殺人鬼
夢現
殺「自」鬼
人間には、「殺人遺伝子」なるものがあるらしい。
これを持っている人は、人を殺す確率が異様に高いのだとか。
実を言うと、私もそれを持っている。幼児検診でそれが分かってからというもの、小学校から高校まで週に一度別室で「特別授業」を受けてきた。
「お仲間」は案外多くて、丁度1クラス分ぐらいの人数がいた。中には学校の中で人気者だったりする子もいて、そんな子たちと私が机を並べて「授業」を受けているのは何だか不思議な気分だった。
「ねえ、君は何かを殺したいとか思ったことないの?」
僕はあるよ、と隣の席の男の子が言う。
蝶々や、蜘蛛や、子猫や、子供や、好きになった女の子。
「僕は僕の可愛いと思ったものを殺したくなるみたいなんだ。」
今もそうなの、と私は聞いてみる。
当然のように、うん、と笑い返してきた。
「この『授業』って、正直言ってナンセンスだよね。僕は小学校からずっとこの『授業』を受けてきたけど今でも可愛いと思ったものは殺したくなるし、そもそも僕は検診で引っ掛からなかったらこんな欲望、自覚しなかったのに。」
それだったら、自覚しないまま殺していたんじゃないの、と言ってみた。
隣の席の男の子は目をぱちくりさせて、そうかもね、とまた笑った。
「で、君は何を殺したいと思うの?」
私は言った。私の殺したいものを。
その言葉は、センセイがやって来て、戸をがらりと開けた音に紛れてしまったけれど。隣の席の男の子にはしっかり届いたようだった。
「君も、難儀だね。」
うん、と私は言った。今度は、私も笑った。
数ヶ月後、私は週1の小テストで4回連続0点を取って、センセイに廊下に呼び出されて怒られていた。
ポケットの中には、中学校の美術の授業で一目惚れしたアートナイフ。華奢で、切れ味がよくて、お気に入り。
私はそれの蓋を緩めて、嵌めてを繰り返す。
「お前、点数やばいんだぞ。それを分かっているのか。お前はどうしてそんな点数を取ると思ってるんだ。原因はなんだと思うんだ。」
勉強しなかった私のせいです。と答える。こう答えたら、どうせ、次は。
「ならどうして勉強しなかったんだ。悪い点数取ると分かっていたんだろう。」
わかりません、と答える。答えたい。でももっと怒られるから言わない。お腹の中でぐるぐると言いたいことが回って、目からこぼれた。
「なんで泣くんだ。」
気にしないでください。わかってるから。理解はしてなくてもわかってるから、これ以上何も言わないで。
殺したく、なるから。
アートナイフの蓋を、緩めて、嵌めてを繰り返す。緩めて、嵌めて、緩めて嵌めて、緩めて、嵌めて。
やっと解放されたから、お気に入りの場所に行く。学校の、誰も来ないバルコニー。
ぼんやり景色を眺めていると、またさっきのことを思い出す。こう言ってたらセンセイはどんな反応してたのかな、と考えてたら、また、殺したくなった。
どこを切ろう。
喉とかいいかも。痛いのは一瞬だろう。血が沢山吹き出すと何かの本に書いてあった。
腕とかは? 一度、生の筋繊維を見てみたい。本当に筋繊維の中には筋原繊維があって、赤筋と白筋は本当に色が違うのかとか、見てみたい。
太ももはどうだろうか。太いから中々血は出ないだろうけど、思いっきり深く刺して、血を流しっぱなしにして皆が気付くか実験してみたい。
ふと、バルコニーの壁から身を乗り出して下を覗く。茶色いレンガの、皆が普段歩く場所。
真っ赤な血を、捻れた人体を置いたら、どんな風に見えるのだろう。
皆、悲鳴を上げたりするのだろうか。
「やあ。」
驚いたけど、もう涙は乾いているから振り向くのに躊躇はない。
やあ、と言われたから、やあ、と返事をする。
「楽しいよね、想像は。」
楽しい。でも、辛くなる。と返す。
殺しているときや、殺した後を想像すると、殺したくてたまらなくて、でもその勇気がないから辛くなる。
「君は、嫌なことがあると殺したくなるタイプなんだね。」
そうだよ。嫌なことがあって、嫌いになったら殺したくなるの。どうしてかはわからないけど、私は微笑みながらそう言う。
「悩める君にアドバイスをあげよう。」
どんな? と問う。
「リミットを設定するんだ。君の場合は、『もしもこんなことがあったら殺そう。』ってあらかじめ決めておくとかかな。そうしたら、心構えがある程度出来ているから躊躇わずにすむよ。」
貴方はそうしてるの、と聞く。
彼は、成功してなかったら言ってないよ、と言った。
私は、ふうん、と答えた。
彼がどこかに言ってから、私はリミットを考えてみた。そして、決めた。
次、取り返しのつかないことをしたら殺そう、と。
それからまた更に数ヶ月が経って、私はある教科で単位を落としたことを告げられた。
これは、取り返しのつかないことに該当すると思って、私は荷物を教室に置きっぱなしにしたままあのお気に入りの場所に行く。
途中で「授業」で隣の席に座っていた彼と出会ったから、声をかけた。
殺すことにした。と言う。
「寂しくなるね。また席替えをしなくちゃいけなくなる。」
でも、リミットに到達したから。
「止めないよ。仮に同じことされたらそれこそ苛つくし。」
ありがとう。じゃあ、ばいばい。と私は手を振った。
うん、ばいばい。と彼も手を振り返してくれた。
階段を上る途中、ある本に書いてあったことを思い出した。
その本では自殺を、「自分による、自分の殺人」であると言っていた。
なるほど、その通りだなと思う。
私が私の「殺したい対象」を自覚したのは案外最近だ。でも、絶対にこれは間違いないと確信出来る。
私が殺したいのは、蝶々でも、蜘蛛でも子猫でも子供でも好きな子でもセンセイでも友達でもない。
私が何より誰より嫌いで、殺したいのはこの私。
私は、殺人鬼になることにした。
より正確にいうのなら、殺自鬼に、だろうか。
スマホを付けて、設定で画面消灯をオフにする。
それからメモアプリを開いてあるテキストを打ち込んだ。
「これは私による、私の殺人である」
そうして私は、私を殺人した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます