第4話 集いし男たち

勇者の演説が終わって間もなく、アレンとフランツは中心部から外れた場所にある貧民街を歩いていた。

「よし、ここだ」 

 フランツは一軒のあばら屋の前で足を止めた。

「さぁ、入りたまえ」

 ボロボロの木戸をくぐった二人を出迎えたのは粗末なベッド。そして古ぼけた一組の机と椅子だけだった。

「何ですか? ここ……」

「当面の拠点さ。人通りも少ないから危ない話をするには好都合だ。ところで、子供が魔物の首を触ろうとした時に、勇者が怒鳴ったのを覚えているか?」

 フランツはアレンの質問に簡単に答え、話を変えた。

「もちろん。凄い迫力でしたね」

 怒鳴る勇者。泣きわめく子供。アレンは先ほどの光景を思い出しながら答える。

「さらに君が触れた後、魔女が早々に燃やしてしまった。自らの功績を示す証拠の品であるにも関わらずだ。何故だと思う?」

「『恐ろしい呪い』にかかるから……じゃないんですか?」

「確かに魔族の女はそう説明していたな。どうだい? 実際に触れてみて、体に何か変化はあるかね?」

「……今のところは特に何もなさそうですね」

 アレンは体のあちこちに触れ、変化を確かめながら答えた。

「心配しなくてもこの先も何もない。呪いなんて、首に近付けさせないための口実なんだからな」

 フランツははっきりと断言した。アレンは思わず尋ねる。

「何でそんなことが分かるんですか?」

「それを明らかにするために、今からこいつを調べる」

 そう言うとフランツは懐からある物を取り出した。

「その角は! どこに行ったかと思ったら、フランツさんが持ってたんですか?」

 それは先ほど、アレンが魔物の頭から取り外した角だった。混乱の間にいつの間にか手元から消えていたのだが、フランツがひっそりと回収していたようだ。

「大きな手掛かりになるだろうと思ってね。騒ぎを起こしたのもこれを手に入れるためだ」

(都合よく利用されたような気がする……)

「これを見て何か気付くことはあるかね?」

 フランツは隠し持っていた魔物の角をアレンに手渡す。アレンの非難に満ちた視線は、まるで気にしていない様子だった。

「……これ山ジカの角ですよ! 毎年暖かくなると自然と抜け落ちるんです。こいつを削って作った工芸品はティサナ村の名産でした」

 しぶしぶ角を眺めていたアレンが声を上げる。

「やはり、か。他に何か気付いたことは?」

「そうですね。角が取れた時、折れたというよりは引っこ抜いたような感触でした。それに、ここ……」

 そう言うとアレンは角の断面を指でなぞった。

「断面が整いすぎてます。素手で引き抜いたならもっと凹凸があるはずなのに、これはまるで刃物で切ったような……」

「さすがは山育ち、頼りになるな。ついでにこいつも見てくれ」

 そういうとフランツはアレンにルーペを手渡した。

「どさくさに紛れて魔物の毛を数本拝借してきた。この毛の断面を見てみろ」

 言われた通りにルーペを覗くと、毛の表面と内部で色が異なり赤と茶色のグラデーションになっていた。

「外と中で色が違いますね」

「その通り。表層を着色しただけで、内部は元の茶色の毛だ。つまりあの魔物は猪の頭にシカの角を突き刺して、赤く塗っただけの文字通り『真っ赤な偽物』ってわけだ」

 フランツはルーペをポケットにしまい込むと、例の人差し指を立てる仕草をした。

「それと怪しい点はもう一つ。勇者の言葉だ」

「言葉?」

「君の家族について話した時だ。私は『この者の家族の行方が分からなくなっております』と言った。それを受けて、奴が何と言ったか覚えているか?」

(そんな細かいこと覚えてないぞ……)

 アレンは腕を組み、懸命に頭を捻る。

「確か、特徴を聞かれましたね。妹の」

「重要なのはその前だ。奴は君に『その娘の特徴は?』と尋ねた。君が『妹』と言う前にも関わらず、奴はどうしていなくなったのが女性であると分かったんだ?」

 フランツの言葉にアレンは、はっと息を呑む。

「君の妹が行方不明であることは、我々しか知らない。つまり奴は知っていたのさ。ティサナ村から一人、少女がいなくなったことを」

「あ、あんな一瞬の間にそこまで考えてたんですか?」

 アレンは驚き、目を丸くして尋ねる。魔物の頭と、勇者の言葉。フランツは瞬時にして勇者の二つの嘘を暴いた。

「私は剣術も体術も不得手だ。もちろん魔法も使えない。もし私が勇者一行に戦いを挑めば、二秒と持つまい。圧倒的な戦力さのある相手とどうやって戦うか?」

 そう言うと、フランツは人差し指で自分の頭を二度ノックした。

「ここさ」

「頭……ですか?」

「その通り。力で敵わないなら頭で勝負すればいい。人間の真価は力じゃない。頭だ」

 フランツは力強く断言した。

「殴り合うだけが戦いじゃない。よく覚えておきたまえ」

 この人はかなりの切れ者だ。薄雪のように積もっていたフランツへの疑惑の念が溶けた。この人に付いて行けば、真実にたどり着ける。そう思った。

(なら、あれは……)

 ふと、アレンの中で一つ疑問が湧いた。

「魔物の頭が怪しいと、いつ気付いたんですか?」

 勇者の怒声、魔族の釈明、魔女の隠蔽。あの時の勇者一行の態度は、明らかに不自然だった。だが、あの時点では偽物と断定するに足る材料は無かったはずだ。

「あの一瞬の間、遠目で見ただけでなぜ偽物と? 少なくとも俺には分かりませんでした」

「確信はあったが確証がなかった。嫌疑不十分。限りなく黒に近い灰色というやつだ。だから実際に手に取って確かめる必要があった。そのために君をけしかけたわけだ」

 聞き捨てならない言葉だった。そのために俺をけしかけた?

「『けしかけた』ってどういう事ですか?」

「この手で調べるために牙でも毛でも角でもいい。とにかくあの首の一部が欲しかった。そのためには連中の注意をそらす必要がある。そこで君に騒ぎを起こさせた」

「さ、騒ぎって……」

 憮然とするアレンを余所に、フランツは解説を続ける。

「勇者が子供を怒鳴りつけた後、広場が静まり返った。魔族が呪いについて説明をしたのもその後だ。あれを見て、あの首には何かあると思い、君に行かせた。毛の一本でも手に入れば良かったが、角まで手に入れてくれて助かったよ。それに君が触った後は呪いの『の』の字も出なかっただろ?」

 フランツの話には説得力がある。体調にも変化はない。呪いが嘘というのもどうやら本当らしい。だが……

「万が一あれが本物で、呪いも本当だったらどうしてたんですか……?」

 アレンは恐る恐る気掛かりだった点について尋ねた。

「その時は連中に頼み込んで、どうにかしてもらってたさ。奴らに我々を助ける義理はないが、助けざるを得ない。あの大勢の前で君を見捨てれば、評判はたちまち地に落ちるからな」

 フランツは事も無げに話し終えた後に、こう付け加えた。

「何事もなくて良かったが、無茶をさせてすまなかったな」

(呪いよりもよっぽど危険だぞ、この人……)

 取って付けたような謝罪の言葉に、アレンは思わず心の中で毒づいた。と同時に、入口の木戸がガタガタと開く音がした。入口に顔を向けると姿を現したのは、見るからに屈強な男だった。


大きな男だった。アレンと比べて頭二つ分は差がある。大きく感じるのは上背のせいだけではない。浅黒い肌は全身が筋肉の塊であり、鍛え上げられたその肉体は圧倒的な存在感を放っている。頭は見事に剃り上げられており、一本の毛髪も見当たらない。それがまた近寄りがたい威圧感を醸し出している。

(で、でかい……! 何者なんだ? まさか勇者の一派では……)

 もしそうだとすれば状況はかなり危うい。今の今まで勇者の疑惑について話していたのだ。もしも戦闘になれば勝つ見込みはない。何しろこの体格差だ。アレンの頬を冷や汗が伝う。

「おう、戻ッてたのか。センセー」

 大男は親し気にフランツに話しかけた。

「今しがた着いたばかりだ。こちらは大収穫だったぞ。そっちは?」

「俺の方も調べまわッたおかげで色々と分かッたゼ。それよりもヨ、センセー。そっちの兄ちャンは一体、誰なンだ?」

 大男が至極真っ当な質問を口にする。アレンが大男の素性を知らないように、彼もまたアレンが何者なのかを知らない。そしてそれはアレンの想いの代弁でもあった。

「君がここを発ってすぐ、ティサナ村が火事に遭った。その調査の際に出会った村の生き残りだ。彼もまた我々同様、勇者に浅からぬ因縁がある」

「生き残り……か……」

 大男はアレンを一瞥すると小さくつぶやいた。そして改めてにこやかにアレンに向き直る。

「俺はガラルドッてンだ。色々あって今はセンセーと共に勇者を追ッている。同じ目的を持つ者同士これからヨろしくな、青年!」

ガラルドと名乗った大男は、独特なイントネーションで自己紹介をした。

「俺はアレンと言います。フランツさんの言った通りティサナ村の生まれです。こちらこそよろしくお願いします」

 どうやらフランツの知り合いのようだ。アレンは警戒心を解き、差し出されたガラルドの手を取った。その手はアレンの物に比べて一回り程大きく、まるでグローブのようだ。

「さて、互いの自己紹介も済んだことだし我々の目的と今後について話そう」

 頃合いを見計らってフランツが切り出した。

「我々の目的は勇者一行の正体を暴く事だ。世間では連中を魔王討伐の英雄の様に崇めているが、果たして本当にそうだろうか? これはまだ推論だが、私は勇者と魔王軍には何らかの繋がりがあるのではないかと考えている」

「繋がり?」

「魔王軍の侵攻が始まったのが今からおよそ三年前。この三年で多くの国が侵攻を受け、そして敗れていった。魔王軍の出現からおよそ一年後、今度は突如として勇者が現れ、魔王軍に戦いを挑んでいる。勇者は魔王に支配された地域を次々に解放していくが、小国・シゼを奪い返す戦いには敗れている。それ以来、シゼは魔王に占拠されたままだ」

 フランツの言葉にガラルドは拳を固く握りしめた。だが、そのことにアレンは気付かなかった。

「不思議なことにそれ以降、大規模な衝突は起きていないんだ。勇者は仲間を集い、残党狩りと称して世界中を旅しているが、何故か魔王は動かない。勇者を退けた勢いそのままに各地に大侵攻をかけてもおかしくないのに、あるのは小競り合いだけだ」

「あえてお互いを刺激しないようにしてるって訳ですか? 何のために?」

 アレンの問いにフランツはニヤリと笑う。

「いい質問だ。こんなのはどうだ? 魔王はシゼを足掛かりに小規模な侵攻を進める。勇者はそれを阻止し人々からの名声を得る。これで表面上は敵対関係を装いながらも、互いの利益が得られる」

「冗談じャねェ!」

 フランツの言葉にガラルドが突如、声を荒げた。

「そのせいでどれだけの犠牲が出たか! 住民は蹂躙され、国を守るために立ち向かッた兵士たちは皆ムザンに殺された! シゼは未だに奪われたまま、国を追われた人々は明日の寝床も分からねェ始末だ。魔王と勇者が共犯だってンなら、どちらも必ずこの手で殺す!」

 先程までの人懐っこい笑顔は一変し、激しい口調でガラルドは吠える。その言葉にアレンは炎上する故郷を思い出した。アレンもまた両手を強く握りしめる。

「気持ちは分かるがそう熱くなるな。今戦えば負けるのは火を見るより明らかだ。私は奴らに勝つため、君に調査を任せたんだぞ? ガラルド」

「分かッてるさ。『奴』の居場所はバッチリだゼ」

 フランツの言葉に冷静さを取り戻したガラルドは、懐から地図を取り出し机の上に広げた。

「一体、何の話ですか?」

「次の目的地の話だ」

 アレンの質問にフランツは地図を指差し答える。指し示された地点は赤い丸印で囲まれている。

「ここが我々が次に向かうべき場所だ」

「そして奴らとの戦場さ」

 腕組みをしたガラルドがぽつりと付け加えた。

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