第3話 英雄の疑惑

聞き捨てならない言葉だった。村の火事に勇者が関わっている?

「どういう意味ですか?」

 発言の意図を尋ねながら、アレンは突如現れたフランツと名乗る男を観察した。

 確か調査隊にいた内の一人だ。体型はやせ型の長身で精悍な顔立ちをしており、頭には頭頂部の中央を縦に折り込んだ茶色い帽子を被っている。年齢は自分よりは上だろう。年上であることは間違いないが、とても若々しく見える。中年と言っても差し支えないが、二十代後半と言われても不自然ではない。早い話が年齢不詳だ。都会感溢れるスマートな雰囲気はティサナ村ではお目にかかれないタイプの人間だ。

「そのままの意味だ。私は火災に勇者一行が関わっていると考えている。ここを訪れたのもその確証を得るためだ」

 にべもなくフランツは答える。滔々と話す表情は真剣そのもので冗談を言っているようには見えない。

「まずは状況を整理しよう。昨晩この村が火事になり、生き残ったのは君と君の弟。間違いないな?」

(一体、何なんだこの人は?)

 戸惑いながらもアレンは頷く。

「よろしい。では、君はこの村の正確な人数を把握しているかね?」

「……33人です」

「今回の調査で見つかった遺体の数は30。生存者である君たち兄弟を合わせても32だ。つまり?」

「一人足りない……?」

「ご名答!」

 フランツはわざとらしく手を叩いて見せた。まるで演説でも聞いているような気分だ。

「村の周辺はくまなく捜索したが、他に遺体も生存者も見つからなかった。遺体がない以上、生きていると考えるのが妥当だろう。だが、火の手が上がる前に避難したのであれば、姿を現してもいいはずだ」

 フランツの独演は続く。

「そうなると、疑問が一つ。残りの生存者一名は果たしてどこに消えたのか?」

 フランツは人差し指を「1」に見立て、身振りを付けながら説明する。

 気障な口調と態度だが、それが不思議と似合っている。

(『ねぇちゃん……は……勇者に……』)

 フランツの演説をきっかけにアレンは思い出した。トムが意識を失う直前に残した言葉を。

「もしかすると……その生存者は俺の妹かもしれません」

「そう思う根拠は?」

「燃え上がる村から弟を助け出した時に、弟が言ったんです。『姉ちゃんは勇者に』……と。もしかしたら勇者に助け出されたのかも……」

「それだけでは根拠として薄いな。しかしそのような状況下でわざわざ言及するということは、君の妹の身に何かあったと見て間違いないだろう。ちなみに年齢はいくつだ?」

「妹の年ですか? 今年17になります」

「17か……。妹は可愛いかね? この場合の『可愛い』は家族として大事に思っているということではなく、器量が良いかという意味だ」

(なんでそんなことを聞くんだ……)

「可愛い……と思いますよ。村でも美人と評判だし、一緒に都に行った時も、何人もの男に声をかけられてましたからね」

 意図の読めない質問に戸惑いながらも、アレンは正直に答えた。

「それなら可能性は十二分に考えられるな……」

 フランツは右手で顎を触りながらポツリとつぶやいた。

「何なんですか、一体?」

「ここ最近、各地で行方不明者が続出している。それも若い美人の女性ばかりだ。そしてそこには、ある共通点が存在している」

「共通点?」

「行方不明者が発生した地域には、必ず勇者一行が訪れている」

 その言葉にアレンは、はたと思い出す。

「火事が起きた日、確かに勇者一行がこの村に来てました! 俺はちょうどその日、村を離れていたから直接は見てないけど……」

「決まりだな。やはり今回の件は連中が一枚噛んでいる。まずは都に戻ろう。詳しくは歩きながら話すことにしよう」

 そう言うとフランツは村の出口に向かって歩き出した。アレンは遠ざかるフランツの背中をぼんやりと眺めながら考えた。

 この素性もよく分からない人物を信じてもいいのだろうか? 嘘を吐いているようには見えないし、自分を騙してあの人に得があるとも思えない。

 アレンはもう一度、辺りを見渡した。もうここには何もない。このままここで暮らしていくのは、到底不可能だ。それに新たに行かねばならない理由が出来た。

「妹が……アニーが生きているかもしれない」

 他に手掛かりがない以上、あの人に付いていく以外の選択肢はない。アレンは決意を新たにフランツの後を追った。


(昨日から村と都を行ったり来たりだな)

 心の中で苦笑しながら、アレンは前を歩くフランツの背中に話かける。

「これからどこに向かうんですか?」

「都にある私の拠点さ。今はそこで勇者について調べている」

「いつから調べてるんですか?」

「魔王が現れてすぐだからもう三年程になる。最初は魔王の方を調べていたんだが、その内におかしな点に気が付いてな。今ではすっかり勇者様の追っかけさ」

 フランツはおどけた口調で話す。話しながら歩いてきたおかげで、都に戻るまでの時間はそう長くは感じなかった。レンガ作りの巨大な正門をくぐると、中央広場に何やら人だかりが出来ている。

「何かあったんですかね?」

「何だろうな。そこのご婦人! すまないが少しいいかね?」

 フランツは近くを歩いていた女性に声をかけた。

「ずいぶんと賑わっているようだが、何か催しでも?」

「昨日、ティサナ村が火事になったでしょ? そのことについて勇者様がお話したいことがあるそうよ」

「なんだって!?」

 女性の言葉にアレンが即座に反応する。

「なるほどな。どうもありがとう」

 フランツが礼を言うと、婦人は広場の方に歩いて行った。

「渡りに船だな。早くも意中の相手とご対面できそうだ」

「行きましょう!」

 二人が広場に着くと、今まさに勇者が話し始めるところだった。

(あれが勇者……)

 アレンは目の前の集団をじっくりと観察した。勇者は長い金髪に端正な顔立ち、涼し気な目元の優男といった感じだ。腰元に剣を携えているが、軽装で鎧や兜は身に着けていない。

 勇者の右隣には、青い肌をした紫色の長髪の女性が妖艶な笑みを浮かべている。青色の肌もさることながら、それ以上に特徴的なのが"目"だ。白目がない。犬や猫などの獣のように、眼球全体が黒いのだ。闇を溶かしたような真っ黒な目は、見る者に恐怖と嫌悪を抱かせる。一目で普通の人間ではないということが分かる風貌だ。

 左隣には黒いとんがり帽子をかぶった少女が杖を握り立っている。杖の持ち手の先には真っ赤な宝玉が埋め込まれており、老人が使うような普通の杖ではないことが窺い知れる。いかにもな格好だが、魔女と呼ぶにはずいぶんと幼く見える。年齢は妹のアニーと同じぐらいだろうか。

(あれが魔族と魔女か……)

 噂によるとあと三名、女神と剣士と武闘家を引き連れているはずだが姿は見当たらない。どうやら今は別行動を取っているらしい。

 アレンが心の中で一行の印象を整理している間に、勇者は高らかに語りだした。

「もう既に知っている者もいるだろう。昨夜、小さな村で起きた悲劇を。魔王を討つために戦っている我々を、村の人々は快く歓迎してくれた。楽しい時間だった。だが、そこで! 悲劇は起きた!」

 大袈裟な身振り手振りで話す勇者を観衆は固唾を飲んで見守る。

「魔王軍が我々を亡き者にしようと、村に襲撃をかけたのだ。辺りは一瞬で猛火に包まれ、人々は次々に倒れていった。私たちがもっと早く察知していれば彼らを救い出すこともできたはずなのに……」

 勇者は声を震わせ、右手で目を覆った。その姿に周りからはすすり泣く声が聞こえてきた。

「だが、安心してほしい! 村を襲った魔物はこの通り我々の手で討ち果たした!」

 傍らにいた魔族が麻袋から何かを取り出した。獣の首だ。猪のようだが、毛は真っ赤で頭には二本の角が生えている。ティサナ村の森でもあんな生物は見たことがない。

「私はここに誓う! 犠牲になった全ての人々のために、必ずこの手で魔王を討つ!」

 と、その時、小さな子供が地面に置かれた魔物の首に触れようと手を伸ばした。

「触るなッ!」

 勇者の怒声に広場は一瞬にして水を打ったように静まり返った。聞こえるのは怒鳴られた恐怖で大声で泣き出した子供の泣き声だけだ。

「ごめんね、坊やぁ? この魔物の首には強力な呪いがかかっていて、耐性のない者が触ると恐ろしい呪いにかかるのよぉ。勇者様はあなたのためを思って、止めてくださったのよぉ?」

「そ、そういうことだ。いきなり怒鳴ってすまなかったね、坊や」

「そうだったのか!」「さすが勇者様だ!」

 魔族の説明に観衆は活気を取り戻し、口々に勇者の行動を褒め称える。

「……あの魔物の首、どう思う?」

 群衆が沸き立つ中、フランツが小声でアレンに尋ねた。

「魔物なんて初めて見ましたよ。でも、毛の色と角さえなければ村の周りにいた普通の猪とあまり変わらないですね」

「なるほどな……」

 アレンの答えを受け、フランツはアレンにそっと耳打ちをする。

「そ、そんなことしたら大変な目に……」

「大丈夫だ。私が保証する。後のことも私に任せろ」

 フランツは渋るアレンの背中を叩いて、観衆の最前列へと送り出した。

 アレンは歓喜に沸く人混みを掻き分け、どうにか最前列へとたどり着いた。ちらりと勇者一行を盗み見ると、観衆の声に応えて手を振っているところだった。誰もこちらは見ていない。やるなら今しかない。

 アレンは意を決して前へと飛び出した。そして目の前にある魔物の頭の角を掴むと、力の限りそれを引っ張った。拍子抜けする程にあっさりと、音もなく角は抜けた。

「何てことをするんだ!」

 その瞬間、怒号が飛びアレンは背後から羽交い締めにされた。大勢の視線が一斉にアレンに向けられる。

 勇者は引きつった表情で口を開く。

「な……」

「申し訳ございません勇者様! この者はティサナ村の生き残りでして、村の仇を憎く思うばかりにこのような愚かな行動に……! 全ては村を思ってのこと! どうかお許しください!」

 勇者が言葉を発するよりも早く、何者かの声が響く。声の主はフランツだった。フランツは広場中に聞こえるほどの大声でアレンの行動を詫びた。

「お前も謝るんだ!」

 フランツはアレンの拘束を解くと、アレンの頭を押し付けるようにして頭を下げさせる。

「あれが村の生き残りか」「それならあんなことをするのも無理はないな」「俺だって故郷を滅ぼされたら黙ってられないぜ!」

 人々が思い思いに感想を口にする。機先を制された勇者は、これ以上アレンの行動を咎めることはできない。

「……分かった。もういい。顔を上げたまえ」

「こいつはこれ以上残しておくのは危険ですから、綺麗に燃やしちゃいましょー☆」

 そう言うと魔女は杖を振りかざした。魔物の頭は一瞬の内に炎に包まれ、そして消えた。首が置いてあった場所には骨一つ残っていない。風が吹き抜け、完全に燃え尽きた灰を彼方へ運んだ。

「おお! 勇者様の寛大なお心遣いに感謝いたします! それからもう一つ、恐れながら勇者様にお願いがございます」

 フランツは恭しい口調で、なおも続ける。

「願い?」

「はい。この者の家族の行方が分からなくなっております。恐らく村を襲われた際に魔王軍に連れ去られたのではないかと。お願いです! 悪の手からこの者の家族をお救いください!」

「ふむ。それで、その娘の特徴は?」

話の流れに付いて行けない。突然話を振られたアレンはしばし呆然とする。フランツに肘で脇腹を小突かれ、ようやく言葉を紡ぎ出した。

「い、妹は年は17で、身長は俺の肩ぐらい。俺と同じ真っすぐな赤毛で、背中にかかるぐらいの長さです」

「よし、分かった! 連れ去られた君の妹は我々が救い出すと、ここに誓おう!」

 アレンから特徴を聞いた勇者は、高らかに宣言した。力強い勇者の言葉に歓声は最高潮に達する。この場にいる誰もが、勇者の言葉に胸を震わせている。そんな中、アレンはもう一度、心の中でフランツが最初に発した台詞を反芻した。

(『この火災には勇者一行が関係している』)

(それが事実なら、この言葉は全て嘘になる)

 アレンは大歓声を受けご満悦の英雄に疑いの目を向ける。

(ようやく、尻尾を掴んだようだな)

 その隣でフランツは一人、不敵な笑みを浮かべていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る