1−12 ギュスターヴ=ロンダル



 シャーロットが眠りに落ちてから約1時間。


 扉越しにわずかに聞こえていた作業音がようやく収まり、その間にアーサーも服の埃払いをだいたい終わらせていた。

 服の替え自体はまだあるが、それぞれ一着でも重いものだ。逃避行中の機動力考えると数は持ち歩けない。

 よってそれなりにメンテナンスを自前で行えるだけの準備はしてきているのだ。


「すまない、今大丈夫だろうか?」

「ああ、今開ける」


 シャーロットを起こさないようにソファーからベッドに運び、厚めの布団をかける。これで不意に起きても猫かぶりをし忘れることは少ないはず。

 そこまで終えたところで急いで扉を開けると、そこにはリーティアと執事長ギュスターヴがいた。


「大方掃除は終わった。紙片は数枚見つかったが、いずれも同じように模様が少しあるだけ、しかも焦げていて手がかりは得られなかった」

「手がかり無しか。まあ、手がかりになればって程度だから仕方ないか」


 リーティアが部屋を見回して。


「シャーロットは?」

「寝ているよ。少し疲れたらしい」

「本当か⁉︎ 寝顔を少し見せて……」

「お嬢様」


 不意に暴走をしかけたリーティアに、後ろに控えていたギュスターヴが厳しく声をかける。

 その声で我に帰ったらしいリーティアはすごすごと半歩下がり、代わりに長身の老執事が前に出てきた。


「色々とご迷惑をおかけしております。"アレクシア"の執事長をしております、ギュスターヴ=ロンダルです」

「アーサーです、よろしくお願いします」


 カリステリア家の娘であり"アレクシア"の現場最高責任者がリーティアなら、ギュスターヴは運営メンバーの最高責任者だ。

 使用人を統括し、模様替えの決定や調度品の選定、あるいは自作までしてしまうスーパー執事がこの人。


「今回の件の調査をされているとのことで。すみません、本来は我々が全て行わなければならないことなのですが、詳しいものがおりませんので……荒事に対抗できる者はそれなりにいるのですが、調査や学問となるとやはり難しく」

「いえ、うちの主人が勝手に始めたことなので。むしろご迷惑がかかってなければ良いのですが」


 難事件用に各種魔術の学問を修めた人を常駐します、ってのも変な話だからな。

 魔術を使って殺人をしているのに犯人も方法も不明な方が珍しい。というか、基本的にあり得ない。


「廊下の灰掃除、およびその人員派遣と手伝いのために来たのですが……私とも話をしたい、と言っていたとお聞きしまして。ですが、寝ていらっしゃるようですね?」

「ああ、少し確認をしたいことがあるだけですよ。お時間は大丈夫ですか?」

「今すぐ答えられることであれば大丈夫です。人員への指示出しがあるので、申し訳ないことに長時間は難しいですが」


 二人を引き入れ、席に座ってもらう。

 飲み物を淹れようとしたが、客人だし、それほど時間も取れないということで辞されてしまった。リーティアが俺たちについている関係で、車内の実質最高責任者になっているのだろう。


「所属している陣営や使える魔術を教えていただいても?」

「カリステリア家と同じく緑陣営ウィリデリア所属、使える属性は火、水を中心に満遍なく。……とは言っても、この二属性以外はほとんど趣味のようなものですが。専門は精霊術ですが、こちらも多少は使えて伝承に少々詳しいくらいですな」

「ギュスターヴは凄いのだぞ。元黄陣営フラウムでありながら実力を認められ、お祖父じじ様に黄陣営から引き抜かれたという経歴の持ち主なんだ」


 珍しくもリーティアがこう言う時に口を挟んできた。

 ギュスターヴが「お嬢様」と呼んでいたし、二人の関係としては、仲が良い昔からよく知っている叔父と縁のある家の娘、みたいな感じなのだろうか。


 そして、実力の偏りがあるとはいえ、満遍なく属性を扱えるというのは凄い。どれほどの努力を重ねたのだろうか。


「事件当時は何を?」

「第三車両で調理関係の指示出しと確認をしておりました。お客様ごとにアレルギーや事情で食べられないものなどがあります。ミスがあってはなりませんので」

「もしかして毒味なんかもしているんですか?」

「ええ。料理人たちが動いている中で、一人だけ座り食事を取るのは少々心苦しのですが……毒味も必要ですので」

「お前はそれでしか食事を取ろうとしないからいかんのだ。ちゃんと食べてくれ」

「申し訳ありません」


 心配する様子、それに応える様子はいかにも仲がいい。

 しかし、毒味でしか食事をしないというのはいかがなものか。仕事熱心なのは良いことだと思うが、あまりに熱心すぎるのも気になるというもの。リーティアも心配をして当然だ。


「そうだ、今回被害に遭ったアルベールさんはどういう人でしたか?」

黄陣営フラウム青陣営カエレウムに所属をしているハーフエルフです。性格は、少しばかりプライドが高かったですが、仕事はよくできる人でした。仕事をする上で性格に不満を感じたことは無かったですね」

「ふむふむ」


 「魔術師にとって便利」が売り文句である以上当然だが、乗っている人たちの陣営がバラバラだ。

 流石に運営メンバーの中でも上層のリーティアやギュスターヴは緑陣営だしカリステリア家に関わりのある人が選ばれているが、それ以外の従業員は陣営を選んではいないらしい。

 いくら便利でも、陣営同士で争いや小競り合いが絶えない状態で、運営に一部の派閥しかいないサービスは受けられないだろう。


「その、すごい直接的な質問なんですけど……最近なにか普段と違うところというか、変なことってありませんでした?」

「変なこと、ですか」


 ふむ、と少し考え。


「他の従業員から聞いたかもしれませんが車内を歩く方がわりと多いです。一般スタンダードならともかく、最高級エグゼクティブに乗る方というのはそれぞれに事情を抱えていることが少なくないのです。それが、こうも車内を歩く人がいるというのは少し違和感があります」

「ああ、それは聞きましたね。やはり多いですか」

「聞かれていましたか。その他となりますと……廊下の照明は気になりましたね」

「照明?」


 照明。なにかあっただろうか?


「思い出してみてほしいのですが、事件当初、廊下の主照明がついていなかったのです。主照明は本来は深夜帯まで消されることはありません。そうなっていた原因がわからず、そして未だに調査にも乗り出せていないのです」


 そうだ。思い出した。

 アルベールに「食べ終わったら食器は廊下にあるワゴンに戻しておいてほしい」と言われていた。戻すために廊下に出た時は間接照明がわずかについているだけでほとんど真っ暗だったが、俺とシャーロットは普段身を隠すために廊下に出ないようにしていたから知らなかっただけであれは普通の状態じゃなかったのか。夕食時だし出歩く人はいないだろうし消されているのが当然だと思っていたから、明かりが少ないことに疑問を持っていなかった。

 しかし考えてみれば、アルベールたち使用人はそこを歩くわけだからあそこまで暗いのはおかしい。そして、あの瞬間以降は夜の時間帯でも普通に主照明がついている。

 同じ疑問を思い出したのだろう、リーティアがハッとした表情をしている。


「そうだ、第四車両に飛び込んだ時にまずそれで驚いたんだ。私はなにも操作をしていないし、そんな時間でもないのに暗くなっていたから……」

「リーティアが知らないならなにかの異常で間違いないか。しかし、なんでそんなことになる?」

「わからん……照明の魔術は単純だ、そう問題が起きるとも思えんが」


 照明の魔術、あるいは魔術具というのはかなり一般的だ。

 火を使うか、光を出すのか、あるいは魔力を燃料に電気に変換するのか。それぞれ構造や理論は違えど複雑なものはほとんどなく、耐用年数や丈夫さという点では化学灯より効率がいい。

 内部で使われている魔術に差異があることはあっても、一斉に壊れたり不調に陥るということはまず無い。


「部屋の照明は大丈夫だったはずだ」

「ということは廊下だけの不調か……おかしいな、部屋に用いている照明の方が難しい術式なのだが」


 聞けば、廊下に用いているのは光を発するタイプの理論で動いている照明らしい。最高級の車両ということで多少豪華にはされているが、構造としては一般的なものとほとんど変わらないんだとか。

 反対に、部屋に用いているのは無形照明というものらしい。位置、照度が無段階調節可能で、魔術によって空間そのものの明度を操作する魔術を用いることで照明器具を設置しなくても良いようにしているんだとか。

 確かに、そう聞けば壊れる可能性が高そうなのは部屋の方のはず。


「……これも調査要件に追加か」

「みたいだなぁ……」


 シャーロットが起きてからどう言うかなど予想がついている。この件についても調べる、その一択だろう。

 ただの不具合かもしれない。調べてもなにも見つからないかもしれない。

 でも、それが解決に繋がるかもしれないのなら。


 静かになった部屋に扉をノックする音が響く。


「……すみません、行かなければならないようです。ほとんど力になれず、申し訳ない」

「いえ、訊きたいことは訊けましたから。ありがとうございました」


 扉を閉め、ギュスターヴの姿が見えなくなる。

 再度調度品の管理や調整、確認、そして指示出しをしているのだろう。


「あいつは真面目すぎるんだ。もう少し自由に生きてほしいのだがな……」

「実力を見込まれて引き抜かれたくらいだし、使命感とかプレッシャーとかがあるのかもな」

「だとしても真面目すぎるんだ。昔からいつもな。事務的な相談をするだけじゃなくて、もっと色々と頼ってほしいのだがな」


 むう、と僅かに頬を膨らましている。

 しかし、己の不満はすぐに隠して仕事に意識を切り替えたようで。


「そうだ、先ほどは灰を舞い上げてしまいすまなかった。服の掃除、あるいは替えの用意をしたいのだが、要望はあるか?」

「いや、特には。掃除も済ませたから気にしなくていい」

「それではカリステリアの面目が立たんのだ。なにかさせてくれないか?」

「あー……それなら」


 一瞬、リーティアから視線を外し。


「アイツが起きたら、なんか甘いものを食べさせてやってくれ」

「それでいいならお安い御用だ」


 静かに小さく布団を上下させる眠り姫の方を向き、二人でそっと笑い声を溢した。

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