第2話 マンドラゴラリポート (2)


 確かにマンドラゴラの処分には、一つ問題があった。

 引き抜くのに、もの凄く力がいるのだ。

 地上に出ている部分を引っ張っただけでは、まず抜けない。無理に抜こうとすれば、悲鳴を上げられて一巻の終わりだ。一般の植物ではない真正マンドラゴラの根は、出すところに出せばかなりの高額で取引されているが、偶然見つけた一般人が、ひと儲けしようと読みかじりの知識で分かったつもりになって引き抜き、結局死んでしまう例が昔から後を絶たない。

 ちなみに死んだ場合、マンドラゴラは逃げてしまうので、原因不明の突然死として処理されているようだ。

 今回見つけた私も、問題さえ解決すれば生け捕ったマンドラゴラを、母に売りつけて小遣い稼ぎをしようとたくらんではいた。私自身は魔女ではなく魔力もないが、家には大量の魔術書と魔術道具がある。しかも今週、祖母と母は魔女会議に出席するため週末まで家にいないので、その間、魔術書も道具も使い放題なのだ。その点、確かに私はただの中学生ではないかもしれない。

 魔術書によれば、マンドラゴラの根を引き抜いたら、専用のボトルに吸い込んで保管すれば安全らしい。いわゆるマンドラゴラボトルだ。探すと本のイラストと同じ真紅のボトルが、なんと居間の花瓶として使われていた。赤いものが大好きな母の仕業だ。

 しかし正しい保管方法は分かっても、根を引き抜くための腕力はどうしようもない。もちろん、私のように腕力のない場合の方法も書かれてはいた。よく知られているのは、犬に引かせて抜くという方法だ。この場合、犬は犠牲になって死ぬ。

 ムリ。犬がかわいそう過ぎる。

 剣を使う方法もある。しかしその剣は母の道具箱からは見つからなかった。だいたい剣で、どうやってマンドラゴラの根を掘り出すのか。

 そんなふうに悩んでいるうちに、二株は花壇を覆う大きさに成長してしまったのだった。大失態だ。でも本音を言えば、マンドラゴラの成長速度も魔術書に書いてほしかった。

 協力はともかく、マンドラゴラの状態を確認するため、放課後また私は仕方なく北花壇を見に行った。誘ってもいないのに、鈴木と白玉も後ろから楽しそうについて来る。

 ところが予想外の事態が起きていた。北花壇の前には、園芸部顧問の藤川先生という女の先生と、教頭先生が並んで立っているではないか!

「ちょうどこの辺りから聞こえたって言うんですよ。朝の、その悲鳴」

 教頭先生のいかにもおじいちゃんな声を聞きながら、私は校舎の陰で顔をしかめた。確かに結構な大声を上げてしまったので、それを誰かが聞いて、近くの先生に伝えたとしても不思議はない。

「それで私はヘビでも出たのかと思って来てみたのですが、ヘビの代わりに、こんな毒々しい巨大植物を発見したわけで……。これは先生の園芸部が植えたものですかね」

 藤川先生は不思議そうに首を傾げた。

「違うと思います。部長の島田は、まだ何を植えるかは決めていないと言っていましたので。先月土を入れ替えたばかりなのに、こんな大きな植物が生えているのは驚きですが、たまたま土の中に何かの種でも混入していたのでしょうか」

 あの珍しいマンドラゴラの種が、たまたま……?

 首をかしげるのは、私の方だった。確かに私は処分に気を取られて、なぜマンドラゴラが生えたのか、あまり考えていなかった。普通の植物マンドラゴラもそうだが、真正マンドラゴラもまた、どこにでも生えるわけではない。昔、処刑場や合戦場で、幾多の血が流れた瘴気ただよう日陰。えり好みがかなり激しいのだ。厳然たる魔術の力で株を植え定着させる方法もあるが、これは普通の魔女や一般人には不可能なので除外する。確かに入れ替えた土が遠い昔処刑場や戦場だった可能性は、ゼロではないが……

 藤川先生の言葉は続く。

「その悲鳴が何なのかは分かりませんが、とにかくこの変な雑草はすぐに処分します。大株で簡単には取れそうもありませんから、週末に学校の木を剪定しに来る庭師に、一緒に抜き取ってもらいましょう」

 私は自分の目が丸くなるのが分かった。ダメダメダメ。それでは庭師が死んでしまう!

「週末なら、僕たちの決行はその前、金曜の夜か。あまり時間がないな」

 横にいた鈴木が、珍しく真面目な声でつぶやいた。

「でさ、部長」

 いつもの人の良さそうな笑顔にもどって、鈴木が言う。

「あの二株を引き抜くのに、僕アイデアがあるんだけど。ただその場合でも、ある程度あの根っこには外に出ていてほしい。せめて肩まで土の外に出ていたら、引っかかりも少なくて、抜きやすいと思うんだ」

 肩まで。肩まで今朝のように掘ったら、絶対に叫ぶ。鈴木もそれは分かっているらしく、腕組みして考えこんだ。

「何か少しでも、あの根っこたちが自分から土の上まで出てくるような方法はないかな」

「何かでおびき出すということ?」

 私はため息をついて言った。そんな方法があれば、もう魔術書に書かれているはずだ。

「ゆで卵!」

 いきなり白玉が世紀の大発見のように言う。溜め息をつきながら、もう、ふざけないで、と言おうとすると。

「そうだな。試してみるか」

 鈴木が思いがけないことを言いだした。

「ゆ、ゆで卵を⁉」

 思わず私は確認する。鈴木は笑顔でうなずいた。

「いいじゃないか。ものは試しだよ」

 ゆで卵を嫌いな人はいないよ、と白玉もうれしそうに言葉をそえる。

しかし真正マンドラゴラの根は人ではない。ただ人の形をしているだけの、魔物だ。


 翌朝二人は、1個のゆで卵をマンドラゴラの株元から少し離したところに置き、薄く土をかけた。私はそれを眺めながらも成功するとは思っていなかったが、放課後再び行ってみると。

 なんと、卵がなくなっているではないか。

「私をびっくりさせようとして、あんたたちが卵を取ったんじゃないよね!」

 そんなに怖い顔をした覚えはないのだが、私が振り向いて念を押すと、珍しく二人とも激しく顔を横に振って否定した。確かに、株から卵を埋めた辺りにかけて、土にひび割れができ、少し盛り上がっている。土の中を何かが通った跡だ。本当にマンドラゴラが手を伸ばして卵を食べたのだとしたら……もしかしたらこのマンドラゴラは、肉食?

 嫌な予感がした。

「決行は、明日の金曜の夜中から土曜日の早朝がいいと思う」

鈴木が提案してきたので、私の予感は途切れた。提案には賛成だった。祖母と母が帰って来る日曜日より前の方が、自由に動ける。

「それと、一応確認したいんだけどさ」

 笑顔を引っこめて、鈴木が私を見た。

「抜いたマンドラゴラは……どうするつもり?」

「もちろん処分するよ。そのためにマンドラゴラ専用の容器も準備したんだから」

 私はしれっとして答えた。母親に売りつけることまで説明する必要はない。

「すっげー。それってマンドラゴラを吸い込むマンドラゴラボトルだろ。本でしか見たことない。どこで手に入れたの?」

 白玉が無邪気に聞いてきた。

「え……つ、通販で」

 そこまで聞かれるとは思わなかったので、私は適当に答えた。一応ウソがばれないように、滅多に出回らないから今通販で探してもないかもね、とつけ加えておいた。

鈴木が一瞬だけ横を向いて笑いをかみ殺した気がしたが……気のせいだと思う。


 満月の夜だった。

 夜中の三時に中学校の北門にこっそり集合した私たちは、まず近くの木からマンドラゴラの真上に伸びている枝を見つけてて、そこから紐を垂らし、気前よくゆで卵3個を、その紐の先に結んでぶら下げた。卵の位置は鈴木によれば「思わずマンドラゴラの根が卵ほしさに土から出たくなるような高さ」でなければならない。それから二株のマンドラゴラの根元をそれぞれ丈夫なロープで縛り、ロープのもう一方の端を、花壇から少しはなれた通路にのばした。

「ねえ……鈴木のアイデアって、これなの?」

 私は通路にのばした二本のロープの先を結んだ自転車に乗り、片足を地面についたまま、一応確認した。

「だって部長が一番自転車こぐの速いだろ」

 そう言う鈴木は、自転車の後ろに両手をそえている。マンドラゴラが土から出て来たら、あたしは全力で自転車をこいで二株を引っぱり抜くのだが、その時鈴木も自転車を押して協力してくれるそうだ。ありがたいような、何か違うような……。

自転車カゴには、例のマンドラゴラボトル。このボトルは昔、孫悟空が金角を吸い込んだ瓶と同じ素材でできているが、相手に返事をさせなくても瓶を向けるだけで吸いこむ最新型だ。マンドラゴラは声が一番危険なので、返事をさせなくていいのは大事だ。

 しばらくは何も起きなかった。春先の夜は冷える。私が自転車に乗ったままジャケットの襟を立てて黙り込んでいると、鈴木がぽつんと言った。

「部長はどの高校に進むか、もう決めてるの? ここの高等部か、それとも外部の高校を受験するとか?」

 私は暗い中で顔をしかめる。なぜ今そんなことを聞くのだろう。ただ、それは確かに私にとって重要な問題だった。東西学園高等部には、園芸部がないのだ。

「もしかしたら……王花学院」

この高校は市内にあるが、全国高校花壇コンクールで毎年上位に入る園芸の強豪校だ。

 鈴木は、ふーん、とつぶやいた。

「じゃあ僕も、そこにしようかな」

 え?

 私は鈴木がどんな顔をして言っているのかと思い、後ろを見た。月の薄明りで、普段はメガネに隠れている鈴木の顔が透けて見えた。思ったより繊細で美しい目をしている。そもそも、こんなに整った顔してたっけ。でも成績もいいのだから、このまま高等部の特別進学コースに行けばいいのに。そう思った時、二株の様子を木陰で観察していた白玉が、息をのむのが聞こえた。

「ででで……出た!」

 慌てて振り返った私の目に、花壇から二つのマンドラゴラが、株ごと心霊現象のようにゆらゆらと浮き上がるのが見えた。私たちが買っておいた耳栓を耳に装着している間にも、大きな葉の広がる株の下に萎びた顔のようなものが現れ、やがて肩も出て枯れ枝のような細い腕がにゅーっと上に伸び、揺れているゆで卵をつかむ。

……食べた!

 鈴木が目を見開き、私に自転車をこぐよう、指で示す。もちろん私は全力で自転車のペダルを踏んだ。踏んだつもりだった。びくともしない。後ろから鈴木も真っ赤な顔で自転車を押している。私は再度ペダルを踏んだ。力任せに踏みつけた。

 ギュイン!

 急に前に進んで、私はあやうく自転車ごと倒れそうになった。根が抜けたのだ。マンドラゴラは叫んだかもしないが、耳栓のおかげで平気だった。とにかく確かめようと振り向くと、目の前で鈴木が大口を開けて、何か言っていた。

ボ・ト・ル。

そうだ、ボトル!

急いで自転車カゴに手をのばしかけて、私は凍りつく。月光の下、ロープに引かれて倒れていたマンドラゴラ二体がむくっと起き上がり、こちらに向かって走り出すのを見てしまった。その形からすると一方は男で、もう一方は女だ。頭の上に大きなマンドラゴラの株を乗せたまま、例の緑と金色の目を見開き、無表情に両手両足を素早く振りながら、すごい速さで迫って来る。まるで肉食動物が獲物を見つけたように!

「うわああああああああああ!」

 私は叫びながら、思わず全力で自転車をこぎだした。信じられない。マンドラゴラが走れるなんて魔術書には書いてなかった。身長は一メートルちょっとくらいだが、とにかく速い。時々振り返りながら、ぞっとする。

追いつかれたら、どうなる⁉

 通路を抜けて校庭に出た。再び振り返ると、後ろを走っていた鈴木と息を切らした白玉のすぐ後ろに、マンドラゴラが迫っているのが見えた。頭上の株が一回り大きくなっている。ゆで卵3個の栄養が成長を速めたに違いない。株の中心から蕾をつけた茎が夜空へと伸びだした。どんどん伸びる。その先で毒々しい赤紫色の蕾が膨らんだかと思うと、一気に花開く。

 それを見た鈴木と白玉が大口を開けた。たぶん、絶叫している。

花は第二の口だった。直径一メートル以上ある巨大な五角形の花の内側には、ずらりと牙が並んでいる。その危険な第二の口が鈴木たちを空から襲う。私は何度か片手でボトルを二体に向けかけたが、鈴木や白玉も吸い込まれそうで使えなかった。必死で自転車をこぎながら、鈴木たちの足をロープに絡めない方向へ九十度曲がる。

 いきなりロープが引かれる感覚があって、私は自転車ごと地面に倒れ込んだ。

 イタタタタ……

痛みをこらえつつ振り返ると、絡んだロープの先に、同じように転んだ二株のマンドラゴラが見えた。両手両足をバタつかせるが、頭の株があまりにも成長して重くなり、起き上がれないでいる。その間に鈴木と白玉が校庭の端まで逃げる。大成功だ!

 と思った時、私は気づいた。

 大口を開けた花が私の方を向いていた。ろくろっ首のように茎をのばした花が、今度は私の方に迫ってくる。思わず這って逃げようと伸ばした手の先に冷たいものが触れた。マンドラゴラボトルだ。自転車が倒れた衝撃で地面に転がり出ていたらしい。

私は無我夢中でボトルをつかみ、目をつぶったまま花の大口に向けた。

 ……そして数十秒。

 恐る恐る目を開けた私は、自分がマンドラゴラの胃袋ではなく、まだ校庭にいることを知った。目の前にあった大口が消えている。ボトルが吸い込んでくれたらしい。

 助かった。

 私は立ち上がった。鈴木と白玉が運動場の反対側に立ち、何かを大声で叫んでいた。よく聞こえないので耳栓をはずす。バカ、と鈴木が叫んだ。むっ。バカとはなんだ。

「ボトルを後ろに向けろ!」

 鈴木が叫びながら、慌てた様子で私の方に向かって走り出す。

ようやく気づいた。自分のものではない巨大な影が、月光の中で私を背後から覆っていることに。

 ボトルが吸い込んだのは、そうだ、一体だけだ。

目の前に甘い匂いのするしずくが、糸を引いて垂れる。恐る恐る上を見た。月をさえぎり襲いかかってくる巨大な花五角形のシルエット。そこに、今まで聞いたこともない、耳をふさぎたくなるような超高音の悲鳴が重なる。田島、耳ふさげ、という鈴木の絶叫。……しかし、今度こそ私は何もできなかった。

 私はマンドラゴラの悲鳴で身動きできなくなっていたし、田島ではなく島田だし、そもそもボトルを奴に向けつつ耳をふさぐなんて、不可能だったのだ。


「あの二体のマンドラゴラは、頭上の株はともかく、根の方は地面に穴を掘って隠れようとしていたんだよ」

 後で、鈴木はクラゲのようにふらふらしながら私に説明した。

「やっぱり裸だから寒くなってきたのかな。でも校庭の土は硬すぎて、穴を掘ることも隠れることもできなかった。それでパニックになったマンドラゴラが悲鳴をあげて、その超音波みたいな悲鳴のおかげで花の動きが止まったので」

 それで鈴木が走ってきて、マンドラゴラボトルを奴に向け吸いこむ、という時間ができたのだのだという。

 しかし全然記憶になかった。気がついた時、私は無意識に自分で両耳をふさいだ状態で校庭に転がっていた。目を開くと、白玉が耳栓をはずしながら私と鈴木を交互に見て、大丈夫かな、と心配そうに呟いているのが見えた。私は大丈夫だった。全身が痛いが、ただの打ち身だ。しかし鈴木は違った。鈴木は地面に座って説明しながら、だんだん斜めに傾き、そのままのびてしまった。

「僕、片方の耳栓落としちゃったみたいで……」

 あわてて走ってくる途中に、落としたらしい。

「気持ち悪い……」

 鈴木は目を閉じたまま弱々しく言った。片耳とはいえマンドラゴラの叫びを聞いてしまった影響は大きかったようだ。それくらい人体に強い衝撃を与えると言われている。

 それでもそろそろ夜明けなので帰らないわけにもいかず、鈴木は白玉の肩を借りて立ち上がった。

「気持ち悪い……」

 鈴木はよろよろと歩きながら、もう一度言った。

「吐きそう……」


 あのマンドラゴラは、真正マンドラゴラの中でも最も凶暴な品種であったことが、その後帰ってきた母と祖母によって判明した。素人が手を出せる物ではなかったようだ。

 しかもマンドラゴラボトルを勝手に持ち出したことを知った母は激怒し、罰としてマンドラゴラの代金は払わないと言い出した。

 ケチ!

 じゃあマンドラゴラは渡さない、と私が言い返し、ボトルを引っ張り合って親子ゲンカになったが、祖母の仲裁で私は渋々母にマンドラゴラを渡し、代金としてなんとか一年分のお小遣いくらいは得ることができた。あの危険には全然見合わないが。

 鈴木はあの後高熱を出し、一週間学校を休んだ。

 多少申しわけなさを感じたので、週末に白玉と見舞いに行くと、少し復活したのか鈴木は部屋のベッドの上に体を起こして、何かをパソコンに打ち込んでいる最中だった。

「何やってるの?」

 私は何気なくのぞき込み、心の中で、うっ、とうなった。それは異常なほど詳細な今回のマンドラゴラ事件の記録と、集められるだけ集めたらしい関連資料だったのだ。

「なな、なんでこんなもの書くの?」

 思わず声がうわずってしまう。

「鈴木の父ちゃんは県警の刑事だからさ。息子にも、宿題でも何でもちゃんとできたか、最後に報告書を要求するんだよな」

 白玉が笑いながら説明する。

刑事! なぜか分からないが私はあわてる。

「お、お父さんに見せるの?」

 まさか、と鈴木は笑って否定した。

「忘れないように書いているだけだよ」

顔を上げ、少しうっとりした表情になって鈴木は続けた。

「だって僕にとっては本当に夢のような体験だったから。でも、まだこれは完全な記録じゃない。幾つかの疑問や嘘っぽいところや、怪しい部分が残ってる。だからこれはまあ、ただのレポートというか、備忘録くらいのものかな」

 そんなレポート作らなくていいから、と私は心の中で文句を言う。それに……

私はそのレポートにも書かれていない疑問を思い出す。

この超珍しいマンドラゴラが魔女の娘である私の前に現れたのは、本当に偶然なのか。本当に花壇に入れ替えた土の、ただそれだけの問題だったのか……

「楽しかったね……」

 そんな私の疑問も知らず、しみじみとした声で白玉が言った。

「うん。ちょっと吐きそうになったけど、でも夢のような体験だった」

 鈴木もうっとりと目を閉じる。ほぼ一分、二人はおそらくその体験のいいところだけをつないだ記憶に浸って、恍惚の笑みを浮かべた。鈴木が、突然目を開き白玉を見る。

「そういえば、白玉。おまえも一緒に高校は王花学院に行かないか。部長が行くんだってさ。部長について行けば……きっとまた今回みたいな、すばらしい体験ができる気がするんだよ」

 え……?

「うん、そうだね。行く。絶対行くよ!」

 白玉が目を輝かせて同意する。

「楽しみだね。魔法とか幽霊とか……」

「宇宙人とか、未確認生物とか……」

 私は顔が引きつってくるのが分かった。魔法はともかく、幽霊? 宇宙人?

 そんな理由で、あの時鈴木は私に志望校を聞いたのか。

 一気に、頭の中が何かが冷めるのを感じた。

 ふーん、じゃあ勝手に行けば?

 心の中で私は言った。園芸の強豪校は王花学院だけではないのだ。受験するのが別の高校でも全然構わない。いや、誰がこんな変人たちと一緒の高校なんか行くもんか!

 笑顔で調子のいい夢を語り合う二人を眺めながら、私は固く、固く決意した。





               参考 西村佑子著「魔女の薬草箱」山と渓谷社




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る