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 マルガレーテの後ろを歩きながら、ハインツは小さくガッツポーズを作る。しめた、と。これから知り合いと特訓をするつもりだからぜひ見てほしいのだと言われた時は、こんなにうまく物事が進んでいいのかと思いすらした。だって、こいつの知り合いって事は。

 公式設定で交友関係があまり広くないと明言されているマルガレーテ・ブラッドストーンの知り合いなんてそんなの一人しかいない。

 ヒロインだ。

 あの転生令嬢と、ハインツが嫌っている存在。原作の『ハインツ』はヒロインに一目惚れしていたが、今のハインツの攻略はそう上手くいかない。俺は、絶対に惚れない。

 特訓は人目につかない場所でやっているのだとマルガレーテは言う。学園の裏手にある森の奥深く、普段は人が全く訪れない開けた場所なのだとか。自分達以外誰もいない場所でする『特訓』は、さぞかし楽しい事だろう。彼はヒロイン達をせせら笑う。

「お前ってなんで強くなりたいの?」

 なんとなく、答えのわかりきった質問をしてみた。本来ならばこのセリフはゲーム内でヒロインが言うものだ。そしてマルガレーテはここで後ろにいたヒロインを振り返って、笑顔で「貴方を守りたいから、ですよ」とかなんとかくさいセリフを吐くわけである。鳥肌が立ちそうだ。

 前を歩いていたマルガレーテが振り返る。ふ、という文字表現が似合いそうな、柔らかい笑みを浮かべる。スチルで見たやつだな、と無表情のまま彼は思った。

「越えたい相手がいるんだ」

「なんて?」

 おかしいな、スチルは全く同じはずなのにセリフが全然違う。少女漫画に少年漫画のセリフ切り抜いてぺたっとフキダシに貼り付けたみたいな事になってる。マルガレーテは首を傾げて一言一句同じ発言を繰り返した。

「越えたい相手がいるんだ」

「守りたい相手の間違いじゃね?」

「守りたい相手——」

 顎に細い指を当てて少し考え込むようなそぶりを見せ、マルガレーテは不意にハインツの方へその瞳を向ける。ふっと風が吹き込んできた。プラチナブロンドの髪が木の葉と共に揺れる。太陽の光が木々の立ち並ぶ中を抜けて、マルガレーテを優しく照らす。まるでスポットライトを浴びているかのようだ。一枚の絵になりそうなくらい、綺麗だった。この場面をスチルにしたらよかったんじゃねえのかとハインツが思うくらいには。

「貴方とか」

「バッッッッッッッッカじゃねえの⁉︎」

 彼は顔を赤く染めて地面を踏み鳴らしながら叫ぶ。そこはヒロインを守れよ。てか何俺を守ろうとしやがってんだよさては優位に立とうとしてんな? そこまで考えてから、ハインツはこめかみに手を当てて盛大なため息をついた。

「お前さあ、ヒロイン……じゃねえや、あー……ローズクオーツがいるだろ」

「ローズクオーツ……ああ、リゼさんの事?」

 再び二人は歩き始める。リゼさん、という名前を聞いて彼は違和感を覚えた。あの悪役令嬢から教えてもらったヒロインの名前と違う。彼女の話によれば、ヒロインもハインツ達と同じ日本からの転生者であり、名前も日本風だったはずだ。それに、ゲーム内のヒロインのデフォルトネームも「リゼ」ではなかった。むしろリ行ですらなかった記憶がある。ファミリーネームが同一の別人とも思えない。「リゼさんはもうすっかり有名になったみたいだね。昨日の、ジー……じゃなくて第二王子殿下との一件があったからかな」

 やはり『リゼさん』はヒロインで間違いなさそうだ。入学式後に第二王子と出会うシーンがゲーム内にあった。ハインツはそのあまりにもご都合主義的な展開を見ながら鼻で笑った事をよく覚えている。そこどいてくださいって言われたからって「おもしれー女」とはならねえだろうよ。王子の思考回路も狂ってるな、という印象を抱いた初イベントだった。

「まあな。なんだっけ、顔だけ……じゃねえ、第二王子殿下に吸い寄せられてできた人だかりが通るのに邪魔だったからって」

「ジャンプして人だかりを跳び越えようとしたんだよね」

「なに、なんて?」

 おかしいな、動機は全く同じはずなのに行動が全然違う。少女漫画にスポーツ系少年漫画のコマ切り抜いてぺたっとページに貼り付けたみたいな事になってる。マルガレーテはまた首を横に傾けると一言一句同じ発言を繰り返した。

「ジャンプして人だかりを跳び越えようとしたんだよね」

「絶対ウソだろそれ」

「本当だよ、目撃した人もかなりいたらしいし。私も見たかったな」

 だいぶおかしな事になってんな、とハインツは思わずにはいられなかった。確かに「どいてください」って言うより何も言わずに人だかりをジャンプして越えようとする方がおもしれー女っぽいけど。いやおもしれーっつうか普通に怖くね? 真実に辿り着きかけたがハインツは軽く首を振って自身の考えを否定した。あの悪役令嬢の言葉を借りるとするなら、『意地の悪さが全面に出た顔の黒髪の女』がそんな物理的な解決方法を選ぶようには思えないのだ。

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