1−14 みんな猫を被っている



 第一車両。"アレクシア"の先頭車両であり、最重要車両だ。


 車内正面の大窓からは進行方向の景色が見え、そして急速に左右に分かれて後方へと過ぎ去っていく。

 その窓の直前には操縦桿があり、無骨に、それでありながら流れるように動いている。前に見せてもらったマーカーを元に、行き先に向かって自動で操縦をしているのだろう。

 他にあるのは、機能性だけを考えたような寝台ベッドと机だけ。机の上には、何事かを書いているペンと分厚いノートがある。


 これが、リーティア・ヴァン・カリステリアの仕事場だ。


「あの机の上にあるのが記録帳簿だ。事件が起きた部屋の事以外は本当にシンプルなことしか書いていないはずだが……」


 そういう間に一瞬だけ自動記入を止め、代わりの帳簿をセットしてから今まで記入されていた方を帳簿を持ってきた。

 中を覗くと。


「うわぁ……」


 98/06/25 17:47 第七車両 着座者 ────

           立者  ────

         第八車両 ……


「全部こんな感じか……」

「うむ……」


 大まかな日時と車両名、そして行動内容が記されている。そして、その様子が一定の時間間隔、あるいはそれぞれの車両でなにかが起きたときに絞って延々と書かれていた。

 本当に大雑把になにをしているかしかわからない。一応、記録の精度を上げるように設定をした3号室は逐次細かく状況が書き込まれているようだが、基本的に「変わりなし」ということしかわからなかった。

 ページを捲るうちに困り果て、リーティアに尋ねる。


「なあ、必要な情報だけに切り替えとかってできないのか?」

「無理だな。他の機能が付いている」


 どうやら本も魔道具らしい。そして、"アレクシア"のように基礎設計から超大掛かりでもない限り、一つの魔道具につけられるのは一つの魔法だけだ。

 帳簿に備えられている魔術は書き込める量の増幅らしい。本の見た目から想像できる量の数倍を書き込めるようにしているんだとか。記録を自動で取る上で欠かせない効果だろう。

 つまり、ただでさえ分厚い記録帳簿の、さらに増幅して記録されて分量が増えた中から目的の場所を探さないといけないわけで。


「なんかこう、地味っていうか……作業っぽいことばっかりだな……」

「文句を言っても仕方ないが、うむ……」


 というわけで。

 どこか生気の抜けた顔で、第四車両に関わる記録を抜き出す作業に入るのだった。



◇ ◇ ◇



「そういや聞いていなかったんだが、リーティアってどの魔術が得意なんだ?」


 俺がページを捲り、横からシャーロットが覗き込む。


「む、そういえば話していなかったな。カリステリア秘伝の列車操作魔術が一番使い慣れているが、家系に依らない専門は錬金術師だぞ。火と土の二属性持ちだが錬金術の補助に使っているくらいだな」


 シャーロットが関係のある文面を見つけては読み上げ、それをリーティアが記録する。


「錬金術とは珍しいな。あれは今の時代だと習得が難しかったはずだが」


 作業をすること、約十分。

 捲っても捲っても進んだ気がしない帳簿に嫌気がしてきたが、どうにか情報は集まってきた。


 事件発生後、各乗客はほとんど動いていない。それぞれの部屋に籠り、用意された娯楽や持ち込んだそれぞれの物を使って時間を潰しているようだ。事件が起きた部屋を含め管理魔術による観察機能を強化しているが、アーサーたち以外に部屋から出た人はいないし、室内で魔術を使った様子もない。

 そして、肝心の事件発生付近の記録では、片付けのために動いていたアーサーを除き全員が自室で座っていた、となっていた。


「全員座っていた……まあ、時間帯が時間帯だからな。夜に動き回る人は流石に少ないか」

「それぞれ娯楽をするか、あるいは寝るかだろうな。そして、事件が起きた時刻は寝るには早い」


 事件が起きた時間とその少し前まで遡って確認し、記録に残し終えた。

 そして、これまでの証言や使用人たちの報告におおよそ間違いがないこともわかった。リーティアは第一車両で事務と列車の行き先の確認をしていたし、ギュスターヴは第三車両内の椅子に座っている記録が残っている。事件発生当時に特別不審なことをしたような人はいないし、事件発生後は悲鳴が聞こえていなかったダレン以外の行動が全てわかっている。

 つまり、消された証拠などもないはず。


 そして、異音問題は。


「報告します。ターレスさん、アレットさん、リルさん、いずれも異音については気がついていたようです」

「全員聞こえてたんだな……」

「ターレスさんは、色々聞こえていたが無視していたか寝ていたから気にしていない、と。アレットさんも聞こえていたようですが、壁や床を擦ったり叩いたりする音、ガラスのような硬いものを擦るような音だったり、物が落ちるような音が聞こえたようです。リルさんも異音は聞こえていて、特に声のような異音は気になっていたと言っていました」

「ふむ」


 この報告を聞いている最中のリーティアの顔はとても苦そうだった。

 サービス向上のため必要だとはわかっていても、問題が発生していたという事態は悔しいものがあるらしい。聞き終え、使用人に礼を言って返した後も、少しの間は悔しそうな顔をしていた。

 だが、すぐに切り替えたのだろう。頭を振って無駄な思考を追い出し、そして何事かを書き留め、ようやくこっちを見た。


「すまないな、こちらの事情に巻き込んで。いや、それも今更か」

「気にするなよ。こっちから首を突っ込んでんだし。色々便宜も図ってもらってるんだからお互い様だよ」


 そう、事情があるのはお互い様。

 後の影響を考えずトンズラできる状況だったらとっくにこの列車に居ないだろう。どこにどんな敵がいるのかわからない今の現状、リスクを考えると、この事件に向き合うのが一番良さそうだったというだけ。

 最も、シャーロットはともかく、俺とリーティアにとってはなにがなんだか分かっていないのだが。廊下の件なんかはその最たるもので、誰がどうして、どういう意図でやったのか、全然わからない。


 だが。


「リーティア、もう一度それを見せてくれ」

「それって……記録か?」

「そうだ」


 シャーロットが、たった今メモし終わった事件に関わる人たちの行動記録にもう一度目を通している。

 その目は真剣そのもの。なにかを探るように、あるいは確認するように、隅々まで目を通していく。


「どう……異なる魔術……灰……呪いと触媒、儀式者……異音……」

「お、おい?」

「ハーフエルフ……記号と紙片……どう……」


 小声で思考を吐露し始めたシャーロットは、どうやら思考に呑まれているようで、呼びかけに応じない。

 記録の紙に目を向けつつも、どこか遠くを見ているようなその様子を、ハラハラしながら見守る。


 そして。


「──リーティア!」

「うわっ⁉︎ な、なんだ?」

「一つ聞きたい!」

「う、うむ!」


 食い気味で、とんでもないことを問う。


「行き過ぎたその姉欲シスコン、あるいは少女欲ロリコンは家族に暴露しているか? もしくは誰かにぶつけて解消しているのか?」

「しているわけがないだろう⁉︎ 言えるわけがないし見せられるわけがない! お祖父様やお父様がどう思うか……!」


 ギュスターヴにはバレていそうであるとはいえ。


 男子に恵まれず、リーティアに続く子宝にも恵まれず、それでいながら怒ったり責任を押し付けることもせず。大切な子、後継としてしっかりと育てている先代たちにリーティアができることは、次代の当主として頑張ることだけだ。

 成り上がりとはいえカリステリア家も貴族である以上男子が欲しかっただろう。リーティア自身も上下問わず兄弟姉妹が欲しかった。貴族学校で友人に兄妹の話を聞かされるたびに羨ましく思い、自分に兄妹がいたらどうだっただろうか、と考えたことは少なくない。

 そんな境遇が生んだ歪さ。あるいは当然の成り行きとも言える、極端な少女接触欲求──姉欲シスコン

 カリステリアの威厳を守るために、リーティアが身内にすら必死に隠してきたそれを。


 今更、わざわざ指摘しなくても!


「ああ、リーティアの趣味についてはどうでもいいんだ、犯罪をしてなければ。直接的に事件解決に関わるわけでもない」

「じゃあなんでわざわざピックアップしたんだよ……メンタル殴られ損だろ」


 涙目でシャーロットを睨んでいる。

 その視線をさらりと受け流し、わざわざあまり要らない確認を挟んだ意味を語り始め──。



◇ ◇ ◇



 私には分からなかった。


 目の前にいる、不思議な主従。所属も、目的も明かしていない。正直言って一番怪しくて、それでいながら何故か少し暖かい気がするこの二人が。

 無骨な黒い眼帯で左目を隠した、あまりにも美しすぎる少女が、その見た目に似合わない理知的な口調で語る。


「この事件の犯人が誰かなんて分かっていたんだよ。ただ証拠が無かっただけ。そして、その証拠も思ったよりは早く集まった。時間制限ギリギリになってしまったのは、余計な要素が降り掛かりすぎたからというだけだ。完全に理解できなければ収まりが悪い」

「余計な要素ってもなぁ……必要な要素もわかんねぇんだが」

「私としては何故予想すらつかんのかがわからん。……ああ、話を戻すぞ」


 主人と従者というには近いというか、どうも親密そうな二人の言葉が、どこか遠く聞こえる。


「この列車の乗客に限った話ではないだろうが、魔術師というのは嘘をつくものだ。というより、嘘くらいつかないと身が危ない」

「まあ、それはそうだな。俺も昔はいろんな嘘をついていたけども」

「そうだ。魔術師というのは良くも悪くも、素直過ぎるほどに利己的だ。保身や自分の目的のためなら正直者にも嘘つきにもなる。そして、それはこの列車の乗客も変わらない。故に、確かめたくなっただけだ。無駄に肩肘を張りがちなリーティアも猫を被っているのか、とな」

「なる、ほど?」


 乗客を疑いたくはない。かといって、カリステリア傘下の人間が事件を起こしたとも思いたくない。それはそれで問題だが、不幸な事故であってほしいとすら思いながら調査に協力をしていた。

 そんな私の目の前で、謎が解けたと、心底楽しそうに少女が言う。


「それよりもの手筈はどうなっている? ……まさか気がついていないなどという事はないだろうな?」

「ああ、そっちは流石に分かってるよ。事件解決の方は今でもさっぱりだが、そっちはな」

「良かった、分かっていないと言われたら己の従者の危機管理能力を疑わなければいけないところだった。では──」


 タイムリミットまで20時間あるか無いか。そこに到達したら、己の不徳と恥を晒さなければならない。

 その時が刻一刻と迫る中で、何故か笑顔の二人が、私の方を向いて。


「リーティア。今から少し時間と、部屋を貸してもらえないだろうか」

「俺の主人が失礼にも秘密を暴いちゃった代わりに俺たちの事も少し話すよ。そして、頼んでばかりで申し訳ないが、どうかいくつかの願いを聞いて欲しい」

「損はさせんぞ。少なくとも犯人の明言と方法の提示はしようじゃないか」


 誘われるように、熱に浮かされたように。

 大きな不安と少しの安堵に胸を締め付けられながら部屋を用意し、今の瞬間で話せることだけを断片的に聞き終えた私は、使用人たちに指令を飛ばしていた。


 今から30分後に、容疑者全員を事件が起きた3号室に集めるように、と──。

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