剣士・武闘家編
第18話 旅の理由
女神暗殺という大仕事を終えた彼らが都に戻ってきたのは昼過ぎのことだった。
「さーて、これからどうすンだ?」
「一旦、解散にしよう。しばらく好きに過ごしてくれ。日が落ちたら拠点に集合だ。念のために聞くがアレン、場所は分かるな?」
「街外れのボロ小屋ですよね? 前に連れて行ってもらったので場所は覚えてます」
「そうか、それなら問題ない。それとガラルド。君は見ての通り目立つ上に救いの里では広く顔を知られている。『好きに過ごしてくれ』とは言ったが、人目に付くような行動は慎むようにな」
「分かッてるッて! 目立たないヨうに遊ンでくりャいいンだろ? ンじャあとりあえずアバヨ!」
釘を刺されたガラルドはへらへらと笑い、ひらひらと手を振りながら去って行った。
残されたアレンはフランツに尋ねる。
「トムの……弟の様子を見に行きたいんですけど、いいですか?」
アレンは弟の容体が気がかりだった。弟は全身に火傷を負い、生死の境を彷徨っている。
都を離れ救いの里に潜入していたのはほんの数日だったが、トムの事を思うとその数日が数年にも感じられた。
(ずいぶんと長い間、あそこにいたような気がする……)
今はただ一刻も早く、トムの様子が知りたい。
「あぁ、早く行ってやるといい」
フランツの返答を聞くが早いか、アレンは弟の元へと走り出した。
ゴードン診療所。トムは今もこの中で自らの運命と必死に闘っている。アレンが扉をくぐると、アリス夫人がにこやかに応じた。
「あら、あなたは……」
「お久しぶりです。弟の様子はどうですか?」
挨拶もそこそこにトムの様子を尋ねると、にこやかだったアリスの表情が曇る。
「危険な状況は変わらないわ。あなたが出て行ってからも、意識は戻っていないの……」
「そうですか……」
「でも、あなたが呼びかければ何か反応を示すかもしれないわ」
「本当ですか?」
「言葉の力は大きいもの。それが大事な家族なら尚更ね。もちろん断言はできないけど」
目に見えて肩を落としたアレンを気遣うように、アリスはできるだけ明るい口調でそう話した。
「弟に声をかけてやってもいいですか?」
「ええ、もちろん」
許可を取り様子を見に行くと、トムは前と変わらずにベッドの上で眠っていた。赤黒くただれた肌が痛々しい。顔には苦悶の表情を浮かべ、穏やかな寝顔とは程遠い。全身に負った火傷によって体中が痛くてたまらないに違いない。改めて弟の苦しむ姿を見たアレンは、泣きそうになるのをどうにかこらえて弟に声をかけた、
「トム、聞こえるか? 兄ちゃんだぞ。お前は今、必死に闘ってるんだよな。兄ちゃんも頑張るから一緒に頑張ろうな。兄ちゃん、トムが起きるのをずっと待ってるからな。絶対に帰って来いよ」
麗しい兄弟愛にアリスは思わず涙ぐんだ。アレンは立ち上がると、アリスに声をかける。
「引き続き弟をよろしくお願いします。そういえばゴードン先生は?」
「回診に出かけてるわ。あなたのことをとても気にかけてたから、無事に戻ってきたと伝えたらきっとあの人も喜ぶわ」
「先生にもよろしく伝えてください。それじゃあ、俺はもう行きます」
「まだ何かやることがあるのね。次はどこへ?」
「詳しくはまだ分かりません……。ただ、しばらくは街外れの居住区にいると思うので何かあった時はよろしくお願いします」
「そう、分かったわ。気を付けて」
アリスはそう言っただけで、それ以上は何も聞かなかった。
アリスに別れを告げると、アレンは拠点へと向かった。
ボロボロの扉をくぐると中には誰もいない。どうやら彼が一番乗りらしい。
手持無沙汰気味に部屋の片隅のベッドに腰を下ろす。その途端、彼の体は強烈に疲労感と睡魔に包まれた。一仕事を終え無事に戻ってきた安堵感と開放感から緊張の糸が切れたのだ。そのまま倒れ込むように横になる。床で寝るよりかは幾分マシという程度の寝心地だが、アレンはあっという間に眠りに落ちた。
「起きろ、アレン」
名前を呼ばれたアレンは目を覚ます。机の上にはランプが置かれ、すっかり暗くなった室内をぼんやりと照らしている。眠っている間に約束の日没を迎えたらしく、フランツとガラルドは既に二人揃っていた。
アレンが起き上がり二人に加わるのを見届けると、フランツはいつもの淡々とした口調で話し始めた。
「さて、女神を討った今、勇者一行は勇者、魔族、魔女、剣士、武闘家の五人となった。今後も方針は変わらず各個撃破で行く。力の差と数の差は明白だからな」
「力の差は置いておいて、数の差は埋められるんじゃないですか? こっちも仲間を増やせば……」
「人数が増えればその分目立つ。すなわち我々が勇者に対して、敵対行動を取っていると知られる恐れがあるということだ。それに今、連中は世界を救うために魔王と戦う英雄として認識されている。その状況下で反勇者の旗を掲げても誰も集まるまい。それどころか世界中の人間を敵に回すことになりかねん」
「要は今回と同じヨうにバレないヨう仕留めりャいいンだろ? 次は誰を
ガラルドが尋ねる。その瞳はランプの小さな炎に照らされて、怪しく輝いている。アレンにはそれが次の争いを待ちわびているように見えた。
「その前に君たち二人は酒場に行って来てくれ」
「何だヨセンセー、酒でも飲ンでこいッてのか?」
「あぁ、そうだ。これで好きな者を頼むといい」
そう言うとフランツは懐から小さな布の袋を取り出した。受け取ったガラルドが口を解いて中身を確認する。アレンも横から覗き込む。中には銅貨がぎっしりと詰まっていた。
「そりャ、酒飲ンで来いッてンなら喜ンでそうするが……いいのかヨ?」
「あぁ」
冗談のつもりで飛ばした軽口がまさか肯定されるとは思ってもおらず、ガラルドは肩透かしを食らった様子で戸惑う。
「ただし酒場にいる人間と女神の話をするのが条件だ」
「話? どンな話だ?」
「宿屋の娘に伝えたのと同じ内容さ。裏で人を殺していたが、それを止めるよう反発したペトルという男に逆に殺されてしまった、というな」
「なンでわざわざそンな話をすンだヨ?」
「女神の行いを広めるため……ですか?」
フランツが口を開くより早く、アレンが考えを述べる。
「ほぉ……何故そう思う?」
フランツは興味深げな顔をしてアレンにさらなる意見を促した。アレンは続ける。
「裏で人を殺していた上にそれが原因で殺されたとなれば、女神への世間の評価は『救いの女神』から『内輪揉めの末に殺された殺人者』に変わります。当然、女神と深い関わりがあった者も同様に信頼を失うことになる……。そうなれば幹部たちの言葉を信じる人も、勇者を信じる人もいなくなって、俺たちに有利な状況になるんじゃないかな……と」
「……その通りだ」
アレンの言葉にフランツはニヤリと笑うと、満足そうに頷いた。
「アレンが言った通り、目的は二つ。幹部たちと勇者の信頼を失墜させることだ。今、救いの里では宿屋の娘と幹部たちが相反する主張をしている。大半は宿屋の娘を支持するだろうが、中にはそうでない者もいる。そこで外部から同じ情報を流して、娘の主張を補強しようという訳だ。そしてさらに噂が広がれば、人々は勇者に疑いの目を向ける。『彼らは本当に世界のために戦う英雄なのか?』とな」
フランツはアレンの説明を補足する。
「しかし私の意図をしっかり理解しているとはな。ペトルの処遇についての考えを聞いた時にも思ったがアレン、君にはなかなか見所があるぞ」
「フランツさんを真似てみたんです。どういう目的があってその行動を取るのか。その結果、どんな影響があるのかを考える。おかげで冷静に物事が見えるようになった気がします。もちろんフランツさんには及びませんけどね」
思わぬ賛辞の言葉にアレンは照れ臭そうに頭を掻きながら答えた。だが、アレンの言葉は照れ隠しの謙遜ではなかった。
今までの人生の中で彼が得てきた知識と言えば、野生動物の捕まえ方や薬草の見分け方など、自然の中で生きるための術がほとんどだった。ティサナ村での生活に人を引き入れるための調略も人を陥れるための謀略も必要なかった。だが、フランツとの冒険の旅はそんな朴訥な青年の中にある変化をもたらしていた。
腕力に頼らず頭と話術を用いて人を動かす。そんな魔法じみたフランツの力にアレンは驚き魅せられた。そして思った。「自分もこの人のようになってみたい」と。
アレンとガラルドは二人連れだって酒場に来ていた。フランツの指示通り女神の噂を広めるためだ。フランツは別方面から噂を広めるとのことで別行動を取っている。
「ヨォ! どうだい景気は?」
酒場の扉をくぐったガラルドは開口一番、店主に声をかけた。
「いやぁ、さっぱりですぜ。ここんとこ魔王だ何だでどうにも客足が遠のいてまして……」
「そりャ災難だな。そンならコイツで売り上げに貢献させてもらうとするゼ」
そう言うとガラルドは懐に収めていた銅貨入りの布袋を店主に渡した。
「ソイツでとびッきりの酒と食いモンを用意してくれ。それとここにいる奴らに一杯奢ッてヤりたいンだが、それで足りるか?」
「ありがとうございやす。足りるどころか十分すぎますぜ。ずいぶんと気前がいいですな。旦那」
「"仕事"が上手く行ッたンでな。幸せのお裾分けッてヤツさ。と、いうワケで俺からの奢りだ! みンなハデにヤッてくれ!」
ガラルドの宣言に店中の酔っぱらいが沸き立つ中、アレンは歓声にかき消されないように耳打ちをする。
「ここにいる人たちはガラルドさんの知り合いですか?」
「いいヤ、全然。全員ハジメマシテだ」
「じゃあ、見ず知らずの赤の他人にわざわざ奢るってことですか? いいんですか? こんな使い方しちゃって…」
「なァに、これも上手くコトを進めるのに必要なカネの使い方さ。まァ見てなッって」
ガラルドはそう答えると、店主から酒を受け取って隣の席の男に話しかけた。
「ヨォ! 飲ンでるかい?」
「あぁ、お宅からご馳走になった分はありがたく頂いてるぜ。それにしてもお宅は景気が良さそうで羨ましいな」
「なァに、チョットしたアブク銭さ。ところで救いの里ッて知ッてるか?」
「女神様が人を集めて暮らしてるってとこだろ? そいつがどうかしたのか?」
「ここだけの話なンだが……、女神様は集めた連中をコッソリ殺してたらしいゼ」
「おいおい、本当かよ?」
「あァ。その上、それを止めヨうとしたペトルッて男に逆に殺されちまッたンだとヨ。そンなワケで今、救いの里は大騒ぎッて話だゼ?」
「そんなことになってるのか……物騒な話だな」
「マッタクだ。それにしても女神は勇者様のお仲間だろ? 裏で人を殺しておいて『世界のために』なンて笑っちまうヨな。オット、この話は他には黙っててくれヨ?」
そう言うとガラルドは男との話を切り上げ、その隣の席へと移動した。
「ヨォ! 飲ンでるかい?」
ガラルドはその席の客にも同じ内容の話をし、それが終わるとそのまた隣の席へ……ということを繰り返していった。全員と話し終える頃には、酒場は救いの里で起こったスキャンダラスな事件の話題で持ち切りになった。
「ヤれヤれ、これでユッくりと酒が飲めるゼ。オヤジ! とびッきりの酒と肉をくれ!」
ガラルドは目的を終えると、カウンター席へと陣取った。それに続き隣に座ったアレンはガラルドに尋ねる。
「さっきの話の続きなんですけど……」
「あァ、なンでワザワザ他の客に酒を奢ッてヤッたか……だろ? 簡単なコトさ。酒飲みにとッて酒を奢ッてくれるヤツは無条件でイイ奴だ。イイ奴が嘘を吐くハズがない。『ココだけの話』と念押ししたのも重要だ。誰にも話すなと言われりャ、話したくなるのが人情ッてモンだ。俺の話を聞いた連中は必ず他の誰かに話す。その他の誰かはそのまた他の誰かに。三日もすりャ噂は都中に広がッてるだろうゼ。センセーは頭はイイが、愛想良くするのはヘタだからな。こういうのは俺の役目ッてワケさ」
説明を受け行動の意図を理解したアレンは納得し、そして感心した。
ガラルドはフランツの指示を的確に理解し、適切な行動を取っている。互いの考えをよく理解していなければできない芸当だ。いいコンビだとアレンは思った。そしていい機会なので前から気になっていた疑問をぶつけることにした。
「ガラルドさんはどうしてフランツさんを『先生』と呼ぶんですか?」
「元々どッかの学者先生ッてンで、そう呼ンでるだけだ。まァ、イロイロと教わッてるッて意味では確かに先生かもな」
「学者だったんですか? 知らなかったな……」
「あンまり自分のコトを話す人じャねェからなァ。そういヤ俺たちも互いのコトをほとんど知らねェな。確か兄ちゃんはティサナ村の生き残りだッたな」
「はい。俺が村を離れている間に全て燃えてしまって、生き残ったのは弟だけでした」
「生き残りか……俺と同じだな」
「同じ……ってことは、ガラルドさんも故郷を?」
「あァ、『シゼ』ッて国を知ッてるか?」
「確か、魔王に奪われた小国……ですよね?」
シゼ。その言葉には聞き覚えがあった。フランツに連れられ始めてガラルドと出会った時に話題に挙がった国の名だ。フランツがその名を口にした途端、ガラルドはひどく激高した。そのおかげでシゼという名はアレンの中に印象深く残っていた。
「俺はシゼの生まれでな。元はそこの兵士だったンだヨ」
「兵士……。それでそんなに強いんですね」
「強い、か。俺も『自分は世界で一番強い』なンてウヌボレたりもした。魔王軍と戦うまではな」
「魔王軍はそんなに強いんですか?」
「……強かッたゼ。認めたくはねェがな。シゼは小国だが、軍の強さは近隣諸国の間でもチョットしたモンだッた。あの日、俺たちシゼ軍はいつものヨうに迫り来る敵兵を片ッパシから蹴散らしていッた。だが、優勢だったのはそこまでだッた」
ガラルドは意気消沈したように声を落とした。
「ヤツらは道具も使わずに大火を放ち、晴れた空に雷を起こし、大地を揺らして地割れを起こしヤがッた」
「そ、そんな事が可能なんですか……?」
「そりャそういう反応になるわな。俺だッて今でも信じられねェ。だが、事実だ。初めて見る不可解な力に兵士たちは大混乱、そうこうしてる間に兵士は全滅。国は奪われちまッた。俺は命からがら逃げ落ちてどうにか生き延びた。故郷を奪ッた魔王軍は許せねェ。だが、俺一人の力じャどうすることもできねェ。そンな時にセンセーと出会ッたのさ」
ガラルドはグラスの酒を一気に呷ると、さらに続ける。
「最初はどうも胡散臭ェヤローだと思ッたさ。いきなり『魔王と勇者の繋がりを探している』だゼ? だが、他に行くアテもない俺はしぶしぶ付いて行くことにした。するとどうだ? 怪しい点がワンサカ出て来ヤがる。極めつけが"コレ"さ」
そう言うとガラルドは懐から一枚の金貨を取り出した。見覚えのある輝きにアレンは声を上げる。
「これは救いの里にあった…」
「そう、例の小屋に隠されていたモノさ。実はこいつはタダの金貨じゃねェんだ。ヨく見てみな」
金貨を受け取ったアレンは言われた通りそれを眺めた。手の平にすっぽりと収まる大きさだが、ずしりと重い。表面には剣のような印が彫られている。
「そいつはシゼで作られたモンだ。その剣の刻印が何ヨりの証拠さ。それもこの一枚だけじャねェ。あそこにあった全ての金貨に同じ印があった。偶然シゼから出回ッたと考えるにはあまりにも多すぎる」
「それだけの量の金貨を女神はどうやって手に入れたかってことですよね。それも魔王軍に占領されているはずのシゼの金貨を」
「そこなンだよ。里に紛れていた時に幹部共に聞いてみたンだが、詳しくは分からなかッた。確かなのは、里の暮らしはシゼから持ち出された金にヨッて成り立ッてたッてコトだ」
話し終えるとガラルドは空いたグラスに酒を注ぎ、ゆっくりと傾けた。
確かに女神がシゼの金貨を大量に持っているのはおかしな話だ。魔王に占領され、封鎖されている国の通貨をどうやって持ち出したのだろうか?
それこそ魔王と勇者に何らかの繋がりがあると考えなければ説明がつかない。疑念は深まるばかりだ。
真実を知るため。
奪われた祖国を取り戻すため。
行方知れずの妹を探すため。
旅の理由は三者三様だが、その原因を考えるといずれも魔王と勇者にたどり着く。
この旅の先に何が待っているのか? その答えを求めて彼らは進む。
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