第22話 武闘家vs村人

 剣士とガラルドが出て行き、その場にはアレンとフランツ、そして武闘家が残された。

 アレンは改めて武闘家を仰ぎ見た。身長は小柄だ。アレンより頭一つ分は小さい。ガラルドと並べんだら、大人と子供ぐらいの身長差になるのではないだろうか。だが、そんな小柄な体格とは対照的にその威圧感は凄まじい。対峙してみると自分の方がよほど小さく感じてしまう。

「この狭さでは十分に戦えまい。我々も場所を移さないか?」

「……いいだろう」

 武闘家は少し考えた後にフランツの提案を受諾し、外へ出た。それを見届けフランツはポツリとつぶやく。

「さて、これからどうするか」

「どうするも何もやるしかないじゃないですか」

「そうは言うがな……それなら君は勝つ自信でもあるのか?」

「それは、ないですけど……」

「だろ? ガラルドならいざ知れず、我々には荷が重い話だ」

「ガラルドさんと言えば、剣士の方は大丈夫ですかね」

「それは問題ない。あの男の強さは君も知っているだろう?」

 フランツの言葉にアレンは救いの里の聖堂地下での光景を思い出した。

 女神から剣を受け取ったガラルドは目にも止まらぬ速さで女神を切り捨てる。幹部は激高し襲い掛かるが、奮戦する間もなく敗れ去った。確かにあれだけの強さなら心配は無用だろう。

「問題はむしろこちらの方だ。果たしてどれだけ持つか」

「なかなか厳しいですね……どうするんですか?」

「剣士との戦いが終われば、いずれガラルドは戻ってくる。そうすれば後はガラルドに任せよう」

「思いっきり人任せですね……」

「私の専門は頭脳労働だからな。役割分担さ」

 なんとも情けない作戦にアレンは呆れ顔をしてフランツを見た。だが、フランツの言うことも一理ある。

「分かりました。何とかそれまで耐えましょう」

「とりあえず私は何か話でもして時間を稼ごう。いざという時は君に任せるぞ」

 二人は僅かな時間で作戦を決めると、武闘家に続いて屋外へと場所を移した。

「お前たちも知っていることを話してもらおうか。素直に話すと言うならば、手荒な真似はしない」

 武闘家は鈴を転がすような声をしているが、その口調は厳めしく威圧的だ。

「そう言われても何のことやら。先程も話したように酔っ払いの戯言だったんじゃないのか? そもそも……」

「……話す気がないのなら仕方ない」

 武闘家はそうつぶやくと瞬時に間合いを詰め、痛烈な一撃を放った。武闘家の左拳がフランツの腹部に突き刺さる。

「ぐっ……」

 低い呻き声を残しフランツは崩れ落ちた。その瞬間、時間を稼ぐという作戦は早くも潰えた。

「フランツさん!」

 一瞬の出来事にアレンは思わず叫んだ。だが、人の心配をしている場合ではない。武闘家はすでに次なる標的アレンの前に移動していた。

(は、速い……!)

 右脇腹への鈎突き。

「くっ……!」

 武闘家の動きにどうにか反応し、アレンは辛くも攻撃を防いだ。だが、その攻撃は"終わり"ではなく"始まり"だった。

 肘打ち、両手突き、手刀、貫手、左下段前蹴り、右背足蹴り上げ、右中段前蹴り、左中段膝蹴り、右上段膝蹴り、右上段蹴り、左回し蹴り……

 鈎突きを起点とした流れるような連続攻撃に手も足も出ず、アレンは為す術もなく打たれ続ける。

「ハァッ!」

 武闘家は右上段蹴りの反動を利用した左回し蹴りを放つ。激しく顔面を打たれ、アレンは後方へと吹っ飛ばされた。

 強い。絶対に強い。

 力の差は明白だ。戦闘開始からものの数分しか経っていないが、すでにボロボロのアレンに対し、武闘家はかすり傷一つ負っていない。

 その時、アレンの脳裏には走馬灯のように過去の思い出が蘇った。

 傷を負い、袋小路へと追い込まれたイノシシ。完全に退路を断たれ、逃げ延びるのは不可能だ。己の運命を悟ったイノシシは、低い地鳴りのような呻き声を上げながら、猛然と突っ込んでくる。最後の特攻に怯むことなく、アレンは番えていた矢を放つ。一直線に放たれた矢は見事にイノシシの眉間を貫き、断末魔を上げる間もなく膝を曲げ崩れ落ちた。久々の獲物に沸き立つ男たち。懐かしき記憶。だが、アレンが思い出したのは歓喜の瞬間ではなく、仕留められたイノシシの方だった。

 今の俺はあの時のイノシシだ。アレンは心の中でつぶやいた。

(何だ……?)

 倒れた拍子にあることに気が付いた。ズボンの右ポケットに硬い感触がある。ポケットの中に何かが入っている。

「クソッ! お気に入りのズボンが汚れちまった」

 アレンは愚痴りながら立ち上がり、ズボンに付いた土埃を払った。それは同時にポケットに潜む感触の正体を確かめるための行為でもあった。

 それは硬く細長い棒状の形をしている。ポケットの中にすっぽり収まるぐらいなので、大きさの方はそれ程でもない。そして気付いた。ナイフだ。それは弟のトムのために買った折りたたみナイフだった。

 初めは家族の他の土産品と一緒に皮袋に入れていたのだが、トムが目を覚ました時に直接手渡そうと、ズボンのポケットにしまい込んだのを思い出した。

(これを使えば……!)

 反撃できるかもしれない。アレンは一本の小さなナイフに僅かな勝機を見出した。

 しかしどうする? これで果たして形勢逆転できるだろうか? たった一本のナイフで、武闘家との絶望的なまでの力の差を埋められるだろうか? いっそ、イチかバチか捨て身の攻撃を仕掛けてみるか……

 無謀とも思える考えが頭をよぎる。それを踏み止まらせたのは、やはりあの日のイノシシだった。

(ナイフを持って突っ込んでも、叩き落されて返り討ちに遭うだけだ。力の差は歴然。なら……、"頭"で戦うまでだ……!)

「大したコトないな」

アレンは静かな笑みをたたえて言い放った。

「なんだと?」

 聞き捨てならない言葉に武闘家は思わず反応した。

 最初の攻撃は防がれたが、後の攻撃は全て命中した。相手は虫の息。それに対し、私はただの一発も食らっていない。くだらない時間稼ぎだ。武闘家はそう結論付けた。だが、アレンの憐れむような笑顔が彼女を妙に苛立たせる。

「聞こえなかったか? 大したコトないと言ったんだ」

「ボロボロのくせに……強がりは止めろ!」

「強がりなモンか。現に俺は倒されることもなくこうして立ってるじゃないか」

「それは殺さないように手加減してやったからだ」

「手加減ときたか。モノは言いようだな。最初にフランツさんを倒した後、いくらでも追撃できたはずなのにアンタはそれをしなかった。いや、しなかったんじゃない。できなかったんだ。アンタには俺たちを殺す度胸も力もない。だから俺を仕留められずにいる。それを悟られまいと必死に自分を強く見せヨうとしているだけだ。強がッてるのドッチだ?」

「うるさいッ! 黙れッ!!」

 アレンの言葉に武闘家は怒りを露わにする。だが、アレンの"口撃"は止まらない。

「魔王討伐のために旅してるッて言うから、どれだけの実力者かと思ッたら……ハッキリ言ッてヒョーシ抜けだね。ヨくそれで偉そうに武闘家なンて名乗れるな。同じ"ブトー"なら踊りでも踊ッてた方がマシじャねェか? まァ、そのチンチクリンな体じャ、サマにはならないだろうけどな!」

 そう言うとアレンはズボンのポケットに両手を突っ込み、ゲラゲラと笑い出した。武闘家の顔が見る見るうちに紅潮していく。

「き、貴様ァァァ!!」

「おォ、怖い怖い。そンなに悔しいなら、ご自慢の蹴り技で俺を仕留めてみろヨ。おッと、その短い脚じャ届かないか? 当てヤすい様に少し屈んでヤろうか?」

「バカにするなァァァァ!!!!」

 執拗なまでのアレンの挑発に武闘家は完全に激高し、猛烈な勢いで詰め寄った。

 アレンは体を丸め、頭を抱え込むようにして防御姿勢を取る。

「無駄だ! 腕ごとその首へし折ってくれる!!」

 武闘家は怒りの咆哮を上げると、アレンの頭目がけて渾身の左上段蹴りを放った。それは今までの攻撃とは明らかに違っていた。

 武闘家は今まで瞬時に次の行動に移れるように、素早く隙の少ない軽打を用いていた。だが、今回のそれは、次の手など不要だと言わんばかりの腰を落とした低い重心から放たれた重い蹴りだった。それはすなわち、これで勝負を終わらせるという意思表示に他ならない。

 刹那、響き渡る叫び声。噴き出す鮮血。しかしそれは、アレンのものではなかった。

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