1-15
「なあ、ローズクオーツはどんな奴なんだ?」
「優しい人だよ。光の治療魔法も得意でね。怪我をした時は必ずリゼに会いに行け、って街の人からも言われてるくらい」
そこはゲーム通りのヒロインなのな、と彼は思う。人呼んで、『怪我のエキスパート』。ゲームの中でもそんな単語がたびたび登場していた。
「へー……優しい、ねえ。どんくらいだよ?」
「ずっと前……私と彼女が同じ孤児院で暮らしていた頃の話なのだけど。孤児院の庭に魔物の子供が迷い込んだんだ。リゼさんはその子供に自分のパンを分けてあげて————」
「もういいわ。大体話の流れは予想付いた。最終的にどうなったかだけ教えろ」
舌打ちをこぼす。彼は知っていた。それ、ヒロインの胸糞エピソードの一つじゃねえか。ゲーム通りならこの後魔物の子供が実は邪悪で救いようのないタイプの残虐さを持ち合わせる種族だという事が発覚する。ヒロインに優しくされた事によってつけ上がり、親の魔物を連れて街にやってきたせいで孤児院どころか街のほとんどが壊滅するのだ。当然ながら犠牲者もかなり出たらしい。ゲームのテキスト内での説明だったので、具体的な数は不明だが。もちろん、ここでもヒロインは被害者のように振る舞ってみせた。「よくも皆を!」と泣き叫ぶヒロインのセリフを見て、「いやてめーのせいじゃねーか! 魔物に責任転嫁してんじゃねぇぞ!」と叫びながらコントローラーを心の中で投げつけた記憶が鮮明に残っている。そう、あくまでも心の中で。ゲーム機を壊すのは嫌だからな。
やっぱりヒロインはハインツが嫌うお花畑の偽善者女らしい。マルガレーテが口を開く。
「えっと、最終的にパンが魔物の肉になって……孤児院のみんなでバーベキューができたんだ。全部リゼさんのおかげ」
「悪い、途中経過も教えろください」
孤児院の崩壊、の『こ』の字もなかった。何故か急に魔物の肉が出現した。そして楽しそうな雰囲気の話になった。どういう事なの。話を遮られ、今から説明を急に求められてもマルガレーテが嫌そうな顔をする事はなかった。
「魔物の子供にリゼさんがご飯を分けて近くの森に帰したところまではよかったんだけど、その後親と一緒に街に来ちゃって……」
そうだ、ここまではいい。ゲーム通りだ。この後に一体何が起こったというのだろうか。マルガレーテが心なしか目を輝かせながら話す。
「街を荒らそうとしているのを見たリゼさんは、怪我人を出してはならない、自分がやった事なのだから自分でケジメをつけなければならない……と、パンチで魔物を仕留めた」
「パンチで魔物を仕留めた」
あまりにも衝撃的な発言すぎて、思わず同じ言葉を繰り返してしまった。あれっ、魔物って物理攻撃で死ぬっけ。
「しかも一発のパンチだった」
「一発」
更に衝撃的な発言が投下される。あれあれっ、街を荒らして孤児院を踏み潰すような魔物って一発のパンチで死ぬくらいの強さだっけ。てかヒロインってパンチ使えたっけ。回復とかサポート特化のキャラだよな? 何魔物ワンパンで殺してくれちゃってんの? せめて魔法使えよもしくは剣を。ここは剣と魔法のファンタジー世界だろうがよ。
「リゼさんは途中まで魔物と対話をしようとしていたんだけど……人間の常識が通用しない、ましてや人間を食料としてしか見ていないんだって事がわかった時はすぐに魔物を討伐する方向に切り替えていたみたい」
マルガレーテ曰く。孤児院の母的存在である近くの教会のシスターや子供達、そしてマルガレーテを庇うように片腕を広げて前に立ち、自分の体どころか教会よりも大きな体を持った魔物をしっかりと見つめながら『リゼさん』はこう口にしたのだとか。「わたしにも、守りたいものがあるの。だから、ごめんね」その小さな背中は、どんな大人よりも逞しく強いものに見えたと言う。そして『リゼさん』が魔物をワンパンで沈めたおかげで、怪我人及び死人はゼロ、建物の損傷もほぼなかったらしい。そんな話を聞きながらハインツは思った。ヒロイン、何やってんだよ。いまいち彼女の意図が掴めない。悪役令嬢の話によれば、転生者でもあるヒロインは顔だけのバカもとい攻略対象達で逆ハーレムを作りたがっているそうだが。もしかしてあれなのか、原作改悪ならぬ改良でもしたいタイプなのだろうか。でも意地の悪い女がそこまでする? 守りたいものがあるの、とか言う? なんなら自分で助けた魔物が恩を仇で返してきた時は自分でケジメをつけるとかそんな筋通った行動を取るものなのだろうか。
「私の越えたい人は、リゼさん。あの人の隣に立てるようになれたら……ううん、あの人を守れるくらい強くなれたら。きっと、今よりももっと大勢の人を守れる。たくさんの人に手を差し伸べられる」
マルガレーテは自身の胸に当てた手のひらを、きゅっと握りしめる。真っ直ぐに前を向いて歩いていたそいつは、ハインツの方に顔を向けて宣言した。
「貴方の事も、越えるよ」
マルガレーテはその顔に笑みを浮かべていた。ゲームで最も弱い盾役の、純粋無垢で、敬愛のこもった笑顔だった。それきりこちらを振り返らずに、前を向いて歩き出す。ハインツは足の動きを止めた。奇妙な生き物を見るかのような目を遠ざかっていくマルガレーテに向けると、彼は腹の奥底で冷ややかに嘲り笑う。
「無理に決まってんだろ……常識的に考えて」
肩をすくめたハインツの呟きは、空気中に溶けて消えた。二人の間の距離が更に離れていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます