1−9 魔導列車見学
魔導列車アレクシア。
カリステリア家が発明・運営をする
専用の方法で行先を指定して乗車申請することで魔術師なら誰でも乗車可能、そして地球上かつカリステリア家が入れる場所ならどこにでも行ける、というのがこの列車の一番の持ち味なのだが。
「わぁ……!」
「これは……!」
容量不定、の真価がこれほどとは思わなかった。
アレクシアにおける容量不定とは具体的にどういうことか。
ものすごく大雑把にいえば、列車としての造形を大きく壊さず、用意されているリソースの範囲内で在れば形は自由自在ということだ。
つまり──屋上を作るのも、屋根や風除け、フェンスを作るのも朝飯前。
「ああ、これが……これが海! 広い!」
「見たことがないのか。綺麗だろう?」
フェンスに体重を預け、珍しく無邪気にはしゃぐシャーロットを微笑ましく眺めている。
塔の中で幽閉される生活しかしてこなかったシャーロットにしてみれば夢のような景色なのだろう。本で読み、あるいは教え込まれ、想像はできても見たことがなかった場所だ。
歳相応の表情を初めて見せたのが嬉しいのだろう。ここぞとばかりに色々と教え込んでいる様子を横目に、歩調を合わせるように周囲を見る。
瞬く間に過ぎていく木々。白波の立つ海。人の影響の薄い地区を縫うようにして突き進んでいる。
車両の頭へ目を向けると、通るための場所に突如としてレールが現れ、そして通り過ぎた後に消えていた。なるほど、リアルタイムで線路を作れるが故にどこにでも行けるというわけだ。
「なあ、行き先の目印はどうしているんだ? 地図頼りか?」
「まさか。いや、それでもできないことは無い。だが少しばかり面倒だろう? だからこれを使うのさ」
そう言いながら、リーティアがポケットから小さな旗のようなものを取り出した。
オモチャのような簡素な見た目だ。手のひらに五つは乗せられるくらいには小さい。
「マーカーのような物だと思ってくれたらいい。これが世界中の主要な場所やよく通過する場所に仕込んであるのさ。あとは、この列車でその情報を受信して道筋を立てたらいい」
「便利だな、それ」
「そうだろう」
話をしているうちにようやく己の浮かれように気がついたのだろう。わずかに頬を染めたシャーロットが殊更静かな歩調で近づいてくると、軽く咳払いひとつ、真面目くさって問う。
「随分と自由度が高そうに見えるが。魔導列車の操作魔法はどんなことまでできる?」
「可能性だけで言えば、列車の形を崩さない限りは
「制約」
「そうだ。乗車している客の利益のためにしか能力を使えない、というな」
自由に世界中を運行し、サービスや設備を充実させるという難業はただの魔道具ではできない。ただでさえ魔道具にした時点で魔法としての効果は薄れてしまうのだから。
ではその不足をどう補っているのか。
答えは簡単。
その基盤になっているのが制約の魔法。ある一定の効果のために、対価となりうる制約を己自身に課す魔法だ。
"この列車は運行と乗客へのサービス以外に用いることはできない"という制約の代わりに、高い増改築能力やサービスの自由度を確立している。
そして、この技術を活かして輸送専用の車両なんかの運行も開始しようとしていることも教えてもらった。
「ありがたいことに魔術師の世界においてほとんど唯一無二のサービスをさせてもらっている分、需要も極限まで高いのさ。少なくない乗客を乗せるには車両の増築や移動の利便化くらいしていないとまともに仕事が回らない」
「増築だけじゃなくて移動の利便化もしてるのか」
「うむ。私や
思い出せば、確かに事件が起きた瞬間にリーティアは執事長……ギュスターヴさんと一緒に第四車両に現れていた気がする。
なにかしらの方法で事件や事故、あるいは悲鳴を検知できるようにしているのだろう。俺たちが悲鳴や炎に気がついた瞬間にリーティアたちも感知し、車両間の転移を使って第四車両に乗り込んできたのだ。
「じゃあ、ディナーとかも転移で運んでいたのか」
「そうだな。車両の間には外から見ても内から見ても扉があるが見掛け倒しだ。従業員がアレを開けると第二か第三車両に行けるようにしているから完全にデコイというわけではないがな」
「従業員以外は?」
「使えない。というか、そもそも使わないだろうな。他の魔術師に出会わなくていいというのを売りにしている以上、乗客の要望は可能な限り室内のみで完結するようにできているんだ。部屋から出る用事自体がほとんど発生しない」
そういえばそうだった。
俺とシャーロットも、あまり外に顔を出したくない事情があるからというのが理由の大半にあるとはいえ、特に暇にしていた記憶はない。それぞれやりたいことに時間を使っていたような気がする。
もちろん乗客がそういう暇つぶしを持ち込むこともあるだろうが、もしなにもなかったとしても困る様は想像できなかった。
「じゃあ、廊下を出歩けたのは使用人とかくらいなのか」
「……と、言いたいんだが」
「違うのか?」
疲れた顔でリーティアが頷く。
◇ ◇ ◇
「ああ、出歩いている方は何人かいたようですよ」
「マジか」
ところは変わり、第二車両────使用人の車両だ。
ひとしきりシャーロットが景色を楽しんだところで車内に戻り、そのままの流れで案内された。
そして、そこで休養をしている使用人のうちの何人かを捕まえて訊いてみたらこの返答だ。
「別に第四車両に限った話ではなく、使用人室ではそれぞれ受け持っている乗客の情報交換を結構するんです。それぞれの車両に専属の担当はいますけど、当然一人で全てをカバーなんてできないですからね。どんな人でどういうことに注意しなければいけないかは共有しておくんですよ」
「それで、部屋から出ている人の話を聞いていたと」
「そういうことです。特にアルベール先輩はそういった根回しを欠かさない方でしたから」
どうやらアルベールは本当に仕事ができる人だったらしい。
ターレスの凶行や
「アルベールは乗客たちをそれぞれどう評していた?」
シャーロットの直接的な質問を受け、困ったようにリーティアに視線を流し、許可の首肯を得てから話しにくそうに口を開いた。
「……先輩は、癖が強い客が多いんだ、って言っていましたし結構疲れていたと思います。部屋が書類だらけの人、威圧して攻撃までしてきた人、それに車内を歩きたがる人が二人もいるって。問題行動はしないけど素性がわからない人タチもいるから神経を使う、気を配ることが多いから注意しろ、って言っていました」
最後の素性がわからない人たちはたぶん俺たちのことだ。見るからに良家のお嬢様なのに明らかに身分を隠して行動している俺たちは扱いにくいことこの上ないだろう。
しかし、車内を歩きたがる人が二人?
「リルさんはなにをするかわからないからあまり外に出したくないし、アレットさんは目的もタイミングも不定期で困ったって。アレットさんは乗車期間も長いですし、歩きたくなることもあるでしょうけどね」
「その二人が車内で会ったことは?」
「先輩が話していた限りではですが、そういったことは無いはずですよ。他の魔術師に会わないというのがこの列車の利点ですから。お二人が車内を歩く時間はしっかり分けていたはずです」
アレットが出歩いていたというのは意外だ。そして、長期乗車をしているというのも事情聴取の時には聞けていないはず。
「アレット氏はどのくらいの期間いるんだ?」
「具体的には覚えていませんが……数ヶ月はいらっしゃるかと」
「ほう」
シャーロットの口端がわずかに歪む。
「車内を歩いてなにをしていたかはわかるか?」
「いえ、特には。本当に歩きたいだけか、装飾とかを眺めていただけなんじゃないかって先輩は言っていました」
「数ヶ月もいたら見飽きるだろう」
「そんなことないと思いますよ? この列車、わりと頻繁にしっかり模様替えしますし」
模様替え?
「あ、もしかしてお客様、乗車は初めてですね? ありがたいことに、移動用だけじゃなく休養や旅行の一環で利用してくださる方も増えているんです。そういう方々が飽きてしまわないように、運行地や季節に合わせて車両全体で模様替えを結構しているんですよ。絨毯や調度品まで総入れ替えして、できる限り違う雰囲気になるようにしているんです」
「乗るたびに違う姿で迎えてくれるのか」
「そうなんです! 執事長がその辺りの調整や選定、たまに自作までして下さるんですけど、本当にセンスが良くて!」
従業員の指導や管理、各種対応だけじゃないとは恐れ入る。仕事ができそうだとは思っていたが、見た目以上に色々と任されているらしい。
リーティアがなぜか自分のことのように自慢げに頷いている。
「ギュスターヴはお祖父様が若い頃に引き入れたんだが、カリステリア家によく尽くしてくれているんだ。私も小さい頃は迷惑をよくかけてしまったが、こうして列車を任されるようになってからは良い関係を築けていると思う」
「そのギュスターヴさんは今どこに?」
「奥で業務をしているはずですよ。呼びます?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう。仕事中に呼びつけるのは悪いし、また後にする」
それだけ忙しくしている人のところにわざわざ押しかけるものでもない。
本音を言えば聞き込みをしたかったが、事件が起き従業員が一人消えた状態で、しかも
そこにいた使用人たちに「空いた時間があったら少し話をさせて欲しい」という伝言を頼んで第二車両を出る。
他の人がいない所まで歩き、後ろをてくてくついてきている主人を見て。
「なんか、癖が強い客ばかりなんだな。ここ」
「本当にな。部屋で完結するコンセプトの列車で出歩くとは。落ち着きのない者ばかりだ」
「落ち着きねぇ……お前がいうか」
「だから、主人に、お前と、言うなっ!」
シャーロットが猫かぶりをしていない時の、好奇心だらけの子猫のような動きをからかっているだけなのだが。
……視界の端で、リーティアが呆れた顔をしているのが見えた。
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