1−6 事情聴取編──ターレス



 2号室。

 気がつけば俺より半歩後ろに下がっていた女性陣二人の「はよしろ」という視線に急かされ、重い心を奥の方に押し込んでドアをノックする。

 少しばかり時間が空き、ターレスに付けられた使用人が疲れた顔で顔を出した。


「すみません、お待たせしました」

「いえ、大丈夫です。中に入っても?」

「どうぞ」


 そう言われ踏み入れた先で、早くも少し後悔した。部屋の中の空気が張り詰めていたからだ。

 事件後、客一人につき一人だけ配置されていたはずの使用人がターレスにだけは三人付いている。しかも、その全員が険しく疲れた顔をしていたのだ。

 その様子を見咎めたリーティアが威圧感のある低い声で問いただす。


「何事だ。なぜ三人いる?」

執事長ギュスターヴに配置されました。一応の保険だそうで……」

「はっきり言っていいぜ? 俺が聖炎教団だから警戒してるってな。ことだしよぉ」


 使用人たちが取り囲む先。

 自室内にいながらも武装を手放していない、低身長の男。全身をガッチリと防具や武器で固めている男は、尊大に足を組んで座っているだけでも威圧感がある。

 相変わらず他人の言葉を遮るように言いたいことを言うターレスにリーティアが鋭い視線を向けた。


「前科、だと?」

「おう。おや、使用人たちは知ってみてぇだがお前は知らねぇのかよ? 死んだアイツ……アルベールのやつ、脇腹に怪我してんだけどよ。あれやったの俺なんだよ」

「なに?」


 どういうことか、と目を細めて睨みつける。


「アイツ、ハーフエルフだったろ」

「……それが、どうした」

「俺もハーフなんだよ。エルフじゃなくてドワーフの方とだがね。魔術の才もなかったせいで俺は昔から笑いものさ」


 ターレスは背がかなり低い。同年代の中でも背が低い方のシャーロットの目線の高さにようやく頭頂が来ている。

 その分全身がガッチリと筋肉に覆われている上に顎は無精髭に包まれている。正直、ハーフと言われなければ分からないくらいにはドワーフ容姿だ。


 ドワーフは限定的な一部の魔術しか使えない。その分、種族的に鍛造の腕や鍛造武器の扱いが天才的だ。

 そして、現代ではその風潮も薄れたが、エルフが過去に彼らを美しくないと笑っていたのも事実なのである。


 時代は変わり、混血も進んだ。過去の恨みは打ち切るべし。それが今の世界の論調だ。

 だが、それがどこでもちゃんと行われているとは限らない。少しでも隠れた瞬間を狙って、あるいは無意識に行われる差別に晒されてきたのだろう。ターレスはその影響を強く受け、魔術的性の高い存在や美しい存在……貴族の魔術師やエルフの血を持つ者、そしてなにより容姿端麗な者にはほとんど反射的に手が出るのだろう。


 今だってそうだ。

 無骨なバンド状の眼帯をしているとはいえ、シャーロットは有数の美少女で間違いない。あまりに綺麗な長い黒髪と珠のような紅眼はあまりにも目を惹く。リーティアも、銀髪を結い上げ軍服のような駅長の制服に身を包んでいる様が似合うかっこいい美少女だ。

 アーサーも灰髪灰眼、長身の美丈夫。使用人たちも程度に差はあれど、見た目はかなり綺麗な上に実力もある。


 そんな人たちに囲まれている現状が我慢ならないのだろう。爆発寸前、とでもいうように気配を荒げ、犬歯を覗かせながら周囲を睥睨している。

 なにより。


「……」

「……なんだよ」


 特に俺への敵意は本当に大きいらしい。もし背後を見せれば……あるいは、なにかしらのチャンスが訪れたらすぐにでも襲い掛かってきそうな雰囲気を感じる。

 その視線の先に、なぜかシャーロットがずいと進み出て。


「それはさておき、ターレス氏。今、さっきの件に関する聞き込みをしているんだが、いいかな?」


 ……おまえ、マジか。雰囲気とか考えないか、普通。

 ターレスの方も気が抜けたようで、思わず少し吹き出し、笑いを噛み殺しながら答えた。


「ああ、いいぞ。等身大で見るやつ、流されないやつ、なにより目線が近いやつは少しだけ好きだ」

「……私はまだ成長期だ。今だけだ、それは」


 どうだろう。女子の14歳はまだ成長期だっただろうか。

 あまり興味がなかったせいで分からん、と思いつつ話の推移を見守る。


「一応、もう一度自己紹介をしてほしい。この列車に乗った目的も聞きたい」

「おう。ターレスだ、性はねェ。……あったのかもしれねぇが、俺は知らん。聖炎教団所属の幻想狩りだ。教団の本部からの依頼を受けて任務地に向かっているとこだよ」


 幻想狩り。

 魔、あるいは幻想。そういった世界の理に反するものを滅し、最後は己たちも燃え尽きることを目的とした有名な教団だ。不幸にも魔力の量や質、あるいは才に恵まれなかった者たちが集まってできた教団で、魔術適正の高い人や種族を猛烈に憎み、処理することに命をかけているらしい。

 その中でも幻想狩りというのは、実際に武力を用いて狩ることを主な任務にしている奴らのこと。布教や裏で手を回すわけではなく、それぞれの信条に基づいて、あるいは教団からの依頼や命令を受けて魔術師を殺して回っているらしい。

 目の前の魔術師がいるし、その魔術師たちの生み出した列車に乗っているあたり彼らもある意味では魔術師というか、裏世界の住人らしいと言えるだろう。


「依頼の内容は」

「言うわけねぇだろボケ」

「だろうな」


 ターレスが足を組み直し、ガシャリと鎧が鳴る。

 口は荒いし手も出やすい。だが、変なところで義理堅く律儀なようだ。場合によっては自己保身面倒臭いを理由に依頼内容の一部でも零すかも、と思っていたのだが。


「……事件発生時はなにを?」

「武器の拭き取りと整備だよ。血は武器を弱くする。戦士は常に戦える状態でいなきゃならねぇ」

「血の拭き取り……? その血はどこでついたんだ?」

「さっき言ったろ。あのハーフエルフを半分本気、半分脅しで斬り付けてやったんだよ。昼飯の時にな。胸糞悪いことにその後もアイツが担当しやがったがな」


 ギリ、とリーティアのレザーグローブが音を立てる。威圧を増した彼女が、堪えきれないとでも言うように前に進み出て言葉を投げた。


「何故斬った?」

「不愉快だからだ。顔良し、体格良し、魔術の才あり。苦労もほとんどせずに生きてるんだろうさ。……俺の大嫌いな人種だ」

「アルベールがそう自己紹介して見下したか?」

「いや? ただ聖炎教団俺たちはそれぞれの信条で行動するのがルールでね」


 嘲るような顔でリーティアを見やる。


「殺すつもりはなかったよ。せめて純人類……あるいは同じドワーフの血が流れている奴が来るのが理想だった。もしくは怪我で動けなくなるか、あるいは恐れをなしてあのムカつく顔が消えれば良かった。……平気な顔をしてまた現れた時は、今度こそ殺してやるか悩んだがな」


 リーティアだけじゃない。控えていた使用人たちからも隠しきれない威圧感が溢れている。

 そのうちの一人が半歩前に出て、気持ちを噛み殺すようにしながら告げる。


「……この方の凶行のせいで、この第4車両の食事の準備は遅れました。執事長ギュスターヴも処置に当たられましたし、担当変えも検討していたはずです。ですが、アルベール先輩は自分が担当するって言って聞かなくて。幸いにも脇腹の皮膚が深く切れていただけで内臓に怪我は無く動けなくはなかったので、最低限の傷を塞ぐ魔術をかけて、血滲み防止用のタオルを取り替えながら仕事をしていました」

「そんな様子は見えなかったんだが……」

「隠すのもうまいのがアルベール先輩でしたからね。色々とちゃんと聞いているのは執事長とかみたいな一部の人だけだと思います」


 驚いて言葉を挟んでしまった。

 昼飯の時に怪我を負ったというなら、俺たちの食事を準備してくれた時は常に負傷を隠していたということになる。そんな様子が全くわからないくらいには普通に動いていたはずだ。

 仕事人としての、あるいはアルベールの根性に驚きを隠せない。

 シャーロットも僅かに表情を変えたものの、あくまで淡々と言葉を投げかけていく。


「魔術が全く使えないわけではないはずだ。属性は?」

「……地属性だよ。泥団子を作ることくらいしかできねぇけどな。ってか、んな面倒くせぇことをするくらいなら斬るか殴る方が早い。泥団子じゃ目眩しにもなんねぇからな」


 聖炎教団の狩る対象は主に強い魔術師だ。過去に何人も重要人物が殺害された、あるいは襲われた事例はある。

 ただ、それはあくまで計画的に、しかも大人数で押しつぶすように狩っていたはずだ。個人で狩るにしても、大人数での作戦に参加するにしても、泥団子を作れる程度では話にならない。

 魔術の腕が実際どうなのかはわからないが、話の内容や行動から察するに武器と己の身で戦うというのは嘘ではないのだろう。


「車内を出歩いたりはしているかね?」

「するわけないだろ。魔術師は見るだけで殺したくなる。もしバッタリ他の乗客に出会ったら思わず手を出しそうなくらいにはな。でも無差別に殺すほど俺も馬鹿じゃねぇし、目的だってある。この部屋で全部が完結するように作られてるんだから外に出る意味がない」

「それもそうか。すまないな、邪魔をした」

「いいぜ。まだ面白いからお前の探偵ごっこに付き合ってやるさ」


 シャーロットはあっさり席を立ち一礼。

 さっさと出ていくその姿を追い、部屋を出る。使用人たちに何事かを言ってから小走りでリーティアも追いついてきた。


「なんか……この部屋だけですごい疲れたな……」

「あと一人だぞ。情けないことを言うな」

「あー、そのことなのだが」


 後ろから申し訳なさそうにリーティアが呟く。

 懐から懐中時計を取り出し、開いて今の時刻を見せてきた。


「もう、夜遅いんだ。明日にできないか?」

「22時、37分……」

「もうそんな時間になっていたか」


 廊下から見える外では綺麗な星空がゆっくりと流れていくのが見える。

 リーティアのフィンガースナップ指パッチンと共に廊下の照明が落とされ、最低限の視認能力を保つことしかできない間接照明に切り替わった。今日はここで終わり、ということだろう。


「とりあえず部屋に戻るか」

「うむ」


 騒動やその片付け、そして初対面の魔術師たちとの穏やかではない会話。

 思っていたより疲れていたらしい。体が風呂と睡眠を求めている。


 と、いうわけで。

 俺とシャーロットは第4車両の突き当たり、自室に戻るのだった。


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