1−22 呪って、呪われて
翌朝。
深夜のうちにカリステリアから発表された一連の事件の顛末、そして各方面への姿勢を記した声明を受けて魔術界はにわかに騒がしくなっていた。同時に発表された新規事業のこともあってほとんどカリステリアの立ち位置は揺るがず、事件解決し今後の安全や利便性を保証していることもありむしろさらに賑わうのでは、という見方が大半らしい。
そんな騒めきを意にも介さない主従が一組、僻地のホテルで目を覚ましていた。
「おはよう、シャーロット」
「ん……」
魔眼の使用と封印解除、そして再度の封印はお互いにとってあまりにも痛手だった。
シャーロットは魔力枯渇するほど無理をしたこと、魔力面でも体力面でも限界を迎えたことによる発熱をしていた。列車から逃げ出した後、僅かな仮眠を挟み、他の魔術師にアーサーの存在がバレる前に封印を完全に掛け直したことが決定打になったのだろう。
封印をされた側も無事でいられるはずがない。原初の吸血鬼を一般人にしか感じられなくするほどの封印は、魂や存在そのものへの攻撃以外のなにものでもないのだ。枷を離れスーパーマンのごとく動けた体が、ただの人間に戻った上で超人の時の反動を受けているようなもので、動くことすら難しい。
それでも従者としての役割を請け負っている以上、無理を押して動いているのだが。
もやしっ子なのに体の外も内も疲労困憊で熱を出している方が危険だからだ。
「リーティアはどうやら要望通りやってくれたようだ」
「そうか……」
体調不良な上に朝に弱すぎるシャーロットの受け答えはぼんやりとしているが、どうやら聞こえてはいるらしい。
事件解決の代わりに頼んだことはいくつかある。
そのうちの一つが、俺たちという存在の隠蔽だ。アレットを退けました、裏から交渉もしてもらいました、でもカリステリアの公式声明で居場所がバレました、ではお話にならない。俺たちのことは可能な限りボカして公表することを約束してもらった。
結果として、乗客の個人情報保護、という名目でほとんどなにもわからなくなっていた。他の乗客が数名巻き込まれた、という表現で見つかるのであれば向こうに名探偵がいるに違いない。それも、理を超えた超人が。
「あー……ハムエッグトーストでいいか?」
「冷まして、切ってくれるなら」
「はいはい。火、頼むよ
『あのねぇ、妖精使いが荒いわよ? これでも有名にして偉大なる
「喰われた身だろう」
想定外のこととして、
聖痕という残るものを媒介にしてしまったこと、呪術的に存在そのものをつなげてしまったこと、そしてなにより喰らうという己のものにするという行為をしたことで、妖精術師のように彼女を使役している状態になってしまったらしい。
妖精術師のように、契約に基づき正当に使役をしているわけじゃない。聖痕の位置の辺りで無理矢理隙間を作って体に捩じ込まれているような、部屋の一角に勝手に間借りされているような不思議で少し不快な感覚だ。
まあ、封印されていると一般人と遜色ない俺と、呪術以外は修練もなにもしていないシャーロットでは今回みたいな事態に遭った時になにもできないから、と間借りを許可しただけだったりする。封印されてて無駄になってる分の魔力を餌にいつでも
契約で縛れてもいないからなにをされるかわからないという不安もありはするが、戦うたびに主従揃ってダウンするよりは良いだろう。良いはず。たぶん。
「……不測の事態だったが、得たものはあり状況はさほど変わらず。目的地は変更なし、でいいか?」
「そうだなぁ。変える理由もないし良いんじゃないか。……起きれるか?」
火照りを感じながらもシャーロットを起こし、目の前の机に朝食を用意していく。ハムエッグトースト、白湯にポタージュスープ。摘む程度のサラダ。
行き先の予定は"アレクシア"に乗る前と変わらない。
永世中立国であり、魔術師的には四想中立圏と呼ばれる国──スイスへ。
「うん、決めたぞ」
「朝食を食べて一口目で突然なにを思いついた?」
「アーサー、これからは私を愛称で呼べ」
「……は?」
「シャル、シャロ、ロティ、ロッテ、なんでもいいぞ」
「お前、熱で頭が動いていないだだだだだやめろ肉をつまむな痛いイタイ」
「主人をお前と呼ぶな、馬鹿者……っ!」
……理想郷への逃避行は、続く。
※ここまでお読みいただきありがとうございます!
第一章『交叉炎上編』は終了です! 良ければコメント欄に感想など頂けると嬉しいです……!
第二章は只今執筆中です。幕間を幾つか投稿予定なので、それを読みつつしばしお待ちいただければと……!
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