第12話 桜・クリスマス(6)
それぞれの願いが何だったのかは、話の本筋にはほとんど関係ないのだが、全く関係ないわけでもないので、一応平等に書いておこうと思う。鈴木が後で作ったレポートで確認したので、たぶん正確だ。
まずお金と赤が何より好きな母は、大きなルビーの指輪と真紅のドレス(たくさん持っているのに!)、そして赤いバラの花束。だんだん母が面倒くさいと言いつつ伯爵と別れない理由がわかってきた。ハイ、次。
菜々の願いはもっと立派なものだった。
「地球の温暖化と異常気象を止めて下さい」
「はい?」
伯爵は菜々を見たまま目を細め、動かなくなった。伯爵が大雨や雷や吹雪を巻き起こしたので、どんな気象現象も思いのままと考えたようだが……そこまでの力はない。小さな都市に一時期気象変化を起こすのが精一杯だ。それにそんな地球の大問題まで魔法が解決してしまったら、人類が考え直し進歩するチャンスをなくしてしまうではないか―というのは、伯爵のもったいぶった言い訳だ。
「えーと、じゃあ……」
菜々は母の花束を見て、自分にも花束を、と言った。伯爵は一瞬で菜々に合うオレンジの花束を作り出したが、なぜか皿に山盛りのおだんごも一緒に菜々に渡した。花より団子。確かに菜々は少し食いしん坊だけど。
一人暮らしの老婦人には、人懐こい、かわいい白ネコを。
そして鈴木と白玉は真剣な、悲痛と言ってもいい表情で伯爵につめ寄った。
「お願いです。僕たち幽霊も宇宙人も妖怪も大好きなのに……実はまだ一度も見たことないんです。どうか一度でいいから幽霊か宇宙人か妖怪に会わせてください!」
お気の毒な鈴木と白玉。しかし伯爵はまた目を細くして動きを止めてしまった。
「私は幽霊も宇宙人も苦手なので、そっち方面の友達はいないんだよね。まあ数少ない妖怪の知り合いと言えば、川に棲むアレくらいだけど……しょうがないなあ。じゃあ、その開いている窓の外を見てごらん。空も飛べるから今呼んでみたよ」
え、え、と言いながら鈴木と白玉は急いで窓辺に行き、空を見上げる。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
二人は同時に絶叫した。何かを見たのだと思うが、ちょうど私たちのいる位置からは空が見えにくくなっていて、何を二人が見たのかは、とうとう分からなかった。これについてはなぜか鈴木のレポートにも記載がない。そういえば窓の端に小さく八本くらいの鱗つきのしっぽ―竜のしっぽが見えた気もするが……まさかね。
ちなみに私はもちろん、こづかいの増額を申し入れた。私の今のこづかいではダイヤの一粒も買えないことを知ると、伯爵は気前よく千倍にすると言ったが、母のチェックが入り、結局千円札が一枚増えるだけになった。
千倍のはずだったのに……
そして三日三晩、母の真っ赤な料理をたいらげ、眠そうに大あくびをする母に十年分の冒険談と自慢話を延々話し続けた伯爵―父は、四日目の朝、消えていた。
世界中の人々が自分を待っているから、だそうだ。
「ま、また当分帰ってこないわね」
と、母は祖母が伯爵にもらった大量の羊羹の一つをつまみ、うれしそうに言った。
私と菜々は週末ごとに、あの丘の上の洋館に坂道を登って通い、庭園の掃除を少しずつするようになった。なぜってまあ……受験には体力づくりも重要だからだ。
「ねえ、サリー」
菜々が落葉をかき集めながら言う。
「サリーが学園以外の高校に行きたいのは、うちの高等部に園芸部がないからでしょ。それなら高等部に入学してから、作ればいいんじゃない? 園芸部」
私は伸びすぎた庭木の枝を剪定する手を止めて、菜々を見る。
「二人で?」
菜々はにんまり笑う。
「きっとあと二人、男子が入部するよ」
あの二人組か。私はぼんやり考えた。
多少は役にたつのかな。重い肥料を運ぶとか。
正直なところを言えば……鈴木が謝らなくていいと言ってくれたのは、なんというか……すごく嬉しかったけど。
菜々の言葉は続く。
「高等部の花壇は、まだ土だけの状態なんだって。サリーがどうしても王花学院に行きたいと言うなら一緒に受験するけど、高等部の花壇を、自分たちでこのイングリッシュガーデンのようにできたら、それも素敵だと思わない?」
……むむ。菜々はなぜこんないい提案をするのだろう。心が揺れる。すごく。
館の扉が開いて、白ネコを抱いた老婦人が顔をのぞかせる。
「おいしいパイを焼いたのよ。お茶も入れたから冷めないうちに食べましょう」
私と菜々は顔を見合わせ、急いで老婦人のところへ走って行った。
鈴木のレポートは、東西市に起きた異常気象のその後も記録していた。
連日の暴風雨で住民はストレスがたまり、ついには雪だるまが空から降ってくるなどという幻覚を見た人もいたと報道されたこと。雑草までおかしくなったのか季節外れの猛繁殖を始め、歩道の一部を覆ってしまい、その先にある桜の木には、なんとクリスマスなのに花が咲き始め……これは〈ハナサカの灰〉の一部が風で飛んで、桜の木についてしまったために違いない。
クリスマスイルミネーションの下で満開の桜も楽しめる夕暮れには、大勢の人々が訪れ、珍しいクリスマスプレゼントを楽しんだ。もちろん私も菜々と見に行った。
そしてレポートには最後にもう一つ、別の記事も貼りつけられていた。
クリスマスの朝、国連広場で地球温暖化を止める対策をとるよう、たった一人で抗議の座り込みを続けていた少女の前に、一人の美しい紳士が歩み寄ったのだという。
少女の座り込みは白い花運動と呼ばれていたが、その紳士は何も持たない手に一瞬で白い花束を出現させると少女に手渡した。そして広場を冷やす曇り空に、持っていた雨傘を向けると、あら不思議。
雲に丸い穴が開き、そこから差しこむ光が終日少女を照らして温めた、というのだ。
たまには伯爵の魔法も本当に役に立つ、ということかもしれない。
マンドラゴラリポート @AMI2001
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