16 罪の告白

 誰も、何も、答えなかった。圧し掛かる沈黙に耐えながら、暫く頭を下げたままであったが、


「頭を上げたまえ。」


 ごく気安い口調でアデュレイが促したので、俺はゆっくりと姿勢を戻した。


「今までの話で、スノーデン卿夫人の生死がどうであったか全く言及がないのに、そのご遺体がオランジェリーで発見されたことを旦那様は不思議に思っていらっしゃるのでしょう? ええ、恐らく私のせいです。レディ・グレースを奪い取ろうと飛び掛かったとき、夫人を押しのけました。いいえ、押しのけたというよりは、弾き飛ばしたのです。力加減しませんでした。咄嗟のことでしたので。その後もレディ・グレースのことばかり気にかかり、後で夫人の様子が気になって戻ってみると、早くも礼拝堂に家門の方々がいらっしゃっていたので近づけませんでした。私は力持ちです。手加減せずに張り飛ばせば、女の人くらいここから壁まで飛ぶでしょう。夫人が絶命していたとすれば、それは私が打ち殺したのです。」


 一気に告白した後、改めてアデュレイの方に向き直り、神妙に申し述べた。


「殺人者として処罰を受けます。幸いなことに、旦那様とはまだ正式な雇用契約を結んでおりませんので、私のことなど見も知らぬということで通していただければ結構です。ご迷惑はおかけしません。」


 殺人者はどのような処罰を受けるのだろうか。貴族を殺害したとあれば、まず死罪は間違いないだろう。選択肢がいくつかあるとすれば、どのような死に方かというだけだ。


 まあ、処刑されるのも致し方ない。


 若干の煩わしさを覚えつつも、そのように考えた。ここで死んでおくのも悪くないだろう。それで丸く収まる。処刑されたところで、どうせ…、


「私が、そのようなことを不思議に思っていると?」


 アデュレイは片方の眉を上げて面白そうに笑んだ。このため、俺は思考を中断してアデュレイに注意を向けた。


「白状するというから何かと思えば。夫人のご実家であるキャンベル家から連れて来られた従者が六名。そして、ご夫妻。これが儀式を執り行ったメンバーで、オランジェリーの火災で発見された焼死体が八体。ぴたりと数が合うじゃないか。どこもおかしくない。」


「どの時点で絶命していたのか、私にもわからんよ。」


 うんざりしたような口調で、ライオスも口を開いた。


「ああ、いや、ミスター・ベルティエ。私たちは何の話をしているのだろうな?」


「ええ、ラザラム卿。私にもさっぱりです。どうも私の従者はエインディア語が達者なように見えて、実際はまだまだのようですね? 自分が何を言っているか、わかっているのかどうか。」


「オランジェリーの火災でスノーデン卿夫妻と従者六名が焼死した。これが全てだ。」


 ライオスは居合わせるエリザとグランを順に見つめた。


「わかるな?」


 二人は急いで首肯した。ライオスは、それに対して重々しく頷き返した。


「教区警察が調べを尽くし、温室の燃料から出火した火災事故との結論を出した。教区警察の見立てに物申すなどもってのほかだ。心せよ。それでは、ここを出よう。息が詰まる。」


 ライオスは俺を見て、通路の方を手で示した。


「出口まで、また先導していただけますかな。後日、ここは取り壊してすっかり埋めます。跡地に光の神の像でも建てましょう。」


 そして、皮肉気に冷笑した。


「効果があるかどうかはわからんが。ともかく教団は喜ぶだろう。」


 ライオスからも、エリザからも、他の誰からも俺を批難する声は上がらなかった。恐る恐るアデュレイの方を窺ったが、首を傾ける動きで通路を指すのみだったので、神聖魔法の明かりを灯したまま先頭を歩いた。俺の後ろにアデュレイとライオスが並び立ち、いささか打ち解けた様子で静かに会話を交わしていた。


「この後、私どもの方にどうぞ。食事をご用意しよう。」


「ありがたいお言葉です、ラザラム卿。ですが、馬を返さなくてはなりませんし、服も着替えたいので、また別の日にお誘いいただけると幸いです。」


「では、そのように。」


「ラザラム卿は、これから、葬儀のお手配でお忙しいでしょうね?」


「然様、私がスノーデン伯爵の位を継ぐ手続きも控えているので、せいぜい盛大に。大聖堂で行うとしよう。この王都の墓所にも、スノーデンの墓所にも骨は置かせんよ。」


 ライオスは、低い声で気味悪く笑った。


「置かせるものか。大聖堂に面倒を見てもらうのが妥当だ。あらゆる意味で。」


「同感です。」


「ミスター・ベルティエにも参列してもらえるのだろうね?」


「もちろんです。ああ、私のことは、アデュレイとお呼びくださって構いませんよ?」


「アデュレイ卿。では、私のことはライオスと。」


「そんな、まさか。スノーデン伯爵におなりの方に。」


「気が早すぎるな、アデュレイ卿は。人に聞かれたら、思いの外早く伯爵位が継げることになったといって喜んでいたぞと陰口を叩かれる。」


 ライオスは苦笑した。ともかく、初めて顔を合わせたときの印象と比すれば、ずいぶんリラックスしているように見えた。


 地上に上がると、ライオスの私兵が待機していた。ライオスは彼らにこの礼拝堂を厳重に閉鎖するよう命じ、自らは二名の護衛を連れて外に出た。そしてすぐに振り向いて、ライオスの方からアデュレイに握手を求めた。アデュレイが応じると、素っ気ない手つきではあったが、握手していない方の手で一、二回、アデュレイの肩を叩いた。


「ラザラム卿やらスノーデン卿やら言っている相手は、食事に招待しない。」


「それは困りましたね、」


 肩を叩かれたアデュレイは、うれしそうに微笑んだ。


「本当にお招きにあずかりたいのですよ、…ライオス卿。」


「いいだろう。」


 ライオスは今度こそこちらに背を向けて、邸宅の方に歩き始めた。そして振り向かずに告げた。


「葬儀を終えて落ち着いてから、改めてアデュレイ卿を食事にお招きするとしよう。」


「お待ちしております。」


 アデュレイは振り向かないその背中に返答した。


 俺たちは馬を回収するために、いったん墓所に戻った。エリザは歩く途中で白いコスモスを見つけて摘み、兄妹の墓前にそれを供えた。それから、彼女の兄がそうしたように、アデュレイに握手を求めた。一瞬、アデュレイは貴婦人に対する挨拶をするべきか、素直にそのまま手を握るべきか迷った様子だったが、結局、その手を取って握手した。エリザは俺にも握手を求め、驚いたことに、グランまでもそれに倣った。


「本当に世話になった。あなた方に感謝している。どのようにお礼を申し上げるべきか。」


「別に、何も。お礼をとおっしゃるのでしたら、あなたの兄君が私に招待状を書くのを忘れないよう見張っていてください。」


 アデュレイの言葉に、エリザは笑い声を上げた。


「お兄様は忘れないとも。でも、見張っていよう。一番上等の便箋とインクを使うようにさせる。」


「これで私も安心できるというものです。」


 二人がグレイモアハウスの方角に去っていくのを見送って、俺は馬の支度に取り掛かった。繋ぎを緩めようとしていると、アデュレイが俺の手に自分の手を被せてそれをやめさせた。


「待ちたまえ。これでガーディアス家の人々はいなくなった。今なら、言えるだろう?」


 俺はまじろいだ。


「え、何をです?」


「地下礼拝堂を浄化させてくれたら、僕の知りたいことを何でも教えると約束したじゃあないか。よもや、神職にお就きの方が誓約を反故にすることはあるまいね?」


「だから、さっき地下礼拝堂で告白したのですが。」


「あんなもの、告白などであるものか。」


 アデュレイは苦笑してみせた。が、その表情に嫌味はなかった。


「どうあっても白を切るというのだね。よろしい、もっと丁寧にお尋ねしよう。」


 アデュレイは俺から二、三歩、距離を置き、後ろ手を組んでゆっくりと歩き始めた。

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