第20話 臨戦

 勇者一行の突然の襲来に驚きながらも、アレンは二人の様子を観察した。

 いずれも女性だ。以前、勇者が都を訪れた際に従えていた女神、魔女、魔族も全員女性だった。勇者が女ばかりを引き連れて旅をしているというのは事実のようだ。

 黒髪を後ろで一つに結んだ白い道着の少女。隣には銀色の鎧に身を固め、腰に剣を差した短髪の女性。その鎧の女性が口を開く。

「手荒な真似をしてすまないが、貴君らに尋ねたいことがある。知らないのであれば壊した戸については償おう。だが、もし関わりがあるのならば詳しく話を聞かせてもらう」

 恭しい口調と尊大な態度。その尊大さはフランツに勝るとも劣らない。

(この声は昨日……)

 剣士の声を聴いた瞬間、アレンはすぐに気が付いた。この声は昨日酒場で聞いた声だ。

 アレンは改めて剣士を眺めた。髪の長さや身に着けている衣類は昨夜の女性とは大きく異なるが、その声には確実に聞き覚えがあった。

 次にアレンは武闘家に目を向けた。彼女もまた昨夜の少女とはまったく印象が異なっており、到底同じ人物とは思えない。その上、少女は最後まで押し黙っていたため肝心の声を聞いていない。すなわち「声」で判断するのは不可能ということだ。だが、アレンは武闘家の「手」を見て確信した。

 よく鍛えられ厚く硬くなった拳。艶やかな夜の女性にはひどく不釣り合いだが、それが武闘家であれば何ら違和感はない。

「いきなり現れて人ンちブッ壊しておいて、何が話しだ! フザケヤがッて! こンな無礼なヤツらの話なンざ聞く必要ないゼ!」

 剣士の言葉にガラルドが食ってかかる。彼は今、目の前にいるのが昨晩楽しそう話していた女性と同一人物であることに気付いているのだろうか?

 気がかりなのは剣士と武闘家がここを訪れた理由だ。おそらく昨晩、酒場を出た後につけられていたのだろう。それならばこの二人が自分たちに接触してきたのは、果たして偶然なのだろうか? もうすでに誰が女神を殺したのか、目星を付けた上で近付いたのではないだろうか?

「昨日の夜、酒場であの二人に会ってます」

 剣士とガラルドが揉めている隙を突いて、アレンはフランツに情報を連携した。

「変装してましたけど、確かにあの二人です。"噂"について聞かれました」

 フランツからの返事はなかったが、何事か思案を重ねている様子だった。

「まぁ、そういきり立つな。世界のために戦っておられるお二人がわざわざおいで下さったんだ。それを話も聞かずに追い返したとあっては、それこそ無礼と言うもの。それで……話とは?」

 フランツは怒り心頭のガラルドをなだめつつ、剣士に尋ねた。

「今、貴君が言った通り、私たちは魔王討伐のために勇者殿と旅をしている者だ。先日、同士である女神様と連絡がつかなくなり、程なくして『女神様が殺された』という噂を耳にした。そこで私たちは噂の真偽を確かめるために、救いの里へ向かった」

 淡々とした口調で剣士はさらに続ける。

「女神様の姿はなく、あれだけ大勢の者が女神様を慕って集まっていたにも関わらず、人の数もまばらだった。噂の真偽はともかく女神様に何かあったということは確かだろう。僅かに残った信者に話を聞いてみたが、『女神様は殺された』と噂と同じ話を繰り返すばかりで、大した情報は得られなかった。だが、信者の話を聞く内に"奇妙な食い違い"が生じていることに私たちは気が付いた」

「食い違い?」

 剣士の言葉にフランツはこれ見よがしに反応してみせた。

「誰に聞いても『女神様は殺された』という点は共通している。しかし『誰に殺されたか』という点においては、そうではない。大多数が『ペトル』という男を犯人だと言う中、一部の者は『イウダ』という男が犯人だと主張していた。その後、私たちはこの都でも噂について調べることにしたのだが、不思議なことにここでは食い違いは起きておらず、誰もが口を揃えて『女神様を殺したのはペトルだ』と話していた。おかしいと思わないか? 何故救いの里と都で話に違いが生じるのか? イウダという男はどこから出てきたのか? そしてどこへ消えたのか? そんな折、偶然出会ったのが貴君らだ。昨晩のことを覚えているか?」

 尊大な態度で剣士は尋ねる。すでに昨日の二人組の正体に感付いたアレンとフランツは剣士の言葉の意味を即座に理解したが、ガラルドだけはピンと来ていない様子だった。そしてしばらく考え込んだ後、ようやく理解したらしく大げさな声を上げた。

「つまり昨日の美人はアンタらだッたッてコトか? 髪の長さが違うが、ありャ付け毛か? こりャ驚いた、まるで別人だな。しかしワザワザ正体を隠して近付いてくるなンて信用ならねェな。勇者のお仲間ッてのは売女のフリまですンのか?」

 ガラルドの品のない軽口に武闘家は眉をひそめて不快感をあらわにしたが、剣士の方は意に介した様子もなく、落ち着き払った声で答えた。

「私たちは広く顔を知られている故、気付かれれば騒ぎになりかねないからな。騙すつもりはなかったが、気に障ったのなら謝ろう」

 そう言うと剣士は頭を下げた。非礼を認め素直に詫びる姿勢は潔いと言えるが、アレンの目にはそれが何故か慇懃無礼に映った。

「前置きがこれぐらいにして率直に聞こう。昨夜の最後、貴君は何を言おうとしたのだ?」

 剣士はガラルドを真っ直ぐに見据えて言った。やはり二人は昨夜の酒場での会話をきっかけにここまで辿り着いたのだ。もじ自分たちが女神殺しの真犯人だと知られれば、間違いなく無事では済まないだろう。

 アレンの背筋に冷たいものが走る。まるで首元に刃を押し当てられているような気分だった。

「さァて、何のことか分からねェなァ」

「『なんたって女神を殺したのはこの……』。貴君はそう言いかけた。呂律は回っていなかったがな。そこの青年に阻まれたおかげで最後の部分は聞き取れなかったが、確かにそう言ったぞ」

「そう言われても、昨日はかなら酔ッてたからなァ。いつどうヤッて帰ッたかも覚えちャいねェンだ」

「本当はこう言うつもりだったんじゃないのか? 『女神を殺したのはこの俺だ』と」

「そこら中にいるゼ、きっと」

「なに?」

「自称女神殺しの犯人さ。庶民はその手の悪フザケが好きなンだヨ。手軽に注目を浴びれるからな。もちろン俺もその手合いさ。酔ッて美人の気を引こうと噂を利用したッてワケだ。しかしこんな酔ッ払いのタワゴトまで調べ回らなきャならないなンて、世界を救うッてのは大変だな」

 冷や汗をかくアレンとは対照的に、ガラルドはいつも通りの余裕綽々の態度と独特のイントネーションで、のらりくらりとはぐらかした。核心を突かれてなお普段の姿勢を崩さない豪胆さには安心感すら覚える。

 ガラルドの釈明に武闘家は憮然とした表情を浮かべる一方、剣士は依然として涼しい顔を崩さない。

「そうか。それでは次は直接、に聞いてみるとしよう」

 言うが早いか剣士は腰に下げていた剣を抜き、涼しい顔のままガラルドに斬りかかった。ガキンッと鉄と鉄がぶつかり合う音が響く。

「オイオイ、いきなり何しヤがる。危ねェじャねェか」

 ガラルドは軽口を叩きながらいつの間にか隠し持っていた剣で応援する。口では突然の攻撃を咎めてはいるものの、その口ぶりはどこか楽しそうだった。目尻は下がり口元を歪め、笑いを嚙み殺しているように見える。顔色一つ変えずに斬りかかる剣士も、それを嬉しそうに受けるガラルドも、そのどちらもがアレンには異様に思えた。

「ちョッとイイか?」

「何だ?」

「ヤり合うのは構わねェが、こンな狭ッ苦しいトコロじャお互い力出せねェだろ? 一旦、場所を変えて正々堂々一騎打ちと行こうゼ」

「うむ、いいだろう」

 剣士は迷う様子もなく、ガラルドの提案を即座に飲んだ。

「という訳でそちらの二人は頼んだぞ。一対二になるが問題あるまい」

「センセー、アレン。そッちの嬢ちャンの相手は任せたゼ」

 剣士とガラルドは互いの連れ合いに伝言を残し、出て行った。

 アレンは相対する少女の様子を盗み見た。険しい表情を浮かべ身構えている。和やかな雰囲気とは程遠い。ガラルドの言葉はすなわち、「この少女と戦え」ということだ。

「やるしかないか……」

 アレンは言い聞かせるようにそうつぶやいた。自らを奮い立たせ、戦いに臨むために。

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