マンドラゴラリポート

@AMI2001

第1話  マンドラゴラリポート(1)


 



 まずい。一番見つけられたくない奴らに見つかってしまった。

 その日、早めに家を出て、いつものように中学裏手の北花壇に向かった私は、恐れていたことが現実になったことを知った。

 あの二人組だ。

 どうやって見つけたのだろう。

 私は理科実験室のある校舎の陰にかくれ、二人の背中を見ながら考える。

 この校舎と北花壇が結構近いことも原因かもしれなかった。彼らは毎日、放課後になると、校舎一階にある実験室を勝手に二人の部室と決めて入りこみ、この古いフラスコはそろそろ妖怪になるかな、とか、窓から見える銅像のポーズが昨日と少し違う、やはり夜中に動いたんだね、とか、部外者にはほとんどネタにもならない妄想話で盛り上がっているという、噂の変人たちだ。

そう。そうやって窓の外を見ている間に、気づいてしまったのかもしれない。

 北花壇で成長する、まず絶対に普通の人は目にすることがないはずの〈あれ〉に。

 とにかく二人を花壇から引きはなす必要があった。二人は嬉しそうに北花壇をのぞきこみ、勝手にスマホで写真まで撮っている。なんという無茶なことをするのだろう。もし写真がSNSにでもアップされたら、世界的な大問題になるかもしれないのに。

「ちょっと、二人とも何やってんの。勝手な事したら先生に言うからね!」

 思わず私が言うと、二人同時に振り返った。

「あ、田島部長」

「田島部長、おはよう!」

「……島田です」

 私の名前は島田紗莉衣。

二人は普段から妄想の世界に生きている人たちなので、この東西学園中等部三年A組の同級生であるはずの私の苗字も正しく覚えていない。しかも勘違いされそうな言い方だ。私は断じて彼ら変人クラブの部長ではない。学園創立時からある、伝統ある園芸部の部長だ。……まあ部員十人ほどの中で、じゃんけんしたら当たってしまっただけだけれど。

 それにしても、二人ともなんという人のいい微笑みを浮かべているのだろう。

 一方は鈴木蓮。いまだかつてメガネをはずしたところを見たことがない、成績はいいが、笑顔がお気楽そうな少年だ。

 もう一人は白玉。本当は白井というのだが、色白で玉のような体型をしているので、皆白玉と呼んでいる。ちなみに彼が好きなのは白玉あんみつではなく、ゆで卵だ。

 鈴木と白玉は満面の笑みのまま、声をそろえて言った。

「ねえ、なぜこんな所で本物のマンドラゴラを育ててるの?」

 かなりの大声だったので、私は仰天して、あわてて両手をブンブン振って二人を黙らせた。朝からどっと疲れがおそってくる。とにかく何でもいいから適当なことを言って早く追い払おうと思った。この人のよさそうな二人は、想像以上に危険だ。

 私は肩をすくめて、ため息をついた。

「やめてよね、こんなフツーの花壇のフツーの植物にまで変な名前をつけるのは。どうせ魔女の毒草栽培みたいな感じで妄想してるんでしょ。残念でした。これはただのジギタリス。ただの園芸品種。ハイ、分かったらさっさと教室に帰ってください」

「ウソだ」

「ウソウソ」

 二人は不満そうに口をとがらせ、納得しなかった。

「ジギタリスは僕の家の庭にもあるけど、葉の色と形が少し違うと思う」

 と、鈴木が園芸部でもないのに意外に知識があるところを披露する。

確かに葉の形は違う。ウソを言っているのだから当然だ。しかし株の雰囲気は結構似ている。ジギタリスは背の高い多年草だが、花が咲いていない時はこんな感じだ。まあ、葉はこれほど巨大ではなく、色もこれほど毒々しい青紫ではないが。

「品種改良されてるから、葉の色も形もいろいろあるんだよ。知らないの?」

 私はしれっとして言った。しかしさらに、鈴木は首をかしげた。

「これだけ大株なら去年も花は咲いたはずだ。だけど、僕たちは去年もずっと実験室の窓から北花壇を見てたけど、一度もそんなものは見なかった。ジギタリスなら花の穂は高くなるから、見落とすはずはないと思う」

 鈴木は意外に手強い。お気楽そうなのに妙な観察力と記憶力を持っている。

「うん、見なかった」

 白玉も軽く同意する。

事実を言えば、北花壇は元々ほとんど日の当たらない場所にあり、どんな花の苗を植えても育たなかった。花など見えるはずがない。実際、日陰を好むはずのジギタリスでさえ育たなかったのだ。仕方がないので、植える植物を再検討するのと同時に、顧問の先生に頼んで予算を組み、一度土を入れ替えた。

 それが……なぜ、こんなことになってしまったのか。

 とにかく早く何らかの方法で処分してしまわねばならなかった。誰かが雑草と間違えて引き抜こうとする、などという悲劇が起きてしまう前に。そうだ。こんなお気楽そうな変人二人組の相手をしているヒマはないのだ。

「とにかくね」

 私はそろそろ話を終わりにしようと、少し突き放すような声で言った。

「もう二人とも、夢見る男子は卒業しなさいよ。マンドラゴラはファンタジーとかに出てくる、空想上の植物に過ぎないの。普通の植物のマンドラゴラもあるけど、それは本当にただの植物。根っこが人の形をしてることもなければ、引き抜くときに悲鳴を上げたり、ましてその悲鳴を聞いた人が死ぬ、なんてこともないの。もう中三なんだから、夢と現実を一緒にしちゃダメと気づこうよ」

「……じゃあさ、本当にただの植物だって言うなら、これ、一度引き抜いてみていい?」

 鈴木が妙に座った目をして私を見ながら、無茶なことを言いだした。

いいわけがない。死にたいのか。

「ダメだよ。枯れちゃうでしょ」

 私はさらに声を冷たくして言った。しかし鈴木は食い下がった。

「じゃあ、まわりの土をほんの少しどかして、根の上の方をちょっと見るだけ。それならいいだろ?」

 何か少しでも見せないと引き下がりそうになかった。無理やり追い払っても、またやって来るだろう。それに本当にもう遅刻しそうだった。チャイムが鳴るまでに教室にすべり込んでいなければ、アウトだ。担任の谷先生は説教が長い。その説教を仲良く三人で聞くなんて、願い下げだ。根を見たことで何かが二人の身に起きたとしても、知るもんかという気分になっていた。

「じゃあ、本当に根の上の方、少しだけだからね。枯れたら弁償してもらうからね」

 え、と白玉が眉をひそめたが、鈴木はうれしそうに落ちていた枯れ枝を拾い、花壇の前にしゃがみ込むと、一方の株の根元をつつき始めた。

 ほんの一週間前、それこそ雑草の生え始めにしか見えなかった二株の奇妙な植物は、今では縦横二メートルほどの花壇をおおいつくすように、肉厚の卵型の葉を放射状に伸ばしている。これがジギタリスではないのは分かっているが、通常の植物マンドラゴラでないのも確かだった。葉も株も大きすぎる。成長速度も速すぎる。そもそも通常の植物マンドラゴラは環境のえり好みが激しく、こんなジメジメした暗がりに勝手に生えたりしない。

 根の頭が見えてきた。

色は黒っぽく、皺だらけだ。白玉が鈴木のうしろから覗きこむ。私は離れて見ていたが、やはり好奇心に負けて、少しずつ近寄ってしまった。

 直径十センチを越えそうな根元があらわになった。皺だらけの表面に、さらに皺が深いところが二カ所、横に並んで現れたのが気になる。鈴木は枯れ枝を置き、指先で慎重にその深い皺に残る泥を取り除き始めた。

「え……」

 鈴木がつぶやく。二カ所の皺が動いた気がした。迷惑そうに。……ヤバい。しかし鈴木は興味を引かれたのか、愚かにも手を止めて根元をのぞきこむ。

いきなり皺が上下に裂けた!

目だ。

緑の白目(変な言い方だが)に黒と金色の目玉。その目が二つ、ギョロリと私たちを睨んだ。さらに戦慄したのは、目玉の下の辺りの土もモゾモゾ動き始めたことだ。口を開こうとしているのではないか。叫ぶのではないか。ヤバい、ヤバい、ヤバい!

「ぎゃああああーっ!」

 私は叫び、校舎の壁際に置いたリュックを肩に引っかけ、両耳をふさぎながら全力で走って逃げた。走りながら一瞬だけ振り向く。鈴木と白玉もあわてた顔で、転びそうになりながら私の後を追ってくるのが見えた。


 全力で走ったので遅刻はしなくて済んだが、私がマンドラゴラの伝説を信じていることがバレてしまった気がする。しかし信じているのではない。伝統的な魔女である祖母と母に教えこまれた、魔女の一般常識として知っているだけだ。

 真正マンドラゴラの悲鳴を直接聞いた者は、死ぬ。

「やはり凄いな、田島部長。足はや!」

「登校してくる時も、鬼の形相で自転車こいでるもんな」

 しかしバレたと考えたのは余計な心配のようだった。昼食時間に再び寄って来た鈴木と白玉は、かなりズレたところで私をほめた。

「そんな形相はしていないし、私の苗字は島田。ついでに部長って呼ぶのもやめてよね」

 私はまとめて苦情を言ってから、同じ園芸部員でもある後ろの席の菜々と弁当を食べようと、椅子の向きを変えた。

「つき合う男は選んだ方がいいよ、サリー」

 会話を聞きながら、菜々が面白そうに言う。

二人は人畜無害だが、たまに教室内でテレパシーの実験をしたり、夏休みの自由研究で心霊スポットのマップを共同提出したり、UFO出現地域に二人で旅に出かけたりするおかしな人たちとして、クラス中に知られている。仲間と思われたくはないので、私もこれ以上相手にする気はなかった。

しかし私が弁当箱を開くと、白玉は再び目を輝かせた。

「ゆで卵だ!」

 白玉はゆで卵が好きなので、自分で食べるのも好きだが、他人が食べるのを見るのも好き、という変わり者だ。

「ね、いつ食べるの。最初? 最後?」

 ワクワクした声で白玉がたずねる。見られながら食べるなんて、冗談じゃない。

「あんたが見てない時」

 私が答えると、白玉はううっとうめき、悲しそうな顔をした。

「で……今朝のあれ、どうするつもりだよ」

 食後に菜々が席をはなれると、鈴木が小さな声で聞いてきた。

「もちろん処分するよ。でないと本来の園芸品種が植えられないじゃない」

 私は飲み終わった牛乳の紙パックを畳みながら、仕方なく答える。

「処分できるのかな。僕、授業の合間の休憩にちょっと様子を見に行ってみたんだけど」

 鈴木はさらりと言ったが、私は仰天した。

「一人で行ったの⁉」

 あのマンドラゴラの目を見た後で、一人で現場にもどれる人間がいるとは思わなかった。

「だって気になるじゃないか。もしあんな人型根っこが学校の中を頭に葉っぱ載せてうろうろしてたら、パニックになるだろ?」

 むしろそれを望んでいるのではないか、と思えるような笑顔で鈴木は答えた。私は呆れた。

「あれにそんな行動力はないよ。間違って引き抜いたりする人がいなければ、放っておいてもいいくらい」

 しかし場所は学校だ。あの株を引き抜こうとする人間は絶対現れる。そこが問題なのだ。

 鈴木が満足そうに笑ったので、私はようやくしゃべり過ぎたことに気づいた。

「やっぱり詳しいな、部長。確かに根は埋まって元通りになってた。どうやって埋めたんだろう」

 自分で埋めたに決まっている。マンドラゴラが、自分で。しかし今度は鈴木を喜ばせないように、私は黙っていた。

「手伝うよ」

「え?」

 言葉が唐突だったので、思わず私は聞き返した。鈴木は少し真顔になって私を見ていた。

「それだけ詳しい部長が、あれだけ大株になるまでマンドラゴラを放っておいたのは、多分、処分するのに多少面倒なところがあるからだと思うんだ。だから、手伝うよ。マンドラゴラを処分する機会なんて、そう滅多にあることじゃないし」

「うん、手伝う」

 横で白玉も、軽く同意した。


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