一歩、進んでいく。


 「あ、僕が」


 「え、でも‥」


 「いやいや。お、お礼と言うか。ね?とにかく大丈夫だから!」


 「それなら‥ごめんね」


 「そこは‥ありがとう‥だよ!」


 「あっ‥うん。ありがとっ」


 カン、カン、カン。階段を上がっていく。手すりから下を見ると下半身がスゥーっとする。


 「こんにちはー!はーい、こちらのゴンドラに‥あ、ちょっと待ってくださいねー!はーい!こちらカップル専用のゴンドラになりまーす!どーぞー!」


 拒否をする時間もなく、勢いしかないお姉さんに押し込められた。


 「カ、カップルトカネー!イヤーコマルヨネ!!!アハ、アハ、アハハ!!」


 「・・・」


 ‥地獄だ。なんつーことを言ってしまったんだ。ヤバイヤバイヤバイ。どうしよどうしよどうしよ。

 

 「あー、東京タワー!あっちはスカイツリーだ!こう見ると東京タワーって小さく見えるねー!」


 「・・・」


 ヤバイヤバイヤバイ。さっきの言わなきゃよかった。カップルとか言われたら気まずいよね。でも、今更「いやいやー」って訂正する?タイミング的に遅くね?どうする?切腹する?


 「神庭くん‥」


 「へいっ!!!」


 舞香ちゃんは、顔をくしゃっとして笑った。


 「へいっ‥て」


 「あ、えぇーへい!!らっしゃい!!!みたいな!!!お客さん!なんにしやしょー!」


 「じゃあ‥マグロください!」


 「かしこまりました!どうぞ!!マグロのお寿司作りました!!あ、握りました!かな!」


 「ふふっ。神庭くん。今日はありがとうね」


 「そんな!こちらこそだよ!いきなり2人になっちゃったけど、すごく楽しかったよ!」


 「それでね?わたしの勘違いかもしれないんだけど、神庭くんって‥」


 「あー!あー!えっと!!!それは僕から!」


 「え?」


 立ち上がったとき、ゴンドラがちょっと僕の方に傾いた。


 「桜野さん!」


 「はいっ!」


 「僕、、、桜野さん‥あ、とっ。え、あのぉー‥」


 「・・・」


 生唾を飲み込む。高さにビビってるのか、心臓が張り裂けそうなくらいドキドキしている。


 「桜野さん‥。好きです。」


 「‥はい」


 「好き‥です‥」


 「・・・」


 「つ、つ、つき、付き合って、くださいませんでしょうか」









 「私でよければ‥」


 「はい‥‥え?」


 「えっと、、、これからよろしくお願いします」


 「こ、こちらこそっ」


 僕は桜野さんの両肩に手をおいて目を閉じていた。今までで1番匂いを感じた距離になった。

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