第14話 反発
「さーてと。で、これからどうすンだヨセンセー?」
血振りを済ませた刀身を鞘に納めながら、ガラルドが尋ねた。
紆余曲折はあったものの、女神を討ち果たすという当初の目的は達成できた。誰一人欠けることなく。だが、問題はこの後だ。
「ここまで首尾ヨく運ンだはいいが、女神が死ンだとあッちャ信者共が黙ッちャいねェだろ。ましてヤ、その原因が俺たちなンだからヨ」
ガラルドの言葉にアレンは思わず、力強く頷いた。
アレンは頭の中で特別礼拝の様子を思い浮かべた。女神の一言一言にざわめき、興奮し、熱狂する信者の波。彼らの女神への狂信ぶりは尋常ならざるものがあった。もし自分たちが女神を殺害したと知られれば、命はないだろう。
「我々の痕跡を消して、夜が明ける前にここを離れる」
「まッ、それが一番だわな」
「それにしても信者たちはこの儀式のことを本当に知らなかったんですかね?」
「おそらく知らなかっただろうな。特別礼拝での女神の話を覚えているか?」
「罪だの救いだのと、くどくど話してましたね」
「その通り。だが、この儀式については一切語られなかった。さらに儀式の間も、遺骨の安置場所も、この通り何故か地下に造られている。まるで人の目を逃れるようにな」
「それが何だッてンだ?」
「つまり奴らもこの行為に後ろ暗さを感じていたのさ。これを公にすれば教団は単なる殺人集団に成り下がる。そうなれば求心力を失うことになると女神も考えていたのだろう」
「半分正解。だが、半分はハズレだ」
ペトルが誰ともなしにつぶやいた。
「大っぴらに人を殺せば、大ごとになるのは必至。女神に心酔しておかしくなった連中はともかく、考える頭が少しでも残っている奴らは離れていっただろうさ。それよりも恐れていたのはこの秘密が外に漏れること。殺人教団なんて噂が広まれば、いずれは国も動く。そうなればここでの悠々自適の生活ともおさらばだ」
フランツの講釈を、縛られたままのペトルが添削する。
「だから俺は儀式は必ず秘密裡に行うように指示した。こんな地下の隠し部屋まで作らせてな。だが、それらは全て俺の提案だ。女神は……あの女は本気で信じていたよ。自分たちが殺した人間は皆救われて、天上界とやらに行くことができるってな」
ペトルは一息に話し、息継ぎをするとさらに続ける。
「意図的に殺人を隠していたという点はご名答。女神が色々と考えていたという部分が間違いだ。あの女は最初から最後まで何も考えていなかった。自らが思い描いた
そして最後にこう締めくくった。
「イカレてるだろ?」
ペトルの解説を受けて、アレンが質問を投げかける。
「女神が自分に従わない人を殺すと言い出した時、あんたは止めなかったのか?」
「止めるも何も、あの女は俺と会う前から既に凶行に及んでいたんだよ。各地を転々としながら信者を増やし、その裏で自分の考えに否定的な者を殺す。今思えば、そんなお粗末なやり方でよく捕まらなかったもんだ。これも神の奇跡の賜物かね」
悪びれる様子もなく、ペトルは白々しく笑う。そんなペトルの様子にアレンは怒りを露わにした。
「そうだとしても止めさせることはできたはずだ! こんなの……ただの人殺しじゃないか!」
「そんなことして反感を買えば、俺が殺されちまうよ。それに女神の機嫌を損ねたら、計画が台無しだからな」
「……計画?」
「救いの里を創り上げる計画だよ。女神を見た瞬間、『こいつは使える』と思った。あの女は頭はおかしかったが、見かけは申し分なかったからな。罪だの救いだの言う荒唐無稽な戯れ言も、理屈さえ立てれば説得力を得る。その瞬間、あの女は自他共に認める"女神となった。そして俺は女神を利用し、理想郷を築こうと計画した」
「こんなチンケな集落が、お前にとッての理想郷だッてェのか?」
訝しげに訊ねるガラルドにペトルはきっぱりと答える。
「あぁ、そうさ。ここでの生活は最高だぜ? 金は要らない。働く必要もない。飯も酒も女も好きなだけ手に入る。極めて退屈なのが難点だが、慣れちまえば正に理想郷だよ」
「金はどうしてた?」
「金?」
フランツの質問に、ペトルは思わず同じ単語を繰り返した。
「救いの里の運営資金だよ。これだけの人数を養うには金が要るだろう。まさか空から降ってくる訳でもあるまい。信者たちから巻き上げていたのか?」
「さぁな。その辺は女神が調達していたようだが、詳しくは知らないぜ」
「では勇者一行に会ったことは?」
「生憎、一度もお目にかかったことはないね」
「一行がここを訪れたこともないのか? 女神がその一員であることを考えれば、一度ぐらいここを訪れていてもおかしくなさそうだが」
「ないね。女神が勇者一行に加わったのは、救いの里を立ち上げたすぐ後だ。あの女は各地を転々として信者を集めていたから、その時にでも出会ったんだろうよ」
「お前も幹部の一人だろ? 女神の布教活動に付いて行かなかったのか?」
フランツの問いかけに、ペトルは冗談じゃないというような表情で答える。
「俺の人生目標は好き勝手悠々自適に暮らすことだ。救いの里を創ったのも、その目標を叶えるため。ここでの俺は、神の次に力を持った人間だからな。」
ペトルは得意げに話す。
「女神は信者集めに必死だったが、俺はそんなものどうでもよかった。女神のお供はそこの二人に任せて、俺は専ら留守番さ。『里に残された信者たちを指導する』ってな理由を付けてな」
「取り調べするのはいいけどヨォ、そろそろ引き上げないとマズいンじャあないか? この現場を信者に見られでもしたら、俺たちも無事じゃ済まねェ。それと……」
ガラルドは視線を落としながら、フランツの尋問を制止した。視線の先には女神の遺骸が転がっている。
「"目撃者"はどうすンだ? こいつら三人と、ついでに宿屋の父娘を入れて五人か」
ガラルドは部屋の中をジロリと見渡した。ペトルとガラルドに襲い掛かった幹部は身柄を拘束されている。もう一人の幹部は依然として女神にすがりつき泣き腫らしている。泣くだけで暴れる様子もなく、これなら身体を拘束する必要もない。そしてミーナは焦点の定まらない目でぼんやりと虚空を見つめ、その父である宿屋の主人はがっくりとうなだれている。
「そうだな。ここは万全を期すべきだろう」
フランツの発言を受けて、ガラルドは再び剣を抜いた。燭台に揺らめく炎を浴びて、刃は鈍く怪しく光る。
剣呑な空気を感じ取ったアレンは、恐る恐る口を開いた。
「一体、何をするつもりですか……?」
「決まッてンだろ。俺らがいた
ガラルドはにべもなく答えた。痕跡を消す。それはつまり――
「こ、殺すってことですか……?」
「それ以外に何があるンだ?」
ガラルドの言葉が冷たく響き、アレンは言葉を失った。
想像はある程度付いていた。正攻法で教団の悪事を暴いたのであれば、正々堂々と告発することもできただろう。だが、彼らは女神を手にかけた。
如何なる理由があろうと、私的な殺人が許されないことぐらい、田舎者のアレンでも知っている。女神を殺した時点で、正式に告発するという選択肢は消えたのだ。
「少なくともこの三人は今の我々にとって確実な脅威だ。女神殺しを信者たちに知られれば、危うくなるのはこちらの方だからな」
フランツの補足説明はすんなりと呑み込めた。ふと顔を向けるとガラルドは剣を構え、ペトルの前に立っていた。
(これは必要なことなんだ……)
アレンは自分に言い聞かせる。女神たちが裏で人を殺し、それをひた隠していたように、自分たちも同じことをするだけだ。そう、女神たちと同じ――
「待ってください!!」
剣を振り上げたガラルドをアレンは大声で制止した。気が付くと声を上げていた。
「一体、今度は何だッてンだヨ!?」
ガラルドは苛立ちを隠すこともなく、負けじと声を張り上げた。アレンにはその姿が、儀式の邪魔をされ苛立つ女神と重なって見えた。アレンは叫ぶ。
「ここでの目的は女神を討つこと。その目的を果たしたんだから、これ以上はもういいでしょう!?」
『女神を討つ』。その意味が殺害であるということは薄々感じ取っていた。あの場で女神を殺さなければ、殺されていたのはこちらの方だ。納得もしている。だが、床に転がっている女神が死んでいると認識した瞬間、アレンはまるで体が芯から凍り付いたかのような感覚に襲われた。女神にすがりついて泣きわめく信者の存在が、それにさらなる拍車をかけた。
幼い頃、父に連れられて行った初めての狩りで、アレンは鹿を仕留める瞬間を目の当たりにした。そして味わった罪悪感。彼は今その時の感情を反芻していた。
「おいおい、話を聞いてなかッたかのヨ? コイツらを逃がせば俺たちがどうなるか分かッてンだろ? コイツらが俺たちのことを黙ッてる保証はどこにも無いンだゼ?」
「ガラルドの言う通りだ。この者たちを排除しなければ我々が危ない。何がそんなに不満なんだ? 何故、そこまでこだわる?」
「『排除』なんて濁さずに、はっきり言ったらどうなんですか。『殺人』って」
ガラルドは呆れたようにボヤき、フランツは反発する
「言いたいことは分かります。でも、嫌なんですよ! そんな簡単に人を殺すなんて……! 理屈を並べて正当化して人を殺すなんて、女神と同じじゃないですか! 俺はあんな風に俺はなりたくないッ!」
アレンはこの一連の流れの中で、心に溜まった膿をぶちまけた。抑え込んでいた感情が一挙に押し寄せる。この救いの里で見聞きした出来事に彼は憤りを感じていた。
身勝手な理由で人を殺めていた女神に。
それを悪びれる様子もなく平然と話すペトルに。
他人に救いを求め、考えることを放棄した信者たちに。
そして、女神と同じ行動を取ろうとしている二人の仲間に。
それらの全てがアレンには許せなかった。
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