1−2 2日と12時間
その後、どうなったのかは言うまでもない。
一時発見者であり、一番の容疑者。同室にいた貴族の学生……アレット・バナードと名乗るその人はその場で拘束。どうしてこんなことをしたのかという尋問をすることになった。
の、だが。
「まて、その女が瞬時にあの火力をあれだけの時間出すには相応に準備が必要なはずだ。しかもそれだけの大規模な攻撃魔術を使ったにしては、部屋には影響が無さすぎる。それに、仮にも魔術師専用の列車の従業員が無抵抗で殺されることなどあり得るか?」
というシャーロットの一言で振出しに戻った。
悲鳴をあげる演技をすることなんかは誰だってできる。ただ、魔術の心得がある人間を、今確認できる範囲では事前準備も無しに炎上させた。部屋も自分も、床や絨毯すらほとんど傷つけず、アルベールだけを。
あまりにも有り得ない。
「じゃあ、アルベールが自然に人体発火したとでも?」
「それこそ有り得ないだろう。さらに可能性の低い話をしてどうする」
言い返されたリーティアが黙り込む。
実際に有り得ないことが起きているのは分かっているのだ。ただ、それが受け入れられるような原理が思いつかない。魔術に精通していればいるほど理解できないのだ。
「で、では、魔術師ではない者たちの方で話題の化学とやらでは……?」
「その化学を齧ったことがあるが、おおよそ不可能だろうね。魔術であることだけは間違いない」
人体はおおよそ6割が水分でできている。残りの4割のうち半分程度が脂質ではあるものの、全身の細部まで水分が染み渡っている肉体を炎上させるというのは並大抵のことではない。
火の事故や火葬で人体を燃やせるのは、それまでに体が十分な乾燥をしているか、水分を強制的に蒸発させ無理やり発火するほどの温度を長くぶつけているからだ。多少の炎程度で発火することはあり得ないし、それなり以上のレベルの魔術師がそんな仕込みに気が付けないのも、対処できずみすみす殺されるというのもありえない。ましてや、絨毯や調度品がわずかにしか影響を受けないようにすることは不可能と言っていいだろう。
そんな不可能を成し遂げられるのは魔術しかありえない。
どんな魔術を使ったかはわからないが、魔術師による犯行であることだけは確実だった。
……ということを、シャーロットが滔々と語る。
「では誰が、どうやって?」
「そこが問題だ」
方法不明、動機不明。
誰がどんな理由で、どんな方法でアルベールを殺したのか、見当がつかない。
「現状では不明、という他無いな。どうする? 今ここにいる全員……いや、可能性があるという点では差がないな。全従業員と乗客を縛り上げて尋問するか?」
「いえ、そのようなことはできません。カリステリア家にも常識とプライドがあります。無関係な可能性が高い乗客には普通に乗車していただかなくてはなりません。そして、なにが起きたのかを究明し、必要であれば公表をしなくては信用に関わります。そのためにも可能な限り皆様には犯人探しに協力していただきたい。もちろん、保証は後でします」
もしこのまま駅につけば、遅かれ早かれこの事件のことは魔術界に知れ渡る。乗客の前で従業員を炎上させ、その解決も原因特定もできなかった恐怖の魔導列車としてその名を知らしめるだろう。
そうなれば、この列車で地位と財産を築いているカリステリア家は終わりだ。可能な限り知っている人間を最小限に、なおかつ次の目的地につくまでに解決しないといけない。犯人次第ではカリステリアとは無関係、場合によっては広まっても被害者と主張することすらできるだろう。
「3日後の朝には次の目的地に着きます。猶予時間はニ日と十二時間ほどですが、それまでにどうにかしなければいけません。どうか、犯人捜査への協力をお願いしたい……!」
「俺は戻っていいんだよなぁ?」
魔導列車の責任者、リーティアの嘆願の言葉をぶった切って、戦士風の男が大声をあげる。
お互いの名を確認した時に、ターレス、と短く名乗ったその男。背の低い全身を覆うようにガッチリと金属防具を身に纏った姿はいかにも物々しい。黒ずんだ手甲と腰に下げられている十字剣が刺すような威圧感を放っている。
本人の言う通り、ターレスはあくまで騒ぎの音を聞いて来ただけのはず。その言葉に頷こうとしたのだが、リーティアが遮る。
「すみませんがそういうわけにはいきません。ターレス様、あなたはアルベールが担当していた乗客の一人だったはずです」
「……だからなんだってんだ。原理もなにも分かっていないのに、担当の一人だったからって容疑者扱いかよ!」
火が付いた男の舌は止まる事を知らず。
「名乗らせてもらうけどなァ、俺は聖炎教団の幻想狩りだぞ! 燃えたアイツはハーフエルフで気に障ったが仕事はちゃんとしていたから見逃してやったんだよ! だいたい、アイツが担当していたやつが容疑者ってんならこの車両にいるやつ全員そうじゃねぇか!」
聖炎教団。
炎崇拝の宗教から派生し、魔術や幻想といった「非現実的要素」の撲滅を掲げている教団の名前だ。自分たちの崇拝する聖なる炎で世界を浄化する、というのが第一義にある。
当然だが、ターレスも含めて魔術を使える人間しかその教団にはいない。教団に入っていない魔術師を撲滅した上で己たちも同じ火の中で燃えるつもりだ、という思想も掲げているらしいが、実際のところはどうかわからない。
その聖炎教団に存在している者は、基本的に持っている武器を使う。その補助として魔術を使うことは、自分達の場合は是としているらしい。正直、関わり合いたくないというのが本音だった。
ターレスの場合は、手甲と剣が武器なのだろう。年季や使い込みを感じる。
真偽はどうであれ、発言自体には筋が通っている。本当にターレスが聖炎教団なのだとしたら、まかり間違っても呪いなんて手段はとらない。己の掲げる武器を用いて正面から殺したはずだ。
周囲が納得した雰囲気が伝わったのだろう。勝手に出口に向かいながら、捨て台詞のように言葉を吐き捨てていく。
「せいぜい頑張って犯人探ししてくれや。容疑者じゃない俺の飯は間違っても遅れさせるんじゃねぇぞ!」
「む、それは違うぞ。君は容疑者のままだ」
「……あン?」
シャーロットが呼び止める。
明らかに苛ついた様子のターレスがドスの効いた声とともに振り返る。見下ろしながら睨め付け、視線だけで言葉の先を促した。
「今回の件についてわかっているのは、いかなる方法によってか魔術で殺害された青年がいる、ということだけだ。たとえ信条や信仰が武器主体であっても、例えばその武器に対象を炎上させる効果があれば問題ないだろう。完全な犯人が判明するまでは、私を含める魔術師全員が犯人候補であるというの揺らがないと思うが、どうかな?」
「……ほーう?」
ズンズンと近寄ってくるターレスを遮るように前に出る。
俺を挟んで向かい合う二人が威圧的な視線を交わす。
「いうじゃねぇかクソガキ。いいぜ、やってみろよ。おままごとの探偵ごっこくらいには付き合ってやる。……おままごと以上には付き合ってやる気はないがな」
「ふむ。では、推理開示の時には君も忘れず呼ぼう。もちろんその時には特等席を用意してやるさ。……もっとも、君がその時点で殺されていたらどうしようもないがね」
なんせ犯人不明だ、と笑う。
挑戦的な言葉に楽しそうな笑顔を見せ、今度こそ足音と防具を鳴らして去っていった。
2人のやり取りを聞いていたのだろう。シャーロットを除く全員が期待と不安を混ぜたような目でこちらを見ている。
「ではまず現場検証、そして聞き込みだ。協力してもらうぞ? 無論、拒否権なしで」
目元をいかにも楽しそうに歪めながらそう言う主に、ため息しか出ないのであった。
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