38 人間は人間が死んだ時、弔うのだよ
柊杜は不可解そうに眉間に眉を寄せた。
「それが事実である根拠は? 薬の種類を特定したから君は今の推理を思いついたのか?」
「いいや? 推理などなんと面妖な」
柊杜が目を白黒させ、益々怪訝な視線をセピアに向けた。
セピアは悪びれもせず手のひらをくるりと開いて見せた。
「柊杜君。私は最初から君に告げていたろう。これは単なる都合の良い解釈だと」
その意味を浸透させた直後、青い髪の少年は失望した顔を俯かせ、静かに口を引き結んだ。
少年の目線がきろりきろり、と洞窟の底を這っていた。
わざとではないのだが、吸骨種の少年が人間を理解できたと思った拍子に、セピアは少年の理解の梯子を外してしまったらしい。酷いことをしてしまった。
少年の全身から理解できぬことに衝突した虚しさが、ひしひしと伝わってきた。
生まれた時から思いやりを放棄しているセピアは今度は事実だけを突き付けた。
「彼らはこうして死んでいる。君がその手で殺し、死体になった。その意思は影として死体から抜け出し『骨の幽霊』になって数か月異世界を彷徨った後に、つい先程消滅してしまった。
彼らは君と友達になりたかったが叶わなかった。君は彼らと分かり合いたかったが叶わなかった。
そうなのではないかね?」
「…………」
「彼らの死がせめて情に溢れ、思いやりに満ちて、僅かなりとも報われていて欲しいと願うのは生きる者の特権だ。
死者は物を言わないから勝手な解釈にもまあまあ寛容だ。
死者は美しい。その人生が悲壮であればあるほど美談になる。彼らが良い例だ」
柊杜の表情に不機嫌さが混じった。
だが少年自身も何故己が胸を悪くしたのか説明がつかないようで、同時に戸惑う表情を滲ませた。
セピアは静かに柔らかく問い掛けた。
「君は、数か月前彼らを殺した後、骨の幽霊となった彼らをどうしたのかね?」
「それは、記憶はあまり上手く操作できなかったけど、二人が『行くところがない』と言ったから俺が普段生活している食品加工の工場に連れて行った」
柊杜は素直に記憶を呼び起こそうとしているらしい。
「そこで彼らをどうした?」
「どうもしない。彼らは俺と一緒に仕事をやり始めた。別に強制したわけじゃなかったけど勝手にし始めたんだ。
他の吸骨種たちなら人間に擬態して学校に通っているんだろうが、俺は出来損ないだから。結美たちと違って、ガッコウも、ビョウインも、ケイサツも、トショカンも行ったことがないんだ。
いつも骨の幽霊に混じって工場で骨の幽霊の餌を作る仕事をさせられてる」
「ふむ、そこに眠る二人とはどんな話を?」
「……色んな話を。二人は人間で、吸骨種の事情に詳しくないから、俺のことを『普通の人間と変わらないんだね』と言った。人間を喰って生きる俺を怖がらなかった。骨吸いの能力が足らない俺を出来損ないだと蔑まなかった」
それ以上聞くのは無粋だと流石にセピアでも気付いた。
「一つ、覚えておくと良い。人間は人間が死んだ時、
「弔う……」
砂地に穴を掘り始めたセピアに倣って、柊杜が見様見真似で同じように掘り始めた。
そのうち少年は面倒になったのか「〈
三メートルほど掘った洞窟の奥底に、少年少女の遺体を寝かせた。
彼らにゆっくり砂を振り掛けて穴を埋めた。土葬だ。
全身を砂埃塗れにした柊杜少年を、セピアは盗み見るように見下ろした。
セピアはそっと風に紛れるくらいの囁きで、
「きっと人間は悼む者がいる生を限りなく美しいと感じるのだろうね。君が死した彼らを想うなら、彼らは君の替えの効く餌ではなく、友達だったのだろう」
柊杜は何処か覚束ない手付きで砂を払い、不安そうに青い瞳を潤ませた。だが、固く口を引き結んだままだった。
セピアは内心で自分に対して失笑した。
これほど似合わない言葉を発してしまったのは、どうやら骨の幽霊の少年少女が託した言葉を真に受けてしまったかららしい。
――あなたは吸骨種たちと対等な関係を築いて欲しい。
――あなたが柊杜を救ってくれなければ僕たちが救われないんです。
対等な関係。それが可能なのか検討もつかない。必要性も分からない。セピアの目的を鑑みれば、優先度は低い気がする。
だが幼い真摯な死者の訴えに影響されないほど心が乾いてはいなかった。
だから結果的に柊杜を気に掛けるようにセピアが振る舞ってしまったのは、仕方なかっただろう。
セピアの
だが人生全体のことを言えば、その目的は最初から変わらない。
カネ少年のために歌を作り、彼が舞台でそれを歌うこと。
その目的の根底にはどす黒い渇望が眠っていた。
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