1−5 事情聴取編──ダレン・コールマン



 一号室の扉をノックすると、使用人の声で応答があった。

 使用人が内側から扉を開け、リーティアの姿もあってすぐに迎え入れられた。


 部屋にある作業机に几帳面に書類を並べ、その前の椅子に気だるげに背を預けながら座っている、ボサ髪の青年がいる。

 ダレン・コールマン。4号車両、1号室の乗客だ。


「おや、車長さん。なにか用ですかね? すみませんね、片付けが苦手なものでして。少しお待ちを」


 常に寝ぼけているような半開きの眼、寝癖をそのままにしたような髪。服装はそれなりにしっかりしているのに、根っこの自堕落さが見え隠れするせいで損をしているようにすら感じる男だ。

 その事を証明するかのように、机の上の書類以外の物は床に雑に散らばっていた。


「……整えることぐらいはできただろう」

「すみません。でも、触ろうとしたら拒否されてしまったものでして」


 ダレン付きの使用人がリーティアに詰問され、小さくなりながら答える。

 他人の書類に気軽に触るというのは、たとえ気心の知れた使用人であっても難しい。しかも、今回に限っては突然担当することになった魔術師が相手だ。もし中身を見てしまってはいけないものや、汚したり壊してはいけない魔道具があった場合が怖い。賠償で済まない一点物を平気で転がしていることすらあるのが魔術師という存在だ。

 ダレンの場合は自身が置いた放った場所を勝手に変えられるのが嫌なだけ。愛想もなにもない。だが触るな、と言ってくれるだけまだありがたい方ですらある。


「お待たせしました。それで、どうしたんです? なにかありました?」

「この車両内で事件が起きました。その聞き込みをしています」

「事件?」


 最低限立てるだけの場所とシャーロットが座れるだけの場所が確保された。足元を注意しようとするあまり転びかけたシャーロットを抱き上げて椅子に座らせ、ようやく話をする状況が整った上で最初に発せられた発言が先のものだ。

 魔術師は基本的に自分にとって重要なものしか興味がなく、あれほどの事件があっても平気で忘れたり記憶の片隅に押し退けてしまう。しかもこの男に至っては、もはや気がついてすらいなかったようだ。


「この車両の使用人が炎上して死亡した。そういうわけで、彼と面識があって同じ車両にいる人間に事件の聞き込みをしているんだ。よければ自己紹介をしてもらえないか? 最低でも年齢、所属、この列車に乗った理由などは知りたい」

「ああ、なるほど、そんなことが。私はダレン・コールマン、29歳。ルブルムフラウムの陣営所属の火魔術師です。乗った理由は総会への出席のためですね」

「総会?」

「ええ。黄陣営の大きな集まりがあるのですよ。といっても、やることは学会発表会みたいなものですがね」


 実戦魔術ルブルム神話到達フラウムの混合所属か。しかも属性が火ときた。

 呪いは一応どの陣営でも使えるが、魔術としての根幹は歴史や伝承などに依っている。そんな人材が火属性を持っているというのは、偶然だろうか。


「ふむ。この書類群はその資料とかかな?」

「そうです。まあ、ほとんどは無駄に終わってしまうんですがね。重要なメンバーの発表以外がちゃんと聴かれることなどありませんから。それでも出ないわけにはいかないのが難儀なところです」

「ちなみに発表の内容とかは教えてもらえたりするのかな?」

「ああ、核心以外はいくらでもお話ししましょう。発表の準備もほとんど終わっていますし、答えられることであればいくらでもどうぞ」


 ダレンが楽しそうに目を細める。

 書類を散らしながらも人を招き入れていたし、本当に内容への頓着はあまりないらしい。こうして話している最中にリーティアや使用人が書類を見ていても警戒するそぶりすらない。


「では遠慮なく。端的にどんなことを研究しているのかね?」

逆転術式リベリアという遺失魔術の研究です」


 曰く。

 魔術の大元──人外の御業を人の力として再現し自然外の理想を達成することの中でも、原初の妄想ねがいの一つ。やられたことをやり返す、という失われた原始魔術を研究しているらしい。

 赤・黄の陣営らしさにあふれた研究だと言えるだろう。


「その術式を見せてもらうことは?」

「術式を見せて少し解説する程度まででしたら」


 少し逡巡し、それでも手のひらに魔法陣を浮かべて見せてくれた。

 魔力で編まれている三環の魔法陣。それぞれの層に意味の取れない文字を浮かべているそれら三つが、時計の歯車のように立体的に噛み合い術式になっていた。

 これがどういう理論で成り立っているのかわからない。使い方も不明。これが相手の攻撃をちゃんと反転させられるのか。


「……どうやって使う?」

「この陣を展開して相手の攻撃をぶつけるだけです。理論上はこれで一般的な攻撃は全て跳ね返します。……多少減衰してしまいますし、一度に一発しか返せないので原始魔法の再現には至れていないのですが」

「この陣にある文字は?」

「それは研究成果の一つですので教えられません。黄陣営全体の研究の一つですから。教えられるのは、私がこの魔術にルーンを組み込むことで安定と擬似的な再現を達成したことで発表まで漕ぎ着けられた、ということだけです」

「ルーン……」

「ええ。ルーンは黄陣営に属したことがあれば誰でも使えるでしょうね」


 ルーン。

 古の北欧の文字であり、彼らの信仰における神の文字。数多の制約や使いづらさとは裏腹に、格や歴史、そして効果がかなり高い。

 アーサーの知識の中でもいくつか見覚えがある気がするルーンが、確かに魔法陣の中で描かれている。


「ルーンでどんなことを書いているのかね?」

「文章というよりは意味の結合を意識して書いています。ルーンは使いづらいですが慣れると便利ですよ。存在そのものの質が高いので無茶が効きやすいですし、無理矢理にでも文字の形を見出すことができればいつでも使えるので。まあ、同じような性質の魔術に触れられると影響を受けやすいという弱点もあるんですけどね。少しでも調整を間違えると暴発するんで大変でした」

「ふむ」


 そこまで話して、ダレンは魔法陣を消してしまった。

 これ以上は話せない、ということだろう。その意思を感じたシャーロットが話を戻す。


「最後にアルベール氏に会ったのはいつかな」

「18時ごろでしたかね。食事の用意をしていただいた時に会ったのが最後だったと思います。ああ、そうだ。食器を外に出し忘れていた」


 言うが早いか、ダレンが無造作に設置されていた机……もとい、食べ終えたままの食器が放置され、数多の書類が被さった状態で放置されているワゴンを探し出した。作業机の上にあったコーヒーを飲み干し、ついでに片付けてもらえるようにワゴンに置いている。

 これまで机に見えていたのは、あまりにも私物が置かれ過ぎていて本来の用途を成しているように見えなかったからだろう。

 従業員の苦悩を考えていないズボラさにリーティアの眉が寄る。


「事件が発生したときはなにをしていた?」

「作業……ですかね。総会では変な指摘や嫌がらせをしてくる人もいるので、そういう質問や追求を避けやすいような文面や研究内容にできているかのチェックをしていました」

「それを証明できる人は?」

「いませんねぇ……今のように一人ひとりに専属の使用人が常にいたわけでもありません。あの被害者執事くんなら作業をしている姿を見ているでしょうが、証言できませんし」

「それもそうか」


 シャーロットとアーサーにしても、事件発生時になにをしていたかの証明はできない。

 まさか掴み合いをしてがるると威嚇しあったりお子様舌をからかって脛を小突かれていました、と言って信じる人は少ないだろう。本性はどうあれ、シャーロットのお嬢様猫かぶりはなかなかのクオリティだ。

 俺たちにせよダレンにせよ、仮にその場では信じてもらえたとしても、実際に疑いがかかってしまった場合には証拠不十分であることに違いない。信頼度という点でいえばかなり低いだろう。


 そこで、リーティアが口を挟む。


「列車の運営側がするには不躾な質問だと思うが許していただきたい。常に作業だけをしていたわけではないと思うが、それ以外の時間はなにを?」

「あー……読書、でしょうか。私の他にも発表者はいます。別にルール上はしなくていいんですが、2、3は質問をしないと参加意欲が低いとして上位の老人たちに嫌味を言われてしまうのです。そのため我々のような比較的若いメンツは、それとなくお互いのネタの概要を共有して質問回しをしているのですよ。そのための勉強です」

「勉強……」


 陣営の中でもとくに黄陣営は古家や老人が多い。

 しかも、一口に黄陣営と言っても扱う内容次第で派閥や権威が存在する。その先生老人たちの小競り合いや恣意行為の場でもあるのが総会という集まりらしい。

 他陣営を突き、自派閥の知識や造詣でも勝負をする。その一環で、年齢が下に行けばいくほど上からの押し込みは強くなっていく。それに対抗し、若者は若者で総会を乗り越えることを目的に横のつながりをこっそり作っているらしい。


 ともかく、ダレンにも証明できるアリバイはない。

 目的はわかったが、今この場で指摘できることもとくに見つからない。


「では、とりあえずこのくらいにしようか。……なにか、気がついたことや思い出したこともなさそうかな?」

「ええ、特には。当時は集中していましたし、なにより静かにできるのもこの魔導列車の強みのひとつでしょう? 集中するために廊下側の音は室内に聞こえないように設定していましたよ。執事くんにはノック無しで勝手に入るように伝えてましたし」

「ふむ」


 他に聞くことはないか確認した後、軽く一礼し、そそくさと部屋を出ていく。

 俺もダレンと使用人に一礼し、慌ててシャーロットを追いかけた。リーティアがいるから口には出さないものの視線だけで「遅いぞ」と主張するシャーロットに呆れた目を向ける。


「アーサー」

「ん?」

「派閥というのは、そんなに必要というか……重要なのか?」


 派閥。超大雑把に四色で分けて呼称される、魔術界の区切り。

 その意味を、幽閉されていたシャーロットは知らない。


「魔術はなんのために使うべきだと思う?」

「それは……人それぞれだろう。考えも、使い方も」

「だからだよ。各々が魔術に求めているものは違う。似た目的を持っている奴らは集まるし、やりたいことが違えばぶつかりもするだろ」


 根幹にあるなにか。体内、あるいは自然に宿る魔力を用いて、人ならざる力でなくては達成不能な目的を成す。

 その主題はどの魔術師も変わらない。だからこそ陣営を跨ぐことすら黙認されている。

 目的が違うからこそ譲れないものも多くある。そういう時に誰かの力を借り、あるいは誰かの知識を得るために。ある一定以上の目的達成と平穏のために派閥はある。

 会話が聞こえたのだろう。追いついてきたリーティアが話を継ぐ。


「派閥はある。でもそれはそれとして、ということをするのも魔術師なんだ。都合がいいと言ってもいい」

「都合がいい、か」

「そうだ。でなければ我がカリステリアの魔導列車がここまで成功できるわけがないだろう。緑陣営にいるくせにどの派閥の魔術師も客として乗せているんだぞ」


 水面下で争いはする。派閥上層同士が会う会合では聞くに堪えない嫌味も飛び交うし、過去に何度も派閥間での抗争は起きている。

 それはそれとして使えるものは使う。そうでなければ己の家系の──あるいは、自分の目的を達成できないから。


「それでも流石に運営は緑陣営だけだろう?」

「そうでもないぞ。いや、本当はそうしたいのだが……なまじどの陣営も使うしシェアを得て有名になったが故にそうもいかなくてな」

「仕方なく運営や乗客では派閥拒まずか」


 魔術師としてあまりに便利すぎる魔導列車を使わないわけにいかない。

 だがしかし、緑陣営の一家やその関係者のみでそんな発展途上の技術を運営させるのは悔しい。なにより、万が一の緑陣営による不意打ちや襲撃が怖い。

 よって、どの派閥も一定数の人間を送り込んできているのだ。特に緑陣営と仲が悪い黄陣営も、漏れなく。

 リーティアの方を振り返り、一応確認の質問を投げる。


「……ちなみに聞くんですが、被害者アルベールさんはどちらの陣営です?」

黄陣営フラウム青陣営カエレウムだ。青は所属していただけで、ほとんど出入りも交流もしていなかったようだがな」

「ふむ」


 話しているうちに次の部屋の前までたどり着く。

 二号室。聖炎教団の信徒、ターレスの部屋だ。


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