1−8 事情聴取編──リル・コリトー
翌朝。
使用人たちによって用意された朝食を食べた後、リーティアが来るのを待っていた。
本日も調査に帯同するつもりらしい。こちらとしても、列車の運営側の人間に居てもらえる方が心強い。
食べ終わるのとほとんど同時にやってきたリーティアと共に部屋を出る。
……なぜか、シャーロットの笑みを見て顔を赤くしていたが気にしないことにしよう。
「今日は残り一人の事情聴取をやるところからだな」
「四号室の……どんな人だっけか」
「背が高くて紫紺の髪、眼鏡をかけていることしか覚えていないな」
そうだ、どこか理知的な人だ。
目尻が引き絞られている美人だったが、果たしてうまく話できるだろうか。
◇ ◇ ◇
できなかった。
「あ〜〜〜ほんっっっとサイコー! ずっと乗ってたい!」
「あのー……」
「ふへへへへへへへへへへへへうひひひひひひひひひひひひひひひひひ」
怖い。
部屋にたどり着き、4号室担当の使用人が扉を開けてくれた瞬間に聞こえてきたのは蕩けきった奇声だった。
本能的な恐怖で背筋を震わせつつ中に入ると、中には四つん這いで這いずり回る美女と、諦めて顔を伏せている使用人の方がいる。
どうしよう、絶対関わりたくない。でも話をしないとこの部屋に来た意味も無くなってしまう。
さりげなく一歩引いているシャーロットに一瞬だけ恨みがましい顔をむけ、奇行をしているその人に話しかけた。
「朝からすみません、今よろしいですかね……?」
「ふへ⁉︎ ……人間がいる⁉︎ ナンデ⁉︎」
顔を赤くし、急いで身なりを整えている。
紳士のルールとしてその様はできる限り見ないようにしていたが、シャーロットは愉快なものを見る目でずっと凝視していた。やめなさい。
待つこと十数秒。お互いに用意された椅子に座ったところで会話が再開された。
「失礼、取り乱しまていました。リル・コリトーといいます。事件のことですかね?」
「そうです。私はアーサー、こちらは主のシャーロット、奥にいるのがこの列車の責任者のリーティアさんです。お察しの通りで、今回の事件について事情聴取をしに来ました」
「なるほど。ご協力できることでしたらなんでもしましょう」
変わり身がすごい。数秒前まで蜘蛛もかくやという奇行をしていた人と同一人物とは思えないくらいに落ち着いた雰囲気を見せている。
落差に堪えきれず笑いを噛み殺しているシャーロットに代わり、簡単に自己紹介を済ませた。
「とりあえず簡単に自己紹介とかをお願いしてもいいですか? 所属、この列車に乗った理由とかは訊きたいです」
「わかりました。アタシは
「表向き?」
そこでリルは僅かに顔を伏せ、恥ずかしそうに口籠もりながら続ける。
「……魔導列車に乗りたかったんです。
「あ、はい」
「それを屁理屈捏ねるだけの
この人、思ったより声がでかい。
そして思った通り変態だった。
魔導列車"アクレシア"はカリステリアの魔術が大きく関わっているとはいえ、元は列車型の巨大な魔道具だ。魔道具に詳しくない俺やシャーロットにはわからないような技術を折り重ね、専用の管理魔術を
詳しい技術も用いられている魔術も門外不出。移動域も魔術師たちに与える影響も大きい代わりに誰でも乗車可能。
そんな、ある種の魔道具の粋とも呼べるものにこんなド変態が乗車したらどうなるか。
「当然舐め回すように隅々見ますよねぇうひへへへへへへ……おっと、失礼しました。少々はしたないところをお見せしてしまいました」
「いえ、お構いなく……」
果たして少々だろうか。
喜劇は終わったか、とでも言いたげな表情のシャーロットに後ろから突かれてようやく元の目的を思い出した。
「話を戻しますが、事件当時はなにをしていらっしゃいましたか?」
「ワゴンを見ていたんじゃなかったかしら。ずっと気になってたのよ」
「ワゴン? ああ、食事を運ぶ……あれが気になっていたんです?」
上下二段になっていて取っ手つき、絨毯の上とはいえ音がほとんど出ないこと以外は特筆することもないと思っていた。
それが気になっていた、とはどういうことだろう。
「あれ魔道具なのよ。食べ終わったら外のワゴンに皿を戻しておいてください、って言われなかったかしら? 乗ってる料理が配膳されてなにも無くなった時と、食べ終わって片付けの時に全部の皿が乗ると自動で厨房まで戻るらしいのよね」
「そうなんですか?」
「ええ。最初の食事の時はてっきりあの使用人が片付けているものだと思って気が付かずそのまま送り返しちゃって後悔したわ。だから夕食の時はあの使用人くんに頼んで部屋の中に残してもらっていたのよ」
「それで舐め回すように見ていたと」
「そうそう、台の裏から車軸までみっちりねっとりクッキリ……ってなんてこと言わせるわけ⁉︎ その通りよ!」
その通りなのかよ。
「ワゴンの話以外で被害者とはなにか話はされました? 嫌なことがあったとかは?」
「んー……列車の機構とかについて訊いたくらいかしら。あんまり知らないですし答えられることもありません、って断られちゃったけど。うまく隠そうとはしてたけど
言っていることが本当なら動機になりそうな要素は無さそうだ。
魔道具が絡んでいる瞬間こそ変態にはなっているが、受け答え自体は普通そのもの。
であれば。
「持っていたり研究している魔道具について教えていただいてもいいですか? もちろんみだりに口外したりはしません。教えられることだけで大丈夫です」
「あー、調査よね、りょーかい。持っている魔道具かぁ」
立ち上がり、部屋の隅に置いてあったボストンバッグを担いで持ってきた。
目の前で無造作にチャックを開けて、
「ほい、ほい、ほい、ほい」
出てくるわ出てくるわ。
いかにボストンバッグが大きいとはいえ、それだけでは到底説明できない量の魔道具が床にどんどん並べられていく。
意味不明な形の物もあれば、一見普通の物にしか見えない物もある。床の半分以上を埋め尽くしたあたりでようやくリルの手が止まった。
「で、どれから聞きたいかしら?」
「とりあえず全部、要点だけは聞きましょう……」
「任せなさいっ!」
そして、後ろでは。
「一杯頼めるか? 紅茶で。茶菓子もあるといいのだが」
「椅子を持ってくる……魔道具を乗せる机も必要だな……」
という二人の声が聞こえるのだった。
◇ ◇ ◇
紅茶の芳しい香りが充満し、列車操作魔術によって即席の台が造られ、そして紅茶の匂いが消えかけた頃になってようやくリルの説明が終わった。
要点だけ、という言葉はどうやら開始10秒もないうちに忘れたらしい。
目を輝かせ、頬擦りをし、その場で持ち上げて舞い踊りながら矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。その姿は鬼気迫るというか、口を挟ませない迫力に満ちていた。
4号室付きの使用人も諦めて椅子に腰を下ろし、それからさらに時間が経ってようやく終わった頃には、リル以外の全員が疲労感に漬け込まれて溶け落ちている。リルだけが肌をツヤツヤにしていた。
そして、結論から言うと、発火能力がある魔道具は幾つかあったものの、呪いや人体焼却に関わりそうな魔道具は一切存在しなかった。
途中からは雑談に飽きたシャーロットたちも思いおもいに手に取って検分していたが、儀式に使われていそうな怪しい魔法陣すら見つからなかった。
「なんか、その……思っていたより普通な感じなんだな」
「はっきり言っていいのよ、地味だって。アタシたちだってそう思っているもの。でも仕方ないのよ」
「そうなのか?」
「ええ。魔道具はあくまで道具。しかも、人間の幻想を道具で代用しようとしているんだもの。人が使うべき技術を道具に代行させようとしているんだから、効果が落ちたり再現性が落ちるのは当然だと思わないかしら?」
──魔法は人の技術である。
在らざるを在りに、不可能を可能に。イメージや理論の元となる神話伝承には届かず、厳格なルールこそあれど、その根底はあくまで
それを、たとえ魔法陣を刻んでいようが、魔術に関わる触媒を利用していようが、道具で行使しようとすること自体が間違いらしい。世界を構築する法そのものである神の御業を、人の手でも扱え、理解できるようにしたのが魔法。であれば、さらに劣化させる魔道具が上位にくることなどあり得ない。
神話伝承の武器などはあくまで神話の世界の話。
高度な魔法を使うには、巨大化をするか、いくつかの魔道具を連結するしかない。小型のもので使える魔術は単発のものが精々で、連結をしたところで大した効果は見込めないものがほとんどだと言う。
研究者やいち学院の教師であっても、研究費用が無限に上からもらえるわけでもない。その中で独力でこれほど巨大な魔道具を作り上げたカリステリア家と"アレクシア"は、魔道具技師からすると一種の憧憬の対象なのだという。
「だからこそこの魔導列車に乗りたかったのよ。魔術を複合で使うのはもはや
「ふむ、何度見ても魔道具に怪しいものはないな。ワゴンを見ていたと言っていたが、具体的になにをしていたのかね?」
興奮して叫ぶリルを無視してシャーロットが問う。
ブレないなコイツ……。
「……稼働のための術式を見るのは魔道具技師としての仁義に反するわ。仮に偶然見えてしまっただけだとしても作成者は気にするし、見た側にも思考や発想に他人の考えという
「形?」
「そう。それが魔法を扱うものであっても、形や模様、動きには意味がついてくる。それは魔道具でも変わらない」
魔力をどこに貯蓄しているのか。
なぜこの模様なのか。
どうやって術式同士を繋げているのか。
作成者の発想、あるいは自分自身のインスピレーションを、形から探る。形からそのまま想像できる内容だけでなく、一見突飛であっても理由付けの上で利用ができそうな想像の転換──「新しい発想」を。
それが魔道具技師にとっての
「まあチョット撫で回したり叩いてみたりはとーぜんするけども」
「するんかい」
「見るだけで分かるものですか! 手触り、重さ、感触……五感全てで感じてようやくでしょう!」
「それは良いのか……」
「アイデアの盗用も聞き出しもしないし、破壊して確かめようとはしてないもの。魔道具技師の仁義の範囲内よ」
現代の魔道具技師にとって最高傑作と言っても差し支えないこの魔導列車に乗っていてなお、魔道具技師としての仁義は貫こうとする姿勢に気圧され、思わず直接的な質問が口を突いて出る。
「……これが不躾な質問だったら済まない。もし、魔道具だけで人体発火をさせようとしたら、どうしたらいい?」
「ストレートね。でも一人の教師として、生徒の質問にはちゃんと答えます。……まず実現不可能、仮にそんな魔道具があったとしたらバレないわけがないと断言しておくわ」
「随分言い切るな」
「言い切るわよ。隠せる大きさの魔道具では種火や灯りを点ける程度が精一杯。仮に人を燃やし切れる火力の魔道具が存在したら最低でも三メートル四方は必要ね。しかも、上級魔術師が最低三人は魔力を注ぎ込まないといけないわ。魔力を更に食う余計な機能なんて付けずに、人を燃やすことだけに特化していないと不可能よ」
エレベーターの昇降機くらいの大きさが必要ということは、当然ながら隠すどころかドアを通ることもできないだろう。もちろんだがそんな巨大な物体は事件現場には無かった。
ふと、俺の視線がリーティアに向く。
「列車の構造を組み替えて焼却機能を……」
「無理だ」
「無理よ」
即座にリーティアとリルから否定が飛ぶ。
小さくため息を一つこぼし、シャーロットが淡々と否定した。
「さっきの話の時点で魔道具作成に専門性が必要なことくらいはわかるだろう。仮にカリステリアの技術で実現させていたとして、人体焼却専用の物として最初から部屋に設置していないと不可能だ。なにより、同室にいたアレット嬢のことはどう説明する? 仮にそんなものがあったとして、なぜ彼女はその魔道具を見てもいなければ被害を受けていない?」
「わかったわかった、俺が間違ってたよ」
一応リーティアの方をチラリと見てみたが、小さく首を振られた。
魔道具の専門家なのはリルだけじゃない、カリステリア家もだ。こんな列車を作り上げた家系の娘が「少なくとも魔道具による犯行の線は無い」と否定したのなら疑う余地はないだろう。
どうか他の部屋も見て回れないか、機関室は、運転室だけでも、などとゴネ続けるリルを置いて部屋を出る。
「いよいよ呪い以外の線がなくなってきたかもしれんな?」
「その場合の手がかりも今のところは無し、か」
思わず吐き出しかけたため息を飲み込み、リーティアの先導を待つ。
リルまでで事情聴取は一旦終わり。
次は──車内の調査と聞き込みだ。
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