幕間2 フォンズ



 ──物事は万事、上手くいかないものだ。


 ギュスターヴが人族の中では長い年月を過ごす中で真理だと思ったいくつかのうちの一つ。警戒しても、準備をしても、予防をしていても、上手くいかない時はいかない。

 黄陣営フラウムの一員として精霊術を学び、魔術に貢献し、あわよくば世に名を残そうと思っていたのはいつのことだったか。原初の伝説の存在そのままとはいかずとも、その末席には加わるだろう精霊を呼び出す魔術を考案していた。


 精霊は意思があり、そして魔術で召喚ができる魔法側──世界の理側の存在だ。

 人間には行使できない魔法を扱う存在を召喚、使役できるのであれば今後の魔術世界の発展に役立つはず。そう思っていたのに。

 どこから漏れたのか、報告会を前に資料が奪われ、あるいは処分され。己が本来発表するはずだった内容を他の魔術師が発表し、己は証拠もデータも、召喚用の道具すら無い状態で発表会に挑むことになり。

 裏でなにが起きていたのかを知る由もない黄陣営フラウム上層部によって陣営の追放を受けた時に、カリステリアに拾われた。


 人生は上手くいかないもの。しかして救いもある。だが、やはり上手くいかないもの。

 そんな今生の悩みをいつも癒してくれたのは、当時はまだ少女だったお嬢様──リーティア様。


「じいや! 花を見つけたぞ!」

「美しい花ですな。どこで見つけたのです?」

「えっと、その……」

「また勝手に抜け出して外へ遊びに行ってしまったのですね。お父上たちには秘密にしますので、どうか私には教えてくださいませんか?」

「分かったぞ!」


 一人っ子らしく、寵愛を受け、期待を背負う。

 降りかかる幾つもを上手に吸収しながら逞しく成長するお嬢様の存在があればこそ。カリステリアへの恩義だけでなく、子すらいない己にとっても孫のようなその少女への愛があればこそ。

 お嬢様がいつか一人前になるその日を待ち遠しく思い、そしてその後もその身を助けていければ、と思っていた。



 だというのに。


「ギュスターヴ、貴方が責任者ですね。この命を受けなさい」


 最初は誰なのかと思った。


 ハーフエルフでありながら人に尽くす仕事に自ら志願した変な男。最初こそ警戒していたが、仕事ぶりや人柄、不意に起こったことへの対処力まで全てまとも。仕事ぶりが認められ、責任ある立場へと上り詰めてきた矢先に彼に呼び出された。


 他の給仕たちにも愛されていた青年アルベールが、あからさまにこちらを見下す目で紙を投げて寄越す。

 震える手で紙を開けば、中には『カリステリアに列車の優先利用権を承諾証明を貰ってこい』という一文とともに、指令先であるアルベールと、指令元のエルフ陣営の名が簡潔に記載されているのみ。


 そう、これはギュスターヴ、ひいてはカリステリアに読ませる文章、書類ですらない。エルフがハーフエルフをぞんざいに扱い、その扱いと仕事内容に怒ったハーフエルフが人を見下している、その影響を己が受けているだけ。

 しかも、内容は優先利用権の交渉や話し合いのアポ取りですらない。取れる前提でそもそもの話が行われている──。


「なんだ、これは」

人族おまえらの使う文字だろう、読めんのか?」

「内容の失礼具合、体裁すら整えない書類……これをどうしろと」

「お上に届けるくらいできるだろう。簡単なお使いだと思ったが」


 "アレクシア"がカリステリア本邸に帰ることなどそうそうない。従業員として紛れ込んだはいいものの、カリステリアに上申するタイミングやチャンスが無いのだ。

 であれば、書類を送れるやつに使をさせればいい。年若い次期当主などではなく、話や情勢が比較的分かりそうで、お使いができそうな責任者候補に。

 その候補に偶然己がいただけ。


 人そのものを見下し、カリステリアを見下し、なによりお嬢様を見下した事実。

 それがなにより許せなかった。


「エルフを乗せるという時点で栄転だ。この上ない褒美だと思うがいい。正式な書面とともに贈り物の一つくらいはしてみせろ」

「……うむ、確かに受け取った」


 今は堪えろ。今じゃない。

 奥歯を噛み締め、形だけでも肯定の言葉を口から放てた。その程度はできるくらいには歳を重ねている。


 今、エルフ陣営の使者である彼を衝動のままに殺せばどうなるか。世界的に有力派閥、有力種族のエルフ陣営とカリステリアが敵対するのはよろしくない。ましてや今は内々で新たな事業の計画すら進めている最中だ。可能な限り黒い話題は立てたくない。

 しかし、彼らの要求を受け入れれば"アレクシア"の持ち味の一つである「乗客の扱いが平等」に反してしまう。エルフくらいなら特例も、という話もあるが、一度でも特例を認めてしまえばなし崩し的に他の存在も特例を要求するだろう。

 最初の一度目を認めないというのも大事な戦略なのだ。


「早い返答を期待している。では」


 良い返答を期待するということすらしない。

 部屋を出る瞬間に見慣れた表情、感じ慣れた雰囲気に即座に切り替えているのは流石というべきか。それとも、ハーフエルフはエルフと違う技術が必要なのだなと心の中で嗤ってやるべきなのか。


 どうにかこの件を処理しなくてはいけない。

 万が一、己の暗躍がバレた時にカリステリアに──ひいてはお嬢様に火の粉が降りかからないように、可能な限り独力で。



 ……静かに拳を握り込むギュスターヴの目の前には、廊下の絨毯が長く続く線のように見えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

金灰のストレリチア 棗御月 @kogure_mituki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ