1-3

ミルクティーのような薄茶色の長い髪が風になびく。緑の高い木々に囲まれた森の中へとリーゼルは一直線に突入していった。ここから街への道のりは何度も通った事があるので迷わないだろう。

 足を動かし続けていた彼女は、ふと何かを思い出したかのようにポケットから丸い手鏡を取り出した。念の為の寝癖チェックである。これから入学式なのに、髪が爆発していては大変だ。もう片方の手で頭に触れてみる。

 先の方がくるりとカールした、ふわふわという効果音が似合いそうな髪。垂れ気味の眉と大きな丸い目、白い肌。あの頃と何一つとして変わっていない自分の顔が、鏡に映っている。

 寝癖はついていないにもかかわらず、リーゼルは不服げな表情をしていた。自分の姿を見るたびにこう思わずにはいられないのだ。どうせ別世界に生まれ直すのなら、顔立ちだとかを変えないにしても、せめて身長を変更してはくれなかったのだろうか。欲を言えばあと一メートルくらいは大きくなりたかったところだ。この前身長を測ったら百五十センチまで少しのところで届かなかった。その時の悔しさを思い出しそうになり、急いで記憶を脳の隅っこへと追いやる。

 ため息をついて鏡をポケットに滑り込ませたその時、リーゼルの右斜め前方の木陰から何かが勢いよく体を出した。

 鋭い牙に緑色の皮膚。彼女より一回り大きな体躯のゴブリンが、獲物めがけて飛びかかってくる。彼女は顔色を微塵も変えずに、片手をぐっと握りしめて腕を後ろへ引く。前だけを真っ直ぐ見据えたままに。

 そしてコンマ数秒後、右斜めから襲来してきたゴブリンは乾いた音と共にそのまま吹き飛ばされる事となった。飛び出してきた時よりも勢いは凄まじく、彼(もしかしたら彼女かもしれないが)の後方に立っていた木が次々に折れていく。ゴブリンの姿が遠ざかって見えなくなり、バキッメキッという音は何かを地面に叩きつけたかのような鈍い音を最後にして聞こえなくなった。

 今の一連の流れは、時間の流れを遅くしない限り誰も目視できなかっただろう。リーゼルの握り拳が吸い込まれていくかのようにゴブリンの顔面の中央にめり込んだあの瞬間、派手な色と縁取りがなされたアルファベットのオノマトペが見える人には見えてきそうだ。

 結果的にめちゃくちゃ森林破壊をしてしまった。彼女が口を動かし、小さな声で何かを呟く。リーゼルの周りから、白いオーラがふわりと放たれた。ヒマワリの花のような、明るく温かみのある淡い黄色の光が円状に広がっていき、空気中に溶けて消える。視界の端で折れた木が元通りになっていくのを捉えて、彼女は満足げに笑った。まるで一つの動画を逆再生しているかのようだ。今頃はあのゴブリンの傷も治っているだろう。念には念を入れて、リーゼルは両手を合わせながら心の中で言った。森、そしてゴブリン! ごめんね! なお走るのはやめない。

 彼女は気付いてしまったのだ。一時間歩けば余裕で間に合うと先程は思っていたが、よく考えなくともそれは遅刻を意味している事に。

 入学式はあと三十分後に始まる。つまり、走らなければ入学早々遅刻する事になるのである。これはもうなりふり構っていられない。彼女は辺りに視線を巡らす。手頃な木を見つけると、リーゼルは方向転換した。

 木の前で一歩、勢いよく足を踏み出して、跳ぶ。

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