1-18 私はまだ



「君が犯人だ──ギュスターヴ=ロンダル」


 部屋に静かに響いた宣告に、老執事は特別動揺する姿も見せなかった。

 全ての視線を受け止め、そっと一礼をする。指摘されれば素直に認めるつもりだったのだろう、その行動には僅かの動揺も澱みも無い。


「その通りです。私がアルベールを殺しました」

「何故だッ!」


 烈火のごとく声を張り上げる人がいる。

 リーティア・ヴァン・カリステリア。ギュスターヴの仕えるカリステリア家の次代当主であり、"アレクシア"の主が、涙さえ滲ませながら叫んでいた。


「何故、何故このようなことをした!」

「カリステリアを守るためでございます」


 仕えている主に詰められてなお態度は崩さず、毅然と答えている。

 それにしても、カリステリアを守るため、とはどういうことだ。


「彼は良い従業員でした。であると同時にスパイ、あるいは交渉人でもあったのです」

「交渉人、だと?」

「ええ。エルフ族から送り込まれておりました」


 カリステリアの運営している魔導列車は、現状魔術師界において唯一無二だ。

 表舞台から裏へと主戦場を移し、表立って魔術戦ができなければ、不意の襲撃に備えてできる限り安全に移動をしたい魔術師たちにとってはもはや不可欠と言ってもいい。

 そして、陣営の問題があるからこそ、カリステリアは乗客に一切の差別をしなかった。


 己の属する緑陣営ウィリデリアだけでなく、四陣営全てを受け入れる。その陣営に属さない野良の魔術師でさえも制定されたルールを守るのであれば受け入れていた。乗客だけでなく従業員ですら差別をしていなかった。

 聖炎教団ターレスのような、一般的には忌避されているような存在でさえ例外ではない。


 だが、それで納得をする場所ばかりではない。

 己の陣営を、家を、仕事を優先しろ。裏で良くしてやる。この家名が怖くないのか。そんな脅しは聞き飽きるほどにされていたし、直接されるだけでなく、脅しのような物品と共に文書が届いたことも二度や三度ではなかったようだ。


「種族としては希少なエルフ族はなにより魔術師を恐れ、それでいながら見下しています。先天的魔術能力も耐性も劣る我らに対して使者を寄越したのです。それがアルベールでした」


 ハーフエルフであるが故にエルフ内では格が低く、エルフの血があるが故に一般的な魔術師よりは上にいる彼は、人間界とエルフ界の中継ぎであり板挟みになっていた。

 なぜ気位プライドが高い彼が使用人の真似事をしていたのか。それは、エルフ族からの使者として"アレクシア"の運営中枢に近づこうとしていたらしい。


「彼、あるいは彼らの要求は単純でした。カリステリア家のエルフ族への恭順と奉仕。人族の仕事やくだらない仁義など捨て置き我々に奉仕せよ、使ってやる、と言われた時は思わず目を剥きました」

「そんなことを……だが、殺すようなことでは!」


 ギュスターヴがリーティアの言葉に頑として首を振る。

 そうだ。こういう通告が要求だけしか通告されていないわけがない。


「反抗した場合は魔術師界での立場はないものと思え、という通告も来ておりました。具体的には、魔導列車の強奪とカリステリア本家への強襲、あるいは魔術師界に公式として『緑陣営ウィリデリアには今後一切協力をしない、魔導列車に乗る陣営にも同様』という声明を出すと言われたのです」

「それは……」


 実質的なカリステリアの死を意味すると言っても過言ではない。


 魔術において圧倒的な実力、適正、そして魔術的意味を持つエルフ族の価値は非常に高い。エルフ族がどう見るかはさておき、人類からすると彼らの血統を自分の血統に入れられるというのは望外の幸運なのだ。攫う、あるいはどこかの陣営に僅かでも協力をしたエルフの殺害依頼が裏で飛び交うほどには。

 高い魔術適正を有し、家としての力も誇示できる。エルフ族との交流がある、というだけで社交界では一目置かれるくらいには、種族名が重い。


 そんなエルフ族に公的な敵対声明を出された家がどうなるかなど、言うまでもない。


「我らの安全を保証し恭順をするのであれば、そちらの娘に半血アルベールをくれてやってもいい。反抗したらわかっているな、と言われた私は決断をしたのです。短期的に損害は出るでしょうが、不審死として彼を処理するしかない、と」

「明確に敵対の反応を返せるわけもなく、かといって恭順などできるはずがない。であれば原因不明の事態で処理するしかない、ということか」

「その通りでございます」


 アルベールが拒否の反応を持ち帰った、あるいはカリステリアの手によって殺された、というのは不味い。そのまま敵対をされ、声明によって家が滅ぶ。

 では原因不明の不審死であればどうか。安全を謳っていたカリステリアは短期的にはその名を落とすものの、今の魔術師たちの依存度からすると利用者が即座に絶えることにはならず、そして二度目が起こらなければ次第に噂は消えていく。

 エルフ族からしても、疑念こそ残るものの、下等な鉄砲玉が一度不発だっただけ。別の方法でアプローチはするかもしれないが、二度同じ手はなかなか使わないだろう。


 そして、それぞれの陣営の上層や賢い魔術師たちは、この一件の裏とカリステリアの姿勢を悟ることになる。

 エルフ族ほどの価値を示すのが難しい人族がどれほどのことをしても説得は難しいのではないか、同じように不審死をしかねないのではないか、と。


「お客様と従業員の配置を恣意的に動かした件を含め、この一件の処理を終え、カリステリアに報告をした後はどのような処罰も受けるつもりでございました」

「……クソが、俺がこの車両にいるのもお前の差し金かよ。俺が成功したらそれはそれで良し、失敗したら呪い殺すつもりだったってことか」

「その通りです。申し訳ありません」

「ちょっと待て、どういうことだ! まさか、貴方の乗車目的は、任務というのは……!」


 ターレスに以前訊き、言うわけないだろ、と一蹴された依頼内容。

 それは、アルベール・クウィルの抹殺。


「想像通りだよ。聖炎教団から俺が受けた依頼は、話題の魔導列車で働いているハーフエルフの抹殺だ。エルフが介入しようとしてるってのは俺たちも掴んでいるんでね」

「そうか、君たちの教義的にはエルフの躍進や発展は許せるモノではないね」

「おう。エルフの情報は特に血眼になって追ってるよ」


 目的がバレたその瞬間からターレスが無差別に放っていた圧が消え、どこか険がとれたような気がする。

 あまりにも纏う雰囲気が変わりすぎて、鎧がただのコスプレに見えてきたほどだ。


「君は、アルベール氏を襲ってはいるが、怒りを装った初手を逃した後は攻撃をしていない。不当な容疑で客室に勾留されても大きく不満を見せなかった。そこでなんとなく分かっていたが、君の普段の態度は任務のために作ったものだね」

「全部が全部ウソじゃねぇよ。見た目がいいやつも魔術自慢をするやつも大嫌いだし根絶してやりてぇって思ってる。ただ、俺一人が暴れるだけじゃそれは達成できねぇからな」


 リーティアやリルが己の趣味を隠そうとしていたように。ダレンが己の焦りや不準備を隠そうとしていたように。

 ターレスも猫をかぶり、目的のために嘘をついていた。


「エルフからの脅しを聞かされて、俺が乗車するってわかった時点でそっちのギュスターヴジイさんは目的も察したんだろ。んで、あわよくば処理するために、乗客や従業員配置のルールを破ってわざと同じ車両にした」

「ええ。エルフ族からの言葉は私しか知りませんでしたし、難しい判断は一任されている立場でしたので融通はどうにでもつけられました」

「ギュスターヴ、貴様……ッ!」


 ここまでの白状を聞き、ついに耐えきれなかったのだろう。

 リーティアが怒りをあらわに掴みかかり、胸ぐらを掴む。手と声は震え、心中の暴走を必死に抑えていることが伝わってくる。


「何故だ! 何故一人で事を進めようとした!」

「お嬢様はカリステリアの人間です。私の処理だけで終われば、最悪露見してもと言えるのです」

「違うッ! そうじゃないッ! 私は頼れと言っているんだ!」


 叫び声が部屋に木霊する。


「何故私にまず相談しない! そんなに私は足りないか⁉︎ お前の中の私は……ッ!」


 響く声が、滲む。


「まだ、頼りない子供のままなのか……っ!」


 ──ギュスターヴへの聞き込みを終えた時に思ったのは、あまりにも働きすぎだ、ということだった。


 過去にカリステリアの人とギュスターヴの間でなにがあったのかは知らない。ただ、彼の忠義を見るに、人生を救われるほどのがあったのだろう。

 文字通り粉骨砕身、人生を捧げてきた。従業員の教育から設備の充実、毒味に至るまで、魔術師や従者としての領分を大幅に超えて。

 リーティアの親の代にどうだったのかは分からない。だが彼にとって、リーティアは小さくて大切な子のように思えて仕方なかった。


 そう見られているのはリーティア自身も感じていた。

 カリステリアの次代当主として。たった一人の後継として。常連客や親族に、そしてギュスターヴにも安心されるような、信頼されるような人間を目指していた。事実、優秀生として魔術学院を卒業し、19歳という若さで一家の大切な事業の一部を任されている彼女を世間は高く評価していた。


 なのに、一番近くで成長を見ていたはずの彼には、誰より自分が子供に見えていた──。

 お互いの意識のすれ違い、そして己のしたことの意味を理解したのだろう。ギュスターヴが初めて表情を崩し、胸ぐらを掴んだままのリーティアを見ている。


「お嬢様……私は、」

「黙れッ!」


 裂帛の気合いとともにギュスターヴから手を離す。

 怒り、そして己自身への不甲斐なさに燃える目は、未だにギュスターヴの顔、そして瞳に映る己を睨んでいる。

 数秒の後、怒りを無理矢理に抑え込み、シャーロットの方を見て。


「すまない、遮ってしまった。犯人究明と自供を引き出してくれたこと、感謝する。言語道断と言わざるを得ず、不甲斐ない限りだ」

「気にするな。事件解決は私たちにとっても必要な事だったよ。ああ、それと」


 リーティアの目前、未だ動けないギュスターヴに、再度視線を向けて。


「まだ隠していることがあるね。さっきの推理では足りないことがある」

「……はい。我が身の振り方のことですので、なにを暴かれても、その後にどうなろうと受け入れるつもりでございます」

「ふむ。では暴いてしまおうか」


 まだ隠していること。

 その言葉に驚き、今一度シャーロットに視線が集まる。


「呪いの効果を高め、殺傷に足りるようにするために君は魔術合成を使った。その片方にルーン魔術を用いたが故にダレン氏の魔術が暴発したわけだが……魔術合成というのは、系統の違うの魔術を混ぜ合わせなければいけない」

「ええ、その通りでございます」

「では、神の文字たるルーンに釣り合う質の魔力、あるいは魔術を君は用意したわけだが……」


 ようやく硬直が溶けたように姿勢と服を正したギュスターヴが、ゆっくりと机に向かう。

 知らずに儀式をしていたアルベールがいた場所。未だなおワゴンと靴型の焦げ跡が残り、食事は片づけられたものの調度品はそのままのに。


「どんな魔術を用意していたんだい? 妖精術師ギュスターヴ=ロンダル」

「お分かりでありながら聞くとは、人が悪いですなぁ」


 ギュスターヴの手が燭台に触れる。

 アルベールが火を灯し、そしてキャンドルから滴る蝋を受け止めた──の燭台に。



 瞬間、白と熱が爆ぜた。

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