殺「愛」鬼
目を覚まして始めに思ったことは、消毒薬の匂いがするな、だった。
そして、看護師らしい人を見て始めに思ったことは、
殺したい。
殺しちゃだめ。
そんな、相反する感情だった。
色々な人が入れ替わり立ち替わりやってきて、検査とかに連れ出されて、やっと落ち着いたと思ったら、今は何が楽しいのか優しげに笑う女の人がベッドの横に座っている。ああ、殺したい。(殺しちゃだめ。)
「初めまして。わたしは○○○○って、言います。カウンセラーです。あなたが話したことは誰にも言わないし、外に伝えられることはありません。だから、安心して話してくださいね。」
「・・・はぁ。」
「今日はいい天気ですね。」
「そうなんですか。」
「病院生活はどう? 不便なこととかない?」
「特には。」
「不便なことはないのね! よかった~~!」
・・・誰だろうこの人。というか、なんだろう。何だかすごく、気持ち悪い、と思った。殺したい。(殺しちゃだめ!)
でも、この人は初めて明確に私と話をしに来た人だ。何か事情を知っているかもしれない。殺したい。(殺しちゃだめ。)
「あの、1つ聞きたいことがあるんですが。」
「何ですか?」
「何で私は入院しているんですか。」
カウンセラーだと名乗った女の人の顔が、一瞬だけ固まった。それから、優しく言い含めるように言う。
「あなたは、その、頭に大きな怪我をしたの。高いところから落ちて・・・。お医者様は、目を覚ましたことが奇跡だと仰っていたわ。」
「そうですか。」
何故落ちたのかは話さない。原因は言いにくいこと・・・誰かに突き落とされたとか、自分で落ちたとかだろう。
「一応、お医者さんを呼んでもらえませんか。」
「どうしたの? まだ頭が痛いの?」
「いえ、そういう訳ではないです。単純に記憶が失くなっているようなので、一応お医者さんに言った方がいいかな、と思っただけです。」
今度こそ本当にカウンセラーだとかいう人は驚いた様子で「ちょ、ちょっと待っててね!」と言ってどこかに走っていった。あぁ、殺したい殺したい(殺しちゃだめ)殺したい。
カウンセラーだとかいう人がお医者さんを連れて戻ってきて、また検査検査のオンパレードになったので、言わなきゃよかったとちょっと本気で後悔したけれど。
お医者さん曰く、私の記憶の欠落は脳への強い衝撃が原因だろうとのこと。また私が忘れているのは自分のことなど、人間に関することに限られていることがわかった。
親だという人がやって来て、無事でよかったなんて涙を流していたけれど、私の視線はその2人の人間の喉に釘付けになっていた。
ああ、殺したい。でも、殺せそうなものが全く置いていない。病院には花瓶とかそういうものがあると思っていたのだけど、案外そうでもないらしい。
ああ、殺したい。掛け布団で首を締めるのはどうだろう。いや、ダメだ。隙が大きいし時間もかかりそうだ。
ああ、殺したい。この手に刃物があったのならば、今すぐ目の前のこの人間を殺せたのに。
「どうしたの、───ちゃん。」
「・・・・・・・・・ごめんなさい。やっぱり覚えていません。」
「そうか・・・残念だ。」
男の方は、全く残念そうに見えなかった。残念そうというよりは・・・安心している?
それに、どちらの目にも微かながらも確かな恐怖があった。
この人たちは、信用しない方が良さそうだな、と思った。
頭が痛くなったと嘘を付き、親を名乗る人たちには帰ってもらった。その後看護師さんを捕まえて、「あの人たちのためにも、早く思い出したいんです。私のことを教えてください!」と訴えた。
まあ、半分嘘っぱちだけど。
そして分かったこと。
1、私は─────という名前であること。
2、私の年齢は16歳であること。
3、私は△△という高校に通っていたということ。
4、私は、「殺人遺伝子」とかいうものを持っていること。
「殺人遺伝子」についての知識はある。この遺伝子を持っている人は、普通の人に比べて殺人を犯す確率が異常に高いとかいうものだ。
私がずっと感じている、この周りの人間全てを殺したい(殺しちゃだめ)という殺意(への嫌悪感)もそれに由来するものなのだろうか。
その日から、病院内を散策するという名目であちこち歩き回って、殺せるような道具と情報を集めて回ることにした。
でも、それは難航した。何故なら、私にぴったりと看護師さんがくっついていたからだ。
殺人遺伝子とやらを持っている私が、誰かを殺さないようにするための監視なのだろう。ああ、殺したい!
しばらく鬱々とした日々を過ごしていた私だが、ある日転機が訪れた。私の病室に、だ。
一般的に見て、なかなかカッコいい部類に分類される男の子だった。何でも私のクラスメイトだそうで、救急車を呼んだのも彼だという。
「初めまして、かな? 記憶、喪ってるんだろう?」
「ええ。あなたのことも、覚えていない。」
「逆に僕のことだけ覚えてたら奇跡だよね。感極まって告白しそうだ。」
「どうしてそこで告白まで飛ぶの・・・?」
「だって僕、君のこと好きだからね。」
あんまりあっさり言うものだから、冗談だと思った。でも、この人の目には嘘がないように思った。
だから、私はこの人を信じることにした。
看護師さんに頼み込み、部屋に2人だけにしてもらう。私は、彼に頼んだ。
あなたの知る私を教えてほしい、と。大人たちが話してくれない、以前の私を教えてほしい、と。
彼は笑って、いいよ、と言ってくれた。
あまり長く話し込んでいると大人たちに怪しまれるから、話したのはほんの少し。でも、彼は私の知りたいことを教えてくれた。
彼がまた来るよ、と帰った後で、お医者さんに彼に聞いた「私」を元に曖昧なことを言い、彼と話していると何か思い出せそうになった、と言った。
そのお陰か、大人たちは私たちが2人きりで話し込むのを黙認してくれるようになった。
彼からは私の殺したかったものや、どうして私が怪我をしたのか、「殺人鬼」とはどんなものか、自分は何を殺したいのかなどを教えてもらった。
「僕たち殺人鬼の殺したいものってさ、それまで歩んできた人生で決まるって言われてるんだ。君は、人間と関わった記憶のみを喪ったからかな。どうも、
「じゃあ、今の私は好きじゃない?」
「今の君も好きだ。愛してる。」
恥ずかしげもなく言えるのって、ある種の才能だと思った。
「じゃあ今もあなたは、私を殺したいの?」
「もちろんさ。」
何の臆面もなく言えるから、やっぱり彼は殺人鬼なのだと思った。
「君はどうかな。君は変わった。それでも、君は自分を殺したいと思う? それとも君は、僕を殺したいとおもってくれるの?」
手に何か細いものが握らされる。見れば、安っぽいプラスチックの蓋に鋭い刃を隠した、華奢なアートナイフ。
妙に手に馴染むそれの蓋を取って、彼の首に突きつけた。
ああ、殺したい。殺したい。殺したい(殺しちゃだめ)。殺したい?
「殺したい・・・殺しちゃだめ。他の人を、殺しちゃだめ。他の人を殺すぐらいなら─────私を。」
「私は、やっぱり私を殺したい。」
「私はあなたを、殺したいとは想ってあげれない。」
ごめんね、と言えば、彼は笑った。
「じゃあ、僕に君を殺させてよ。」
それも嫌かな、と言っても、彼は笑っていた。
「じゃあ、一緒に殺そう。君を。僕と、2人で。」
それならいいよ、と私は言った。
彼は、そう言うと思った、とやっぱり笑っていた。
2人で華奢なアートナイフを握って、私の首に触れさせる。刃の冷たさが、彼の手の暖かさが、酷く心地よかった。
「愛してるよ─────殺したいほど。」
「ごめんね──────殺したいと、想えなくて。」
初めてのキスは、錆びた鉄の味がした。
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