39 悲劇は美しい

 セピアは返事など期待せずに、柊杜少年に語り掛けた。


「私はどうやら君と対等な関係を築くことを期待されたらしい。さしずめ友人になってもらいたいと君の友人たちは託して逝った。

 面妖にもね、私にはそれを叶えたい心地が湧いているのだ。柊杜君自身が拒まない限りはそうしようかとも思う」


 青の少年は踵を返して、風吹く金と銀の砂漠を歩き始めた。

 セピアものそりと追従する。


「だがどうしても譲れない存在がある。カネ少年だ。カネ少年の身の安全が保証されていないと、私は君の友人役を上手くはやれないだろう。

 彼が私の中の全てにおいて優先されるものだから、そこは仕方がないと諦めてくれたまえ」


「……君がカネという子供にこだわるのは、どうも奇妙だな」


「私がカネ少年に拘るのは、彼が可哀想だからだ」


 青い少年の眉がぴくりと跳ねた。だが少年は強情な気配を滲ませたまま無表情を保ち、ひたすら前を見て歩いた。


「先程私は話したね。悲劇は美しい。無常で、理不尽で、可哀想で、憐れなほどに人を惹きつける力がある。被害者や犠牲者の物語は耳に心地良いものだ。

 人の不幸は蜜の味だが、自分を不幸がるのはもっともっと甘美だ。

 人は物語に感情移入するものだ。物語の中では気兼ねなく自分を甘やかし労わることができる。つまり作り手は、そうするに足る理由付けと舞台を用意してやらなければならない」


 セピアは柊杜が聞いていようがいまいが構わなかった。


「カネ少年はその条件に打ってつけだった。人の多くは自分には非がないと思いたいものだ。同時に罪悪感を抱えて生きているものだ。

 カネは不幸にして生まれた子なのだろう。何も悪くないのに、搾取され壊されて犠牲になってきたのだろう。

 だが周囲に敵意を向けながら己の不幸を呪わなかった。必ず純粋な眼で他者を見定め、平等に心を開くことを選択できた。擦れていないのだ。

 だから強く気高い。彼自身に悪意はないから純真無垢な本質を損なわない。

 物語として描き出した時に誰もが憧れる魂の色をしていると確信した。きっと多くの人が彼になりたがるだろう。

 私は彼を描きたい。彼の不幸に寄り添い、彼を不幸にして、上手く描いてやりたい。描けたらきっと自分の不幸話に酔いしれるより甘美だろうから。その欲望を私は叶える」


 砂漠を吹く黄金の風が強くなってきた。

 砂嵐に見舞われる男の陰気な目が、砂漠を通り越した先に望みを見出したように暗く光った。


 数十分前に千晶の作戦会議を抜け出した時、セピアはサーカステントに解決のきっかけが――例えば渇色世界からの脱出方法が見つかるかもしれないと期待して来た。


 しかし実際は収穫がほぼなかった。反対に絶望する要素が増えただけのような気もした。


 魂の一部と言える『尊』という少年人格を一人喪うしない、テントの外に出ても元のセピアたちの暮らしていた世界には帰れないことだけが判明した。


 結局は安全性を確かめることもままならず、人間たちが避難生活を送り始めた学校に蜻蛉返とんぼがえりするしかない。


 さて、どうしたものだろう。

 ――ともかく今はカネ少年に会いたかった。会って無事を確かめたかった。






〈4章完〉



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