34 骨の幽霊は吸骨種たちの栄養源、という話

「きっとこれをジレンマと言うんだな。死に方を選んで地獄を彷徨うか、生き様を選べず天国に堕ちるか。

 俺は君が手遅れなことを知っていた。天国を選ばせてやれるかもしれないと思った。だから穏やかで早急な死を与えようと『骨吸い』をした。だけど失敗した」


 青髪の少年――柊杜は淡々とセピアに説明した。 


 それは最終的に、先程セピアが透明な少年少女に対して向けた「君たちは何者かね?」という問いに対する答えに着地した。





 十五年前、この異世界が出来たばかりの頃、最も早く誕生した吸骨種が魔女だった。


 魔女は人間世界に存在する人々を渇色世界に転送する方法を編み出した。


 人間の骨を取り出して、骨と肉体を分離させる。軽くなったそれらを渇色世界に連れてきてから、こちらの世界で再び繋ぎ合わせて完璧に再現したのだ。その方法が「骨抜き」。

 体から抜いた骨は持ち運びに便利なように細かく砕いて、瓶に詰める。その骨砂の瓶はセピアも一度目撃している。


 これらの技術は主に魔女が人体実験を繰り返すことで発見し、人体実験が非人道的に見境なく行われるほど高精度になっていった。魔女一人に他の吸骨種六人が生かされているようなものだ。


 吸骨種は骨食性。人間の骨を吸い出し食べる。それを「骨吸い」と呼ぶ。

 けれど一体の人間から一度しか骨吸いできないのは非効率だと、次々生み出される死体を前に魔女は思った。


 ――魂だけになった幽霊からも骨が吸い出せれば半永久的に骨吸いできるわね。


 そうして人間の死体から複写され、人間の骨と肉体を再現された存在が「骨の幽霊」だった。


 骨の幽霊というのは、影のようなもの。光があれば必ず影ができる。

 影を持たない存在はないが、なくなっても実生活には困らない。実体があるような、ないような。影は本体の動きで形を変えるが、影を踏みつけたって本体は痛くも痒くもない。

 骨の幽霊というのもそれに近いものだった。


 やがて魔女は増えゆく骨の幽霊たちに囲まれながら孤独に身を焼く他の吸骨種たちを見て、同胞の救い方はないものかと考えた。

 渇色世界を彷徨う骨の幽霊たちに役割を与えた。


 ――あの子たちの家族や友人になってあげなさい。


 役柄を与えられ、その役名に沿うような記憶を刷り込むために洗脳され、あたかも最初から吸骨種と親しい仲だったように振る舞う骨の幽霊たち。


 魔女は彼らを「疑似家族」と呼んだ。

 吸骨種にとっての疑似家族とは、魔女が創り出した家族のことだった。


 家族は全員、骨の幽霊だ。洗脳された人間の魂だ。

 大抵の吸骨種は家族が単なる幻影と知っていても、それでもその幻影を大切に想って、人間に擬態して生活する。

 骨の幽霊たちに与えられた設定を守るように、親や友人や先生や恋人として接する。永遠に続く家族ごっこだ。


 だが同時に吸骨種にとっての家族は自分の餌。

 吸骨種たちは一度襲った人間が「骨の幽霊」となった後も骨吸いを続けることで栄養を摂取する。


 人間は異世界人であり、家族であり、食べ物だ。

 奇妙だがこれが渇色世界の当たり前の営みだ。





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