1−4 事情聴取編──アレット・バーナード
第4車両は7部屋に分かれている。
出入り口から見て右側の3部屋が、手前から順に1〜3号室。左側の3部屋が、手前から順に4〜6号室。そして廊下の突き当たりにある大きな部屋が7号室だ。
数字順に1号室から順に4号室まで、青年、
現場検証を終え、アレットの部屋だった3号室から出る。
そして、次の行き先だが。
「で、現場検証は終えたわけだが、次はどうするつもりだ?」
「決まっているだろう。事情聴取だ。最低でも、事件発生時になにをしていたかは聞き出さないといけないな」
というシャーロットの一言によって次の行動先が決まった。
最初に行くのは5号室。事件発生により滞在していた部屋が使えなくなり、急遽移動することになったアレットのいる部屋だ。
「ちなみになんでアレットが最初なんだ? 学生だしあんな光景を見たら塞ぎ込んでいても仕方ないと思うんだが」
「第一発見者の証言が一番大切だろう。記憶が薄れたり混濁する前に聴きにいかなくてどうする」
「……そーかよ」
無慈悲というか、効率的というか。
主の混じり気のない瞳に言葉を無くしながらついていき、5号室のドアをノックする。中から返事が返り、程なくして開かれた。
「状態は?」
「普通に会話ができるくらいには……」
「そうか」
アレットに専属でつけられた女性の使用人がリーティアの質問に短く答える。
あんな光景を間近で見たせいで自失し塞ぎ込んでいたようだが、どうやら日常会話はできるようになったらしい。顔は僅かに青ざめたままだが、お嬢様然とした顔を引き攣らせつつも笑顔を保ってこちらを見ている。
部屋に用意された小さな椅子に座り、なんとか心を保っているようだ。腿の上で丁寧に重ねられた十指を飾る、蒼玉付きの指輪が目を惹く。
その目の前。用意された大きな椅子にどっかりとシャーロットが座り、正面から真っ直ぐに見据える。
「調子はどうかな? 事情聴取をしたい。具合が悪ければ後にするが」
「いえ、大丈夫ですわ。その、しっかりと思い出すのは難しいかもですが」
「ふむ。では、できる限り手短に質問しよう」
もしアレットが犯人でないのなら、本人にとっても突然のことだっただろう。目の前で使用人がいきなり苦しみ始め、そのまま大炎上して死亡した。その瞬間を目の当たりにしたのだ。
すぐに平常に戻るのは大の大人でも難しいはず。
「まずは簡単な質問からいこう。年齢、所属、そしてこの列車に乗った理由は?」
「アレット・バーナード。17歳、イギリスの
「単位ぃ?」
──魔法家同士の派閥は、主に四つに分かれている。
実戦魔術を主とし、旧代から現代にかけて表舞台から裏に回ってしまった魔術の時代を武力や示意行為による実力行使で再興することを目的とする
たとえ魔術が裏世界へ落ちようと魔術を長く続け継承することを至上とし、血筋や歴史、神話伝承や旧代、そして家系の魔術を鍛え存続することを目的とする
魔術は歴史の中に見るものであるとし、時間と共に消えゆくことを是としつつも、史実や神話の研究や再現・到達することを目的とする
新しい魔術の開発と発展を至上とし、日夜魔道具などの研究に明け暮れる新進気鋭の派閥である
それぞれの家系や派閥の目的で、明確な線引きや争いこそはないものの、大体このような陣営分けがされている。折に触れては鍔迫り合いや小さな争いを繰り返しているのだ。
なお、それぞれの派閥の上層以外はそれぞれの分野を掛け持ちしていることも少なくない。シャーロットの生家であるトゥール家は青と黄の混合だし、リーティアのカリステリア家はかなり緑よりで青も混合といった具合だ。
派閥の中でも上下や政治はあるようだが、そんな事情にアーサーは詳しくない。
「私の家、バーナードは青陣営の中でもそれなりの地位にありますわ。そうなると敵対派閥からの攻撃や妨害も激しいので、派閥内の政治で生き抜くには学園卒業とは別の箔や実績、
「その実績とやら内容は?」
「言えませんわ」
恐怖にまだ震える指先で、それでもキッパリと言葉を断ち切る。
シャーロットとしても言ってもらえるとは思っていなかったのだろう。ただでさえ派閥内のやりとりや秘め事は日常茶飯事で、しかも俺たちは所属不明の主従。部分的に別派閥のリーティアもいる状況でおいそれと話すわけがない。
回答を覚えるにとどめて、別の質問を切り出す。
「事件が発生した時はなにを?」
「食事の用意をしてもらっていましたわ。その前は、家に用意してもらった魔術の本を読んでいました」
「時刻は?」
「あまりはっきりと覚えてはいませんが……20時を過ぎた頃までは読んでいたかと」
本はこれですわ、と、『魔術史録』と表題に書かれている見せてきた。各名家の歴史や魔術が簡潔にまとめられているらしい。いかにも青陣営、といった感じだ。
「食事の用意中はなにを?」
「なにを、ということもありませんが……その、食事は用意していただくのが普通でして。ぼんやりと作業を見ていたくらいだったと思います」
見た目通りのお嬢様なのだろう。家でも、こういう場でも、もしかしたら学園でも、食事は準備してもらうのが普通で、その間は特になにをするわけでもないらしい。
気分が向けば読書だってするし、家や学園であれば家族や友人と会話に花を咲かす。そういった時間であってそれ以上でも以下でもない。
「
「突然のことでしたので、咄嗟に自分を守るための防護魔術を使うことしかできませんでした。魔術的な前兆もなかったと思いますし、火の勢いが強くて自分を守るのに必死でしたわ」
「防護魔術?」
「バーナード家に伝わる魔術です。己の魔力を使って魔術的にも物理的にも攻撃を防ぐことができる障壁を作る魔術ですわ。バーナード家の継承している属性は水ですし、火そのものは防げるとは思いましたが……咄嗟のことでしたのでそれ以外になにかができる余裕は無かったですわね……」
シャーロットが僅かに考え、質問を継ぐ。
「魔術的な前兆はなかった、ということは、なにか他の前兆はあったのかね?」
「前兆とまで言えるかはわかりませんが、アルベールさんが突然苦しみ出したのは覚えています。胸や腹を抑えて、すごい顔で苦しみ始めて、そのすぐ後に燃え始めて……っ」
「変調はあったわけだな。発火までと、燃え始めてからはどれくらいの時間が?」
「わかりませんわ……燃え始めたのはかなり速かったと思います。数秒だったと思いますわ。燃え始めてからはもうなにがなんだか……!」
思い出してしまったのだろう。アレットの瞳が涙で滲み、肩が震え始める。
……ここまでだろう。
「ふむ、参考になった。また訊きに来るかもしれないが、その時はお菓子の一つでも持ってこよう」
「はい、その、あまり力になれず、すみません……っ」
ついに耐えきれず決壊した。
アレットを使用人に任せ、嗚咽を背に部屋を後にする。
「ふむ。一応訊くが、二人はなにか気になることはあったかね?」
「俺は無い」
「私もだ。強いて言うなら、実績とやらが少し気になる程度だが……」
魔術の内容や派閥、家系に関わることは秘すべきこと。話せる方がおかしい。
そのことがわかっているからこそ、リーティアも強いて言うならと付け足したのだろう。
「あまり進んだ気はせんな。まあよい、次の部屋に行こうではないか」
「なんかやる気だな……変なことするなよ、頼むから」
当然、とでも言うように鼻を鳴らす主を見て、肩の力が抜けるのを感じた。
そんな主がドレスの端を揺らしながら向かう先は1号室。
唯一まだ顔を見ていない青年がいる部屋だ。
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