1−3 現場検証
あの後、リーティアの一声ですぐに状況が整えられた。
目の前で人の炎上を見たアレットには即座に別の部屋があてがわれ、女性の使用人が専属で就任。メンタルケアを第一に保護と監視を受けている。
それ以外のメンツ……
同時に、リーティアの魔導列車を操作する魔術によって現場の保護が行われた。
侵入者がいれば即座に記録され、時間ごとに変化などがあれば記録をされる。その経過は車長専用の部屋にある帳簿に勝手に記録されるらしい。この魔術のおかげで現場の保護や今以降の侵入者の判別、捕捉は確実にできる。
シャーロットが捜査をする下準備は整った。
ちなみに。
「その記録帳簿の魔術、事件が起きたときは動いていなかったのか?」
「動いているとも。ただ、いちいち細かく記帳をしていると帳簿がいくらあっても足りんのだ。だから本当に必要最低限で大雑把なことしか記録されていない」
「じゃあ、誰々がそのときこんなことをしていたから犯人ってのはわかんないのか」
「そうだな……精々、立っていたとか座っていたとかがわかる程度だ」
とのこと。
……事件解決のためになにをしたら良くて、なにをしたら駄目かも分からない。全員が可能な限り責任を負いたくないと思っている。
その中で、信頼はさておき、調査役を買って出たシャーロットに否を唱える人はいなかった。
監視役にリーティアを据え、事件発生からわずか30分程度で捜査が開始された。
同時に、シャーロットとターレスの売り言葉に買い言葉で始まったような調査だが、これは俺とシャーロットにとっても大切なことに気がついた。
犯人がわからず、事件が解決されないまま次の目的地にたどり着いた場合、カリステリア家はこの事件のことを公表せざるを得ないだろう。犯人も方法も不明だが従業員が不審死を遂げたこと、それに関わっていそうな第四車両に乗っていた人間の公開は必ず行うはずだ。
そうなれば、せっかくあの塔から連れ出し、3ヶ月も潜伏期間を用意した上でこの列車に乗った意味がなくなってしまう。シャーロットの生家に居場所が伝わり、そして俺の容姿すら掴まれてしまうだろう。逃避行の難易度が上がる、どころの話ではない。
俺たちに残された道は少ない。その中で、事件解決をし、俺たちの名前を明かさないように交渉をする、というのが一番確実性が高い安全策になるはず。
それをわかっているのかいないのか、シャーロットが得意げに、言う。
「さて、まずは現場検証からいこうじゃないか。アーサー、リーティア氏、二人もしっかり見ていてくれたまえよ?」
おう、ちゃんと見てるよ。お前がやらかさないようにな。
というのは声に出さず、しかしリーティアと視線を交わし、同じ気持ちであることを確認する。万が一にも現場の破壊をしないようにと気を配りつつ、シャーロットの動向を見守る。
「む、確認はしたが、やはり絨毯の一部以外に火の被害は無いようだな。不自然なほどに彼が立っていた場所の床が靴の形に焦げている」
「形がクッキリすぎていっそ鮮やかなくらいだな……」
アルベールが炎上し始めた時に立っていたのだろう場所と、最後に立っていた場所。己の炎上に気がついた瞬間と事切れる直前の、長く足の位置が変わらなかった瞬間の足跡だけが焦げの形で残っている。
わずかに焦げてチリチリとしている場所こそあるものの、それ以外で火の影響を感じられそうな場所はどれだけ探しても存在しない。料理などが載っていた机は丈夫なものを使っていたようで、表面の塗料にすら焦げや崩れは存在していなかった。もちろん、その上に乗っている皿や小壺状の燭台にも影響は見えない。
アルベールのすぐ隣にあったワゴンにこそ僅かに炎の影響が見えるが、微かな焦げや変色がある程度で、変わらずそこに鎮座している。
鎮火の後に残っているのは従業員の制服の燃え端が僅かのみ。シャツの大半は燃え尽きたのか存在せず、厚めの生地でできている上着は比較的多くが残っている。
「
「少なくとも俺たちが発見した時はそうだったな」
アルベールと机を挟んで対面、貴賓席。出入り口から最も遠い場所に座っていた。後ろの窓は締め切られており、鍵もかかっている。不審な傷も無く、特に開閉をしてもいなかったのだろう。
そして、アレットが動いた様子や不審な跡は見つけられなかった。アレットは学生であり、そして同時に貴族の一席だ。悠然と、貴族らしい風格と共に悠然と座っていたのだろう。
「アレット氏の家系……バーナード家は確か、カリステリアとは……」
「あまり家のことを言うのもどうかと思うが、仲は良くないな。敵対とまではいかないが、水面下で小競り合いや牽制のやりあいはしている」
リーティアが、ただの事実を述べているだけ、と示すように淡々と告げる。
リーティアの家、カリステリアは魔導列車の開発と運営をしている。だが、それは三代前の当主が開発したものであり、今の地位に至ったのは随分と最近だ。それほどに魔術師専用の移動手段の価値が高かったとも言える。
それまでただの貴族の一家でしかなかったのに、わずか一代で魔術師全てが影響を受けるほどの力を手に入れ成り上がった。そのことを良く思わない家は数多くあり、必要な時は利用こそしても裏では名のある貴族と認めていない家系も多い。
バーナードもそんな中の一つだ。防護魔法の大家として旧代から名を上げ、今なお護衛などで重用されるバーナードからしたら、移動にも護衛の一環でも使われる成り上がり貴族は面白くないだろう。
だが。
「従業員一人をわざわざ殺してまで嫌がらせをするとは思えないし、するメリットも無い……はずだ」
「んーむむむ」
もちろん憶測だけではわからない。
ただ、とりあえず言えるのは。
「アレット嬢のいた位置より後ろに影響は全く見られず、それが炎上した魔法によるものか、アレット氏の防護魔法によるものなのかは不明、と」
「なにもわかっていないのと同じじゃねぇかよ……」
「いや? そんなことはないぞ」
むふん、と得意げに薄い胸を張り、腰に手を当ててふんぞり返る。
「さっきも言ったが、生きている人間を炎上させるのは並大抵のことじゃない。魔術にせよ化学にせよ相応の準備と仕込みがあってようやく成り立つかどうかだろう。そして、この焦げた足跡……これは引火によるものだ」
「引火?」
「そうだ。被害者が炎上し、温度によって靴に引火。いや、温度によって火が出たのだから出火と言う方が正しいかもしれないな。ともかく、その熱や火によって絨毯が焦げた。つまり炎上していたのは被害者本人だ」
「……なるほど?」
言いたいことがよくわからない。焼死したのだから燃えているのは被害者だ。
「わからないか? 普通に考えて、焼死体の服でも装飾でもなく人体そのものが最初に炎上したというのはおかしいだろう」
「……あっ」
魔術を介在させずに人を燃やすなら、たとえば
反対に魔術で炎上させる場合、大抵は炎弾をぶつけるか、炎を発生させる術の照準に相手を固定して、体か服が炎上するまで攻撃を続ければいい。
なのに、この現場にそのどちらもが用いられた形跡がない。普通に考えて、先に服や周囲などの他の燃えやすいものが燃えて、その熱などのせいでようやく人体に引火するというプロセスを辿るはずなのに、制服の燃え端が残っているうえに靴が後から出火した形跡がある──。
「アーサー、もしかするとこれは、私の超得意分野かもしれないぞ」
「得意分野……?」
気になって質問を挟むリーティアと、イタズラを思いついた子供のようにニンマリと頬を歪めるシャーロットの対比に心が痛い。主が得意げな顔をするときは、ついでに突拍子もないことを言うということを俺はよく知っている。
シャーロットが胸を張り、リーティアの方を振り返って宣言した。
「犯人が使った魔術がかなり絞れたぞ」
「本当ですか⁉︎」
「うむ。魔道具などによる特殊魔術か、もしくは──呪術だ」
「呪術?」
火をぶつけるというわかりやすい暴力ではなく、攻撃対象を的確に狙う害し方。他に影響をもたらさず、的確に
すなわち、シャーロットの得意分野。呪術系の家出身、しかも魔眼所持者として知識を叩き込まれ、古今東西の呪術を網羅するシャーロットにとってあまりにも得意な系統。
「アルベール氏は何者かによって呪い殺されたのだ。それも、明確な憎悪を持って」
数多ある呪いの中でも、人を直接炎上させるものはほとんどない。神話伝承の中に神の御業としてあるくらいがせいぜいだろう。
それが、たった今目の前で、間違いなく人の手によって成されている──。
「面白いじゃないか、なぁアーサー?」
頼む、好奇心で動かないでくれ。
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