35 吸骨種は骨吸いした人間を洗脳できる、という話
「この二人は」
と柊杜が口を開いた。
彼が指すのはセピアを心配そうに覗き込んでいる骨の幽霊の少年少女のことだろう。
「この二人はかつて俺が骨吸いし、『骨の幽霊』にした。本来なら彼らの人間界での記憶は曖昧になり、元々俺の家族であったように書き換えられて『餌』として――『骨の幽霊』として半永久的に生きるようになる。
だが俺は吸骨種として出来損ないだから上手く記憶を操作できなかった」
「ふ、む……。君に骨を吸われた私はどうして、君の言う『骨の幽霊』とやらにならずに、このように無事に生きているのだろう?」
「君はおそらく特別な存在だ。普通は人間の精神に魂は一つ。だが君の中には幾つもの魂がある。
本来なら骨吸いされれば人間としては死に、吸骨種の餌としてしか生きられなくなるのに、君の場合は人格の一つが肉体から切り離されただけらしい」
サーカスでの惨劇が始まる直前に出会った、団長の姿を借りて現れた吸骨種の「魔女」の言葉を思い出す。
――会えて嬉しいわ、セピア。ふふ、君から一体何人分の骨が採集できるか今から楽しみよ。
――ああ、そう。君は自分が特別な状態にある自覚がないのね。
それはこういう話なのだろうか。こういう話だとしてそれが何の役に立つのか。
青髪の柊杜がセピアに尋ねた。
「もし……もし君が全ての魂を切り離し、それぞれ七人の吸骨種に差し出せば吸骨種たちは飢えることなく生きられて、これ以上人間を襲わずにいられるとしたら、君はどうする?」
「……そうか、そうかね。私が魂を――人格たちを切り離し吸骨種に差し出せば君たちはこれ以上危害を加えない、という理解で良いようだね。その場合は学校に現在避難している人間はどういった処遇になるのかね?」
「どうもしない。処遇も君たちに残された寿命も変わらない。君たちは約ひと月で死ぬ」
彼は眉一つ動かさず淡々と告げた。
「だけど、君たちで最後にすると誓う。君たちが最後の犠牲だ。
君の魂を交渉条件に、これ以上人間を襲わないよう、魔女や隊長やその他の吸骨種を説得できる。
俺たちはこれ以上人間を襲う必要がなくなり、骨の幽霊という半端で憐れな存在を増やさずに済む」
セピアは醒めた心地で瞼を閉じた。
柊杜から「半端で憐れ」と評された骨の幽霊たちは懸命に首を横に振った。それは柊杜の言葉の否定だ。
幽霊の少年少女はセピアに縋りついた。
「柊杜の言うことを聞かないで欲しいんだ」と少女が懇願した。
「僕たちは、あなたに魂を差し出したりなんかして欲しくないんです」と少年が吐露した。
「あなたは吸骨種たちと対等な関係を築いて欲しい」
「骨の幽霊にはならないで欲しいんです」
「僕らの言い分が一方的なのは分かってる」
「でもあなたが柊杜を救ってくれなければ僕たちが救われないんです」
「吸骨種には家族を作る習性がある。骨吸いして、人間を誘惑して過去を忘れさせ、元々から吸骨種の家族だったと思い込ませる能力がある」
「骨の幽霊になることは吸骨種の奴隷になることでもあります」
「けど、柊杜はその洗脳の力が弱い。人間という生物に関心があっても、人の心に興味がないから」
「疑似家族の設定を上手く組めない不器用っぷりです」
「僕らがここまではっきりと人間だった思い出や自我を残しているのは、僕らを殺した相手が柊杜だったから」
「でももう限界が近いんです」
「僕らは影であり、幽霊だ」
「実体がないし、本物の肉体は既に朽ちています」
「吸骨種に骨を吸われるだけの家畜だ」
「本体はもうこの世のどこにも――人間世界にも渇色世界にも残っていません。きっと残っていないと信じてから諦めがついたんです」
「後悔があった。未練もあった。人間であった頃にやりたいことが山ほど残ってた」
「僕も彼女も、好きな人と手を握って歩く夢を叶えられませんでした」
「けど希望が残ってる」
「あなたです、セピアさん。僕たちは願いを込めてあなたに託します」
「勝手かな? でも死に際くらい勝手で図々しくても許して欲しい」
「あなたは僕たちのようにならないで下さい。勝手ですがそう願っています」
何やら録音機から発せられる声のように乾いていた。
徐々に少女と少年の声が混ざり合い、どちらがどちらか分からなくなる。もしくは区別する必要すらないのかもしれない。
彼らは完全に思考をシンクロさせていて、全く同じ主張を永延と繰り返していた。
「僕らではなかったけれど、柊杜が独りきりにならなそうで良かった」
最後にツインテールの少女がそう言ったきり、幽霊の少年少女の二人は姿を消した。
音も立てず、痕跡も残さず、氷のように溶けたあとに水溜まりを残すことはなく、光ったり煙を出したりもせず、ただ存在が消えてしまった。
広く遠くまで見渡せるその図書館のような高速道路の路上のような場所で、瞬きをしたら、その一瞬の間でいなくなっていた。
セピアは柊杜の顔を見た。
彼は迷子の子供のように立ち尽くしていた。迷子だが泣き喚いたりできず途方に暮れているような。
ただの十二歳の少年に見えた。
セピアは地面に規則正しくパズルのように並べられた本を一冊、開いた。
最後の頁までパラパラとめくっていき、狙い通りというか直感通りに見つけた。
この渇色世界の、地下へと続く階段だ。
階段は長く深く遠く続いていて、下のほうは暗がりで終わりが見えない。
「柊杜君と言ったね、来たまえ……」
柊杜にある種の淡い憐れみを覚えて、思わず声を掛けていた。
セピアは柊杜を伴って、下へと歩み出した。階段をかたん、かたん、と降りていく。
ついさっき自分の首の骨を折り、自分の中の人格を一人殺した相手に対して、静かな受容の心地があった。
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