第16話 救い
夜が明け朝日が差す中、アレンたちは黙々と歩を進めていた。
女神を討つという目的を果たし、後は救いの里から離れるだけだったが、その前にフランツはアレンとガラルドに次の指示を出した。
「夜が明けて信者達が目を覚ます前に、小屋に隠してある骨の全てを里の広場に運び出すこと。その際は決して誰にも姿を見られないようにすること」
二人は速やかに指示を実行した。数が多いため骨を運び出すのには荷車を使ったが、それでも四度も往復した。全てを終え救いの里を出発した時には、空にはすでに太陽が昇り始めていた。
アレンの疲労はピークに達していた。日の出と共に目覚め、日の入りと共に眠るという牧歌的な生活を送っていた彼にとって、今回の夜通しの"作戦"は体に堪えた。ぼんやりと歩きながらアレンは前を歩く二人の様子を観察した。悠然と歩くガラルドの顔には疲れの色は見えない。隣のフランツもいつもと変わらぬ涼しげな顔だ。これも二人と自分との覚悟の違いの表れだろうか?
アレンは両手でパンパンと顔を叩き気合を入れ直すと、フランツに気になっていた疑問をぶつけた。
「フランツさん、一ついいですか?」
「何だ?」
「俺たちが骨を回収していた頃、ミーナさんとは何を話してたんですか?」
「我々の今後のために、色々と説明をしていたのさ。彼女には今回見聞きしたことを信者たちに全て話すように伝えてある。そしてもう一つ、彼女にはある嘘をついてもらう。」
「その嘘ッてのは何なンだ?」
ガラルドが尋ねる。
「『女神を殺したのはペトル』。彼女にはそう主張してもらう。我々が女神殺しの真犯人だということを信者たちに知られないためにな」
「でも、そんな大事なことをミーナさん一人に任せて大丈夫なんですか? 俺たちもあの場に残った方が良かったんじゃ……」
「逆だよ。彼女一人に任せるのが最善なんだ」
不安気な表情を浮かべたアレンに対し、フランツは説明を始める。
「我々が話すよりも彼女の口から伝える方が説得力が生まれるのさ」
「説得力?」
アレンの質問にフランツは意味ありげに答えた。さらに続ける。
「彼女は『自分は女神たちに殺されそうになった』と証言する。これは紛れもない事実だ。さらに彼女は動かぬ証拠と共に、女神たちが裏で大勢の人間を殺していたと告発する」
「それでわざわざあの骨の山を運んできたッてワケか。あれを全部運ぶのには骨が折れたゼ」
「そうだ。その証拠と共に忌まわしい事実を突き付けられた時、人々はどちらの言葉を信じるのか? その手でいたずらに多くの者を葬ってきた教団幹部か? それとも。魔の手から辛くも逃れた奇跡の生還者か?」
一呼吸を置いてフランツはさらに続ける。
「すなわち女神を殺したのはイウダかペトルか? 信者たちは大いに迷うだろう。だが、人殺しの言葉に耳を傾ける者はいない。だからこそあの場で唯一、
「さすがセンセーだ。ヨくそんな悪知恵が働くな」
ガラルドは賞賛とも皮肉とも侮蔑とも取れる言葉をフランツに送った。その言葉にフランツはにべもなく「まぁな」と答えた。
「それにしても女神って一体何者だったんだろう……」
「そりャあ、女神は女神だろうゼ」
ふとアレンがつぶやいた独り言に、ガラルドは気のない返答をする。
「……ってことは、本当に天から舞い降りた神だったってことですか? その割には何か特別な力があったようには思えませんけど……」
「魔女が見せたような力か?」
つい先日、魔女は贋作の魔物の首を一瞬で焼き払った。その力をアレンとフランツは目の当たりにしている。
「そうです。魔女のような力は使わなかったし、剣を持ってるから剣術を使うのかと思ったらそういうわけでもなかったし……。何ていうか、勇者の一味にしてはずいぶんとあっけない最期だったような気が……」
「まぁ、おかげで上手く事が運んだわけだが、今となっては真相は闇の中……だな」
「真相は闇の中、当の本人は土の中ッてワケか!」
ガラルドが
「今頃は里中が大騒ぎだろうなァ。何たッて女神様が裏で人を殺してたッてンだからよォ」
「救いの里はこれからどうなるんですかね?」
「女神の求心力を失ったんだ。信者たちは散り散りになるだろうな。しばらくは混乱が続くが直に皆、元の生活に戻っていくだろう」
「『救いの里』……か」
「名前通りのところだッたなァ」
ポツリとつぶやいたアレンの言葉に、ガラルドが再び反応する。しかし名前通りと言うのが引っかかる。あの里にあったのは他者への依存と愚かな殺人だけだ。とても救いがあったとは思えない。
「あそこのどこが名前通りなんですか?」
「だッてそうだろ? 裏でコソコソ人殺しをするヨうなとンでもない悪党共が
ガラルドはそう言うとゲラゲラと笑いだした。
(何だ、ただのダジャレか……)
アレンは心の中で溜め息を吐いた。どうもこの人は皮肉めいた冗談や言葉遊びが好きらしい。
「まぁ、中には今回の一件で救われた者もいるだろう」
「そんな奴いるかァ?」
「少なくともあの親子はそうだろう。父親は無事に女神の支配から抜け出し、娘はようやくあの場所から離れられるのだからな」
フランツの言葉にアレンは、救いの里を離れる前に交わしたミーナとのやり取りを思い返した。
「……アレン君」
「ミーナさん、体の方はもう大丈夫なんですか?」
"儀式"の最中、ミーナはひどく落ち着いていた。いや、あれは落ち着いていたというよりも、現実を認識できていなかったという方が正しい。自らの命の危機にまるで関心を示さず、呼び掛けにも応じない。あの時のミーナの様子は明らかに異様だった。
「……ええ、おかげ様で何とかね」
疲れきったような弱々しい声だったが、ミーナは正気を取り戻した様子だった。
「あなたが行く前にこれを渡そうと思って……」
そう言うとミーナはアレンに丁寧に畳まれたシャツを手渡した。それは救いの里に来る前にアレンが着用していた物だった。礼拝服に着替える際にベッドに脱ぎ捨てていたのを思い出した。
礼を言い受け取ると、さっそく袖を通す。着慣れた服のおかげか、ようやくいつもの自分に戻れたような気がした。
(んっ? これは……)
袖を通してみて初めてアレンは変化に気が付いた。燃え盛る火の海からトムを助け出した際に付いた
「これ、ミーナさんが縫ってくれたんですか?」
「ずいぶんボロボロで汚れも酷かったから、洗って繕っておいたのだけれど……迷惑じゃなかった?」
「迷惑なんかじゃないですよ。ありがとうございます」
「それなら良かった。それにしても……まさかあなたがこんな大それたことをするなんて思わなかったわ」
「自分でも信じられないですよ。本当なら……」
この先も故郷の小さな村で穏やかな日々を送るはずだったのに……
アレンはそう言いかけて口をつぐんだ。これを口にすればきっとまた後悔が生まれる。後悔は覚悟の妨げになる。勇者と戦う道を選んだからには、その後悔が命取りになるかもしれない。アレンは言いかけた言葉をグッと飲み込んだ。
「……あなたも色々あるみたいね」
突然押し黙ったアレンにミーナは何も聞かなかった。重くなってしまった空気を変えるべく、アレンはなるべく明るい口調でミーナに尋ねる。
「ミーナさんはこれからどうするんですか?」
「私は……父と一緒に田舎に戻るわ。慣れ親しんだ故郷なら父の具合も良くなるでしょうから」
アレンの質問に答えた後、ミーナは感慨深げにしみじみとつぶやいた。
「これでようやく、『救いの里』から解放されるのね……。思えばこれもあなたのおかげね。ありがとう、アレン君」
そう言ってミーナは笑った。少しぎこちないが、それでも彼女は笑っていた。ミーナが初めて見せた心からの笑顔だった――
(そうか、ミーナさんは救われたのか……)
そう思うと少しだけ心が軽くなる。今のアレンにとって、それだけが唯一の"救い"だった。
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