第15話 共犯

「なんだァ? そりャあ?」

 アレンの言葉にガラルドは呆気に取られ、素っ頓狂な声を上げた。笑ってしまうような間の抜けた声だったが、この緊迫した場面で笑う者などいなかった。

「この状況を放置すれば、我々は女神を殺した犯人として追われる身となる。そうなれば勇者たちに存在を知られるのは時間の問題だ。そうなればどうなるか分かっているのか?」

「分かってます! でも……」

「こいつらは自分たちの都合で人を殺すヨうな連中だ。そンな奴らに情けなンざいらねェだろうヨ」

「それでも殺すなんて……!」

「ククク……ハーッハッハッハッ!」

 二人がアレンの説得に当たる中、ペトルが笑い声を上げた。初めは噛み殺すような笑いだったが、ついにはおかしくてたまらないと言わんばかりにけたたましく笑い出した。

「何がそンなにおかしいンだ? 死を前にして気でも狂ッたか?」

 笑い転げるペトルに、ガラルドは訝しげに問い掛ける。

「いいや? 俺はまともさ。ただ、お前らの様子があまりにもおかしくってな」

 ガラルドの問いに、ペトルは不敵な笑みを浮かべながら答えた。

「青年よ。お前の言う事は何にも間違っちゃいないぜ。勝手な都合で罪なき者を手にかけるなんて、許されないことだよなぁ」

「よくもまァ、抜け抜けとそンなコトが言えたもンだな。まるッきりお前らがヤッてたコトじャねェか」

「フン。その言葉そっくりそのままお前に返すぜ」

 ペトルは鼻で笑うと、その鋭い目付きでガラルドを睨みつける。

「確かに女神は、自分の意にそぐわない信者を殺して回っていた。それは事実だ。だが、俺はただの一人も殺しちゃいない」

 ペトルははっきりと断言した。

「首謀者は女神、実行はそこの二人。俺はその事実こそ知ってはいたが、一度も手を汚しちゃあいない。『見て見ぬ振りをした』と言われればそれまでだが、果たしてそれが罪なのか? 俺は殺されねばならない程の大悪党と言えるのか? もし俺が罪人だと言うなら、その手で女神を殺したお前はどうなんだ? ガラルド」

 ペトルは初めて聖魂名イウダではなく、ガラルドの本当の名を呼んだ。その口調は囚われの身であるとは思えない程に鷹揚だ。

「……」

「人が尋ねているのに黙りこくるなよ、ガラルド。俺が罪人だと言うなら、お前も同罪ってことだよ。いや、この場合は共犯の方が的確か? なんせお前も殺しについて知っていたんだからなぁ!」

 吐き捨てるように放たれたペトルの言葉に、アレンは森で見た光景を思い出していた。あの時ガラルドは、信者とともに荷車で何かを運んでいた。今思えばあれは、女神が殺した死体だったのではないだろうか。つまりそれは、ガラルドもまた『魂の救済』という名の人殺しを黙認していたということになる。

「同罪……」

「そう! 残念ながらお前のお仲間は俺と同罪なんだよ。当然、そこの帽子の男もな」

 思わず漏れ出たアレンのつぶやきに、ペトルは目ざとく反応する。その言葉にアレンは思わずフランツの方を振り返った。

「内通者を忍び込ませて情報を得ていたなら、当然あんたも知っていたはずだ。"魂の救済"の真の意味を。それを知りつつ見過ごしてきた奴が正義面してんじゃねーよ!」

「何か思い違いをしているようだな」

「な、なんだと?」

「この際はっきり言っておく。しっかりと聞いておけ。アレン、君もだ」

 渾身の一撃をあっさりとかわされ、ペトルは少なからず動揺した。そしてそれは、突然の指名を受けたアレンも同様だった。

「私がここに来た目的は女神を殺すことだ。女神の罪を暴き、正義を示すためじゃあない。ただの人殺しと言われればそれまでだ。だが、たとえ人殺しと罵られようとも、如何なる犠牲を払うことになっても、目的は必ず果たす。私はそのために行動している」

 フランツは滔々と述べると、アレンの方に向き直り、真っ直ぐ彼を見据えた。

「そして、アレン。それが嫌なら悪いことは言わん。すぐに戻れ」

「……」

「平穏な人生を歩みたい、善良な一平民であり続けたいと願うなら、今までのことは全て忘れろ。救いの里も、故郷のことも、家族のことも」

「家族……」

 家族。その言葉を受け、アレンの脳裏には在りし日の家族の姿が浮かんだ。

 獲物に弓を番える父の姿が。

 釜戸に火をかけ鍋を搔き回す母の姿が。

 額に汗して畑を耕す妹の姿が。

 棒切れを剣に見立て駆け回る弟の姿が。

「君に与えられた選択肢は二つ。このまま我々と旅を続けるか、全てを忘れて元の生活に戻るかのいずれかだ」

 アレンは心の中で、提示された二つの道を吟味した。

 彼にとって旅の目的は二つある。消えた妹の行方と、ティサナ村の火災の真相だ。それらを知るには、旅を続けるより他はない。しかし、そうなれば身の安全は保障できない。現にさっきもフランツの計画通りとはいえ、女神に殺される寸前だったのだ。もしこの先死んだら、弟のトムはどうなる? いっそのこと、後は二人に任せて戻った方がいいのでは……

 戻る? 一体、どこへ?

 挫けかけた心に、過酷な現実が待ったをかける。

 村は燃え、家族を失った。今さら戻ったところで何になる? 進むしかない。俺にはもう、戻るべき場所なんてないのだから。

「……行きますよ。旅を続けます」

「そう言ったからには今回のような泣き言は許されんぞ」

「……分かってますよ」

「そいつが腹を括ったってことは、いよいよ俺もここまでか……」

 ペトルは遠い目をして悟ったようにつぶやいた。そして続ける。

「その前にひとつ教えてくれ。あんたは最初からこうなることを予期していたのか?」

「もちろんそうさ。女神を討つためにこうなるように仕掛けたのだからな」

「『仕掛けた』だと?」

「女神を討つには信者たちが邪魔だ。女神に何かあれば連中が黙ってはいないからな。だからこそ、この場を利用したのさ。儀式の対象に選ばれれば、信者たちの目に付かず女神に近付くことができる」

「じゃあ、なにか? あんたらの一連の行動は全て計画通りだったってのか? 仲間を潜り込ませたのも、この場に連れてこられたのも」

「無論だ。君のことも利用させてもらった」

「なんだと?」

「ガラルドから『注意すべき男がいる』と聞いていたからな。その男に疑いの目を向けさせ、私との繋がりに気付くように動いたのさ」

「イウダが不審な動きをしていたのは、俺を釣るためか。仲間を潜り込ませたのは情報収集のためとばかり思っていたが、俺に疑いを抱かせるためでもあったんだな。そして俺はまんまとそれに踊らされた」

「大筋は予定通り。一つだけ想定外があるとすれば、アレン。君の行動だ」

 フランツは真っ直ぐにアレンを見据えてそう言った。突然のご指名にアレンは訝しげに聞き返す。

「……俺ですか?」

「その女性を助けようと縛られたまま飛び出しただろう? まったく、内心冷や冷やしたよ。君は存外無鉄砲なんだな。まぁ、そのおかげで自然な流れでガラルドに武器を渡せたがな」

「あァ、見事な働きだったゼ。それで結局コイツらの処遇はどうすンだヨ?」

 ガラルドは右手に構えた剣をペトルたち幹部に向ける。

「君はどうするべきだと思う?」

「そりャ、ここで始末するべきだろう。ここでコイツらを捨て置けば、当然俺らが女神を殺したと信者ドモに言い触らすだろうからな。それが勇者の耳に入れば、俺らは一転追う側から追われる側だ。『死人に口なし』ッて言うだろ? それが一番安全な方法なンだヨ」

「なるほどな。それではアレン。君はどうするべきだと思う?」

 ガラルドの意見を聞き終えたフランツは、アレンに同様の問いを投げかけた。

 確かにガラルドの意見は理に適っている。ここでペトルたちを殺してしまえば女神殺しの真相を知る者はいなくなる。だが、やはりアレンの中のわだかまりは消えることはなかった。

(これ以上の人死には見たくない)

 しかしそれを通すならば感情論では駄目だ。理には理で返すしかない。フランツとガラルドを納得させるだけの理論的な代替案を。

「……俺はこの人たちを殺したくありません」

「まーだそンなコト言ッてンのかァ? いい加減にしねェと……」

「だから殺さないでいい方法を考えました」

「ほぉ、聞かせてもらおうか」

 苛立つガラルドを制止するようにフランツはアレンに意見を促した。

「まず、この救いの里にいる全員にこの魂と罪の救済のことを知らせます。裏で人殺しをしていたと知れば、女神を信じていた人たちも目を覚ますでしょう」

「信者たちが我々の言葉を信じるとでも?」

「そのために……あの森の隠れ家にあった骨を全てここに持ってきます。女神が何の罪もない人々を手にかけたという証拠があれば、信者たちも信じるしかないでしょう」

「ふむ……それでは我々が女神を討ったという事実はどうする? たとえ女神の罪を公にしても、その事実は変わらない。信者たちに女神の行方を聞かれたら? 宿屋の父娘はともかく、幹部の三人を放置すれば事実はたちどころに広まるぞ」

「それなら……女神は人殺しの責任を幹部に押し付けて逃げたことにします」

「女神が逃げたことにしたとしても、幹部は『女神は殺された』と真実を話すだろう。それはどう対処する?」

「当然、幹部はありのまま起こったことを話すでしょう。ただ、信者たちがそれを信じるかどうかは別の話です」

「あン? どういうコトだ?」

 ガラルドが口にした疑問を補足するようにアレンは続ける。

「もし女神が逃げたとすると、儀式……つまり殺人の責任は自分たちが負うことになってしまう。でも、女神が殺されたと主張すればその責任をうやむやにできる。だからこそ幹部たちは責任逃れのために女神は殺されたと主張している。信者の目にはそう映るはずです」

「女神の死体はどうする?」

「それは……」

 フランツの問いにアレンは一瞬、躊躇した。死体をこのままにしておけば、『女神は殺された』という主張の決定的な証拠となる。どうしても処理をする必要がある。敵とは言え亡骸をぞんざいに扱うのは忍びない。だが、手厚く葬る時間はない。

「……森の奥深くに隠します。女神が殺された証拠はない。反対に女神が人を殺していた証拠はある。そうなれば人々がどちらを信じるかは明白です」

 人を殺し、その事実を死体と共に覆い隠す。アレンが考えた案は、女神たちが行っていた儀式と何も変わらない。ペトルの言葉通り自分も同罪なのだろう。アレンはそう思った。

「つまり幹部たちの語る真実を嘘にしてしまおうというわけか」

「なかなかえげつねェコト考えるな。ただの甘ッちョろい田舎モンだと思ッたが、見直したゼ」

「それは……どうも」

 アレンはガラルドの称賛とも侮蔑とも取れる言葉を、戸惑いながらも素直に受け取った。

「おいおい、そういう事ならひとつ俺にも協力させてくれないか?」

 一連のやり取りを聞いていたペトルが愛想のいい笑みを浮かべて、話に割り込んできた。

「"協力"だとォ?」

 突如の奇妙な申し出に、ガラルドは訝しげにペトルを睨みつける。

「死体を隠して女神の死を偽るのは無理があるな。いくらうまく隠したとして信者共を総動員すりゃ、いずれは見つかる。そうなりゃ女神逃亡説は一気に崩れるだろうよ」

「ふむ……」

 疑いの目を向けるガラルドとは対照的に、フランツは興味深げにペトルの言葉に耳を傾けている。

「ならいっそ、ありのまま伝えればいい。『女神は殺された』ってな」

「俺らが女神を殺したと白状しろッてェのか?」

「そうじゃない。まぁ、聞けよ。筋書きはこうだ。幹部の一人が良心の呵責に耐えかねて、殺しの罪を公表するように女神に提案するが反対される。密告を恐れた女神はその幹部を殺害しようとするが、返り討ちに遭い逆に殺される。犯人である幹部は何処かへ逃走……こんなもんでどうだい?」

 フランツは顎に手を当て、しばし考える。

「……女神殺しの罪を被る代わりに、解放してくれというわけか」

「さすが話が早いねぇ。あんたらにとっても悪くない話だろ? 俺が女神殺しの罪を肩代わりすれば、あんたらに疑いの目が向くこともなくなるぜ?」

「へッ、 何が協力だ! 結局はテメェが助かりたいがための算段じャねーか! そんな虫のいい話が通るわけがねェだろうがヨ!」

「あぁ、そうかい。なら俺は真実を話すだけだ。お前が女神様の命を奪った張本人だと知ったら、信者たちはどうするだろうなぁ? きっと同じ……いや、それ以上の苦しみを与えようと躍起になるだろうねぇ」

「こ、こいつッ……!」

 予想だにしなかったペトルの反撃にガラルドは思わずたじろいだ。ペトルが持ち出したのは協力ではなく、取り引きだった。

(この土壇場ですごい度胸だ……)

 提示された条件を飲まなければ、アレンが考え出した策は全てご破算だ。この状況下においても命への執着を捨てず、自分が助かるための方法を導き出す。やはりこの男はただ者ではない。アレンは驚き、半ば感心した。

 返す言葉が見つからず歯嚙みをするガラルドと、一矢報い満足そうに口元を歪めるペトル。そんな対照的な二人の間にフランツはつかつかと歩み寄り、口を開いた。

「改めて聞くが、お前は勇者一行の内、女神以外とは面識はないんだな?」

「ないね。神に誓うよ。もっとも、その誓うべき神はついさっき死んじまったけどな」

 そう言うとペトルは女神の死体にちらりと目をやり、皮肉めいた表情で笑った。

「この期に及ンで悪趣味な冗談を……。センセー、やっぱりこいつは信用ならねェゼ」

「……アレン、縄を解いてやれ」

 忠告を無視されたガラルドが憤慨した様子で睨む中、アレンは指示通りペトルを自由の身にした。

「やれやれ……とんだ目に遭っちまったぜ。お互いのためにも、もう二度とお目にかからないことを祈るよ。そんじゃあ、あばよ」

 そう言い残すとペトルは脱兎の如く扉へと向かい、瞬く間に姿を消した。

「いいのかヨ、センセー!? あいつを逃がしちまッてヨォ!」

 ガラルドは怒り口調でフランツに詰め寄った。アレンも口には出さなかったものの、ペトルを自由にしてしまっていいのだろうかと疑問を抱いていた。

「まぁ、そういきり立つな。総合的に考えた結果だ。奴が女神殺しの犯人になってくれれば、我々はこれまで通り自由に動けるからな」

「でもヨォ……」

「抗議よりもこれからのことに専念しろ。そう多くの時間は残されていないぞ」

 なおも食い下がるガラルドに、フランツは間髪を入れずに宣言した。

「ガラルド、アレン。君たちは例の小屋に行って犠牲者の骨を運んで来てくれ。"証拠"がなければ話にならないからな。いいか? 小屋にある分全てだぞ」

「チッ、仕方ねェな。行こうゼ」

 ガラルドはしぶしぶながら指示に従い、アレンと共に地下室を出て行った。

 二人を見送ったフランツは改めて部屋の中を見渡す。そして部屋の隅に未だぼんやりと佇むミーナをちらりと見て、静かにつぶやいた。

「さて、彼女にも"共犯"になってもらうとするか」

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