第21話 剣士vs戦士
「さて、ここら辺でイイだろ」
ガラルドは剣士に聞かせる様につぶやく。貧民街をさらに進んだ先にある荒れ地。剣士とガラルドはそこで足を止めた。
華やかな都の市街地が光ならば、この貧民街は影だろう。鬱蒼とした草木が生い茂り昼間でも薄暗く、淀んだ空気が辺りを包んでいる。都を擁する王国の威光もこの貧民街には届いておらず、一種の治外法権を形成している。当然治安は悪く、興味本位で足を踏み入れた観光客が身ぐるみを剥がされ、命からがら逃げたしたという話もある。
貧民街に住んでいる者は訳アリが多く、互いに干渉しないよう暗黙の了解が敷かれていた。その治安の悪さをよく知る地元の人間は、一切ここには近付かない。
互いの素性に干渉せず、部外者が立ち入らないとなれば身を隠すにはうってつけだ。フランツがここに拠点を構えたのもそれが理由だった。
二人は互いに剣を構え、改めて対峙する。滅多に人の来ない街外れとは言え、こんな所で一戦を交えれば大騒ぎになりそうなものだが、その心配はない。なぜなら住民のほとんどは救いの里へ移り住んだからだ。
清潔な衣類、豪華な食事、暖かな寝床……
衣食住が無条件で手に入るのだ。明日をも知れぬ暮らしの貧民たちが飛びつくのも当然だろう。もっとも、その多くが女神によって殺されてしまうのだが。ガラルドは住民の不在を知って、剣士をここに誘い込んだのだった。
「さァ、それじャあ始めヨう……」
「フンッ!」
言い終わらない内に、剣士は猛然とガラルドに斬りかかる。ガラルドはそれをすんでのところで受け止めた。
「そう焦るなヨ。ズイブン積極的だな」
「この所、聞き込みばかりで戦う機会がなかったからな。居ても立っても居られないのだ」
「気が合うな。こッちもそうだ。それにしても剣士様と手合わせできるなンて腕が鳴るゼ」
「ふふっ、随分と嬉しそうだな」
「そいつはお互い様だろ。昨日ヨりヨッぽどイイ顔してるゼ?」
「分かるか? 綺麗にめかし込むよりも、剣を振るう方が性に合っているものでな」
「ヘヘッ、そりャますます気が合うな!」
雑談を交わしつつ、両人は楽しそうに剣を構える。その様子はまるで逢瀬を重ねる恋人同士のようだった。
小手調べとばかりに剣士は剣を高く掲げ、勢いよく振り下ろす。ガラルドは剣を斜めに構えると、両手に力を込めてそれを受け止める。受け止めると同時に剣を真横に振り払い、剣士の攻撃を弾き返した。剣士は後方に飛び退くことで斬撃の衝撃を和らげた。
これは正しい判断だった。ガラルドの馬鹿力を真正面から受け止めれば、剣を弾き飛ばされるか、刃を折られるかのいずれかの結果になっていたことだろう。
外見から分かる筋肉量。襲撃を受けても動じない豪胆ぶり。剣を交えた時に伝わってきた感触。剣士はそれらの全てを考慮し、瞬時にガラルドの力量を見極めていた。
激しい斬り合いから一転、両者は膠着状態に陥った。暫しの静寂の後、次に仕掛けたのはガラルドだった。
全力で思いきり、ただ力任せに剣を振る。技術も何もない単純な攻撃だが、対峙する者にとっては十分に脅威であった。
まともにやり合えば刃ごと叩き斬られてもおかしくない。猛獣が策を用いることなく獲物を狩るのと同じように、圧倒的な力があれば技術など不要なのだ。だが、そんなガラルドの攻撃にも弱点があった。一発が重い分、攻撃の終わりに僅かな隙が生じていた。
剣士はその隙を見逃さず、ガラルドの首元めがけて一閃を放つ。
「おッと!」
ガラルドは首を後ろに反らし、それを交わした。剣先が鼻を掠め、風切り音が耳に届く。その後も剣士は息つく間もない連続攻撃を仕掛けてくる。だが、その悉くがガラルドの身体を掠めるだけで、致命傷はおろか切り傷一つ付けることすら敵わない。今度はガラルドが後方にのけ反り、距離を取る。攻防は再び仕切り直しとなった。
「技術はないが、恐るべき太刀筋だな。力だけなら私より上だろう」
剣を握り直しながら剣士が語りかける。
「ヘッ! 剣士様に褒められるとは光栄だな。俺もなかなか見所があるッてワケか」
「だが、力だけでは私には敵わない」
「言うねェ。なら、ヤッてみなッ!」
言うが早いかガラルドは剣士に斬りかかる。剣士は身を反らし攻撃をかわすと同時に、反撃の一閃を放った。
(なンだと!?)
間合いは見切った。剣士の刃は届かない――はずだった。だが、どういう訳か軌道はガラルドを捉えていた。まるで剣が伸びたかのように。
(クソッ!)
攻撃をかわし反撃を叩きこむつもりだったが、避けきれない。ガラルドは慌てて振り下ろした剣を引き上げ、守りに転じる。だが、予定外の動作だったためか剣の握りが甘くなり、防御の構えは不完全だった。
ガキンッ!
剣士の一撃により態勢が崩される。
キンッ!
さらに次の一撃でガラルドの剣は弾き飛ばされた。
「ヤロウッ……!」
「動くな。勝負はついた」
剣士はガラルドの鼻先に剣先を突き付ける。こうなってしまっては身動きは取れない。その時になってようやく、ガラルドは剣士のある変化に気が付いた。
握りが浅くなっている。
(間合いが伸びたのはコレのせいか……)
剣士は初め、鍔に手が当たる程深く剣を握っていた。しかし、今は柄の先である柄頭に手をかけている。浅く握れば、その分間合いは数センチ長くなる。そのため、剣が伸びたように感じたのだ。
単純なカラクリだった。剣士が当たらない攻撃を繰り返していたのも、ガラルドに間合いを覚えさせるためのブラフだった。
「話しかけてきたのは、気をそらすタメか?」
「よく分かったな。もっとも、今さら気が付いてももう遅いが。さて、知っていることを話してもらおうか。言っておくが、断れば命はない」
「……俺を斬れば話も聞けなくなるゼ。イイのか?」
「そうなれば残りの二人に聞くまでだ。あちらもそろそろ終わった頃合いだろう。どうだ、少しは話す気になったか?」
「アイニク、俺は口ベタでねェ。美人が相手だと特にな」
剣士の問いかけに、ガラルドはいつもの調子でニヤリと笑う。
「この期に及んで減らず口とは……呆れを通り越して尊敬に値するな。それともこの場を切り抜ける策でもあるのか?」
「まッ、無いコトはねェがな」
「面白い。白刃取りでも見せてくれるのか?」
真剣白刃取り。振り下ろされた刃を両手で挟み取って防ぐ技だ。誰しも一度は耳にしたことがあるだろう。だが、それを実演することは不可能だ。
勢いよく振り下ろされた剣を受け止めるのは至難の技だ。少しでもタイミングを間違えば、言わずもがな命を落とす。運よく受け止めることができたとしても、手の方は無傷では済まない。なにしろ刃を受け止めるのだ。皮は裂け、肉は削がれ、両手は切り裂かれることだろう。
仮に両手を犠牲にしたとして、相手から無事に逃げおおせる保証はない。早い話が窮地であった。
それでもなお、ガラルドは余裕たっぷりの態度を崩さない。
「それヨりもッと面白いモンを見せてヤるヨ」
「頭を割られ、血を撒き散らしながら、凄絶に果てる様か? それは見物だなッ!」
言い終えると同時に剣士は剣を振り下ろした。その刹那、剣士とガラルド両者の目が怪しく光った。その瞳を輝かせたのは勝機か、それとも狂気か。
剣士は己の勝利を確信した。丸腰の相手を斬るのはいささか気が引けるが、勝負の結果そうなったのだから仕方ない。敵は武器を持たない無抵抗の小市民ではない。同意の上で果たし合いに臨んだ大男だ。何ら問題はない。
もうすぐ至福の時が訪れる。敵を斬り伏せ打ち倒し、勝利を手にする瞬間。この時が剣士は何よりも好きだった。
もうすぐ人を斬った感触が剣を通じて、この手に伝わってくる。鮮血が辺りを真っ赤に染め、敵は膝から崩れ落ちる。
この勝利によって、私はまた一つ高みに近付くのだ。だが――
垂直に振り下ろしたはずの太刀筋が突如として乱れる。原因は横方向からの「力」だった。剣士の手に伝わってきたのは、人を斬り付けた時の刺激的な感触ではなく、まるで岩に剣を叩きつけた時のようなジンジンとした痺れだった。
一体、何が――
予想だにしない手応えに剣士は必死に思考を巡らせる。その矢先に目に飛び込んできたのは、口元を歪めて笑うガラルドの顔だった。
次の瞬間、鈍い衝撃が剣士の体を襲った。
「……ガハッ!」
剣士は低い悲鳴を上げて倒れ込んだ。身に着けていた鎧の腹部には大きな拳形の凹みができていた。
剣士の渾身の一撃を前にして、ガラルドの取るべき行動は二つの内のいずれかだった。すなわち斬撃をかわすか、受け止めるか、だ。
この距離では避け切れない。
瞬時にそう判断したガラルドは、「受け止める」という選択肢を選んだ。だが、前述した通り、真剣白刃取りは不可能だ。ならばどうやって、攻撃を受け止めるのか? ガラルドは驚くべき手段を採った。
振り下ろされた剣の側面を右の拳で殴打して、横方向に弾き飛ばしたのだ。そして剣士が体勢を崩している間に距離を詰め、さらにもう一発を叩き込んだ。剣士の鎧が凹んでいるのはこのためだ。
ガラルドの一撃は鎧を伝わって、剣士の上半身を激しく圧迫した。その衝撃に耐えきれず、剣士は気を失った。
剣の側面に刃は付いていないため、白刃取りのように手を切り裂かれることはない。しかし、僅かでも遅ければ空振りに終わり、早ければ手首を斬り落とされていただろう。そしてどちらの場合でも、失敗すれば死が待ち受けていた。
そんな死の恐怖を物ともせず、ガラルドは窮地から一転、鮮やかな逆転勝利を収めた。
その名の通り、剣の腕において剣士の右に出る者はいなかった。実際にガラルドは彼女の剣技に翻弄され、剣を弾き飛ばされた。だが、勝負の末に勝ったのはガラルドだった。
これが剣術勝負ならば、勝者は剣士だっただろう。しかし、これは戦闘なのだ。剣の腕では剣士に劣るガラルドだったが、戦士としてあらゆる戦いに参加してきた経験から、戦いでは彼の方が一枚上手だった。
倒れている剣士に向かって、ガラルドは冷ややかに言い放つ。
「名付けて『真剣横殴り』ッてトコか。どうだ? 言ッた通り面白いモンが見れただろ? まッ、気ィ失ッたンじャ聞こえてねェか」
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