1−16 解答編──ひとつ目の謎



 個室を借り、リーティアと話してから約30分後。


 休んでいた俺とシャーロットは、それぞれの乗客についていた使用人たちから3号室到着の報を受け、ようやく腰を上げた。裏で各種調整や指示出しに奔走していたのだろう、僅かに先程よりも疲れた様子のリーティアと合流し、3号室に向かう。

 特に会話は無い。シャーロットはこの後一番話すことになるし、俺はもしなにかがあったときにすぐに対応できるようにそのすぐ後ろにいたらいい。リーティアも、今は話せる状況ではないだろう。


 思ったよりすぐに扉の前にたどり着いた。

 従者らしく、そして勿体つけるように、殊更ゆっくりと扉を開き、シャーロットたちを誘導する。


「待たせたな」


 揺るがない自信と共に放たれたシャーロットの発言への反応はそれぞれだった。


 面倒だが呼ばれたから来ています、という素振りを隠しもしないダレン・コールマン。

 待たされたことに苛立ちを隠そうともせず、しかしどこか値踏みするような表情でシャーロットを見返すターレス。

 不安そうにスカートの端を握り締めつつ、それでも軽く会釈をしてきたアレット・バーナード。

 微かに滲ませた笑顔と共に迎え入れたリル・コリトー。

 深々と、それでありながら大袈裟にはならないように一礼をしてみせたギュスターヴ=ロンダル。


 そこに俺たち三人が加わって容疑者勢揃いだ。


「随分と待たせたなァ? 時間ギリギリじゃねェか」

「すまないね。だが、満足はさせられると確信しているよ」

「ほーう? んじゃ、ちびっ子探偵さんの推理とやらを聞かせてもらおうじゃねェの」


 そこでターレスが一人だけ、どっかりと椅子に腰を下ろした。他の人が立っていようが気にしないあたりがとても彼らしい。

 先を急がせるように続けて口を開く。


「ンで? 誰だよ、犯人ってのは」

「ふふ、そう急かなくても大丈夫だ。というより焦ってはいけない。今回の不可解な事件を解く前に、まずはもう一つの謎を解こうじゃないか」

「もう一つの謎?」

「そうだ。この列車で起きていたもう一つの不可解──生憎と私とこの従者は偶然聞かなかったが、他の人たちは聞いたのだろう? 異音とやらを」


 そういうと、にわかに力が抜けたような、砕けたような雰囲気になった。ああそれか、何故その話を今、とでも言いたげな彼らの様子を見て、俺も首を傾げそうになった。

 確かに異音騒ぎは疑問だ。第四車両で起きていた問題、あるいは疑問ではあるが、なぜその話を先にしなくてはいけないのかが分からない。


「異音騒ぎについて、皆が認識していたのは使用人たちから聞いた。だが、今一度話して貰おうじゃないか。そうだな、面倒だし部屋番号順で」


 指名をされたダレンが、自分からかよ、という表情をしながらポツポツと語る。


「作業の邪魔だったのですぐ音を消したんでみなさんほど詳しくはないかもですが……壁や床が擦れたり、あるいは叩くような音と、人の声を聞きました。微かに聞こえただけですし、すぐに消してしまったのでどのような声だったかは覚えていません」

「声は気になったわねー。あと、なんか硬いものを擦るような音とかね」


 ダレンに相槌を打ったリルに、シャーロットが続けて。


「その擦るような音というのはどういう音だった? もう少し具体的に」

「え? あー……ガラスとか金属が擦れてるみたいな、とにかく硬いものの音だったけど」


 リル以外の面々がその返答に僅かに眉を動かした。

 そのうちの一人、アレットに問いを飛ばす。


「アレット氏、なにかあるかい?」

「……その、私もその硬いものが擦れる音は聞きましたわ。ですが、壁や床を擦ったり、動き回っているような音の方が気になった覚えがあります」

「私もそうですね。異音自体はいろいろありましたが、廊下側の音を消した時はその音が嫌だった気がします」


 この答えを受けて、リルの顔が僅かに歪む。

 この後にどのような展開が来るのかを察したのだろう。


「リル氏、君のついた嘘だね、これは。魔道具技師としての欲が抑えられず、そして自室だけでは満足できなかった君は廊下の探索や調査に出た」

「……そうよ。アルベールさんに廊下に出る許可は取ったわよ? でもその後に暴走していたかもね。しつこいくらい撫で回したり擦ったり叩いて確かめだしたら止まらなくなったのよ」


 どこがなんだよ。


「でも、全てが全てアタシの出した音じゃないわよ。魔道具と作成者には敬意を持っているから傷がつくかもしれないようなことはしない。硬い音も、声を出していたのもアタシじゃないわ」

「その通り。そして、リル氏の他にアルベール氏に許可をとって廊下に出ていたのは一人。アレット、君だが──」

「声の主は私ですわ。ですが、他のものについては知りませんわ」


 アレットが毅然と否定をする。


「長い間いると、その、楽しめる娯楽も尽きてしまいまして。広い廊下を歩いているとどうしても声を出したくなってしまいまして……他の件を知らないのは本当ですわ! 私としても硬いものの音は不快でした!」


 熱心に弁明をする様からは嘘はなさそうに見える。

 それがなんとなく他の人も分かったのだろう。擦ったり叩くような音がリル、声がアレットだったなら、最後の異音はなんだったのか。

 顔を見合わせたみんなの視線が再度集まるのを待ち、間を使ってから再度語り始める。


「リル氏が魔道具への変態性熱意をみんなに隠していたように、二人が己の出していた異音を隠していたように、己の目的のために事情聴取の時に私たちに嘘をついた人がいた」

「嘘?」

「そうだ。異音について調査した時も己が出していた音のことは話さず、そしてこっそり廊下に出ていたことも隠していた人がいる」


 そこでようやく、全体を見るように向けていた視線を一人に絞った。

 先ほどより僅かに俯き、整えていない前髪で目元が隠れている青年に向けて、言う。


「君だね、ダレン・コールマン。隠れて廊下に出ていたのは」

「……なにを証拠にそんなことを」

「簡単だよ。君、我々に自己紹介をしたときに嘘をついていたね?」


 そうなの⁉︎ 全然気が付かなかったんだが。


「君が"アレクシア"に乗車している理由は黄陣営フラウムの総会に出るためであり、君の部屋にたびたび散乱していた書類群は、同じような発表者たちと事前に情報共有をした資料だと言っていたはずだ。発表の準備もほとんど終わっている、と」

「ええ、言いましたね」

「総会に出る、他の発表者との情報共有、この二つは恐らく嘘ではないのだろう。だが、発表の準備は本当に終わっていたかい? 終わっていたのだとしたら、友人たちの資料を読んでいただけなら、私たちが訪れた時はなにを書いていたのかな?」


 そういえばそうだ。

 目的地までの到着を待つだけなら資料を広げる必要もないし、なにかを書くにしても鬼気迫る勢いで集中をしなければならないことなどないはず。それなのに、ダレンはずっと、廊下側の音を消してまで集中を維持しようとしていた。


「君の作業、発表準備は終わっていなかった。追い込まれ、必死で論文を仕上げようとしていた。違うかい?」

「……ええ、その通りですよ。面倒くさがりなもので、尻に火がつかないと手が動かないのです。しかし、それが事件となんの関係があるのです?」


 そう、ここまでの推理には意味がない。推理というより検証や確認の内容だ。

 関係者たちを集めた理由。アルベール殺害事件とどう関わっているのかが、全く見えてこない。

 ダレンと同じようなことを思っていたのだろう。他のメンツの視線が再度シャーロットに集まる。


「関係はあるのさ。ここで一つ確認をしよう。ダレン、君だけが知らない、そして垂涎の情報だ」

「私だけが知らない……?」

「リーティア、廊下の照明は、照明器具の形をもとに魔力で発光させるタイプの照明だったな。そして、事件が起きたあの瞬間にいなかったダレン以外は知っているが、


 シャーロットの言葉に、ダレン以外の全員が記憶を探りつつ頷く。

 そう。唯一廊下側の音を消していたダレンだけはあの時の廊下の様子を知らない。


「これに見覚えはあるかな」


 そう言いながら差し出したのは、ほとんど焼け落ちた数枚の紙片。所々が焼けおちなにが書かれていたのかはほとんど分からないが、僅かに読み取れる場所には、書き殴ったような幾つかの記号がある。

 傾いたF、縦に引き伸ばされたn、そして東洋文字の"く"の字のような模様──。傾いたFは財産フェイヒュー。縦に引き伸ばされたnは野生ウルズ。そして、"く"の字のような模様はカノ

 ダレンの研究している逆転術式リベリアに使われている技術だ。


「研究で疲れ、かつ十分な成果が足りなかった君は、アルベールや他の乗客が廊下に出ていない瞬間を見計らってこっそり廊下に出た。そして、天井から吊るされている照明器具を見てそれを研究に使うことを思いついた」

「……」

「部屋に戻り、余っている紙を小さく千切って己の術式を書き殴り、照明器具に貼り付けて研究結果を集める準備をしていた。違うかな?」

「……ええ、その通りです。私の研究はあまりにも追いついていなかった」


 諦めたのだろう。ポツポツと、己のついた嘘としたことを語り始める。


「ルーンは神の文字です。とても強く、神聖であり、それ故に色々なものに反応しやすい。研究や調整は困難を極めましたが、それでもなんとか魔術としては完成段階に至りました。ですが、あくまで魔術として出来上がっただけだったのです」

「実用性の問題かな。術式として形になっていることと実際に使えることは必ずしもイコールではない」

「仰る通りです。魔術構築に意識を多大に割かねばならず、それ故に展開量に制限がある状態では研究成果としてはたらない。効果自体は多少薄めてでも、最低限で同時発動か割く意識量の低減はしないと話にならなかった」


 相手の魔術を反射できる魔術と聞けば驚異的だろう。

 だが、それが暴発しやすく、展開に神経を使い、限られた範囲で相手の攻撃を受けなければいけない魔術だとしたら実用性はほとんど無いと言っていい。

 そして、黄陣営フラウムの悲願たる古の魔の再現──神々が用いた、魔術に限らず、全ての攻撃を自在に跳ね返した反射魔法に比べれば稚拙もいいところだろう。


「照明器具のような弱々しい、光るだけの決して攻撃には使えないような魔術相手でもいいから、同時展開ができることを照明し将来性を示さなければならなかった。そのための仕込みを勝手にしていたこと、そのためにルールを破って廊下に出ていたこと。これは間違いのない事実です」


 ダレンが深々とリーティアに向けて頭を下げている。

 なにかを言いかけて、それでも言葉が出てこないリーティアを遮るように、シャーロットの推理が続く。


「そして、それがアルベールの事件にどう関係があるのかだが」


 そうだ、それをまだ聞いていない。


「ダレンは己の検証のための仕込みをしていただけ。発動はしていない。違うかな?」

「ええ、その通りです。私の意志で発動をさせているのなら、情報収集をするために必ずそこにいるはずですからね」

「ではなぜ、あの事件の瞬間に逆転術式リベリアが発動──いやし廊下の明かりを消し去っていたのか? そして」


 一拍置き。


「アルベールはどのようにして殺されたのかを話そう──」

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