第2話:慣れない苗字とヒエラルキー

 翌日、僕 柳町……じゃなかった、また間違えた。住吉桧七太は学校で一人で過ごす。


「住吉」は母の旧姓。ずっと「柳町」だったので苗字と名前の語感に違和感がある。「やなぎまち」は5音、「すみよし」は4音。1音減って変な感じだ。


 初めて僕の名前を聞く人は違和感がないのだろうか。僕からしたら17年間名乗ってきた名前だ。急に変わってしまって違和感しかない。


 女の人が結婚して名前が変わる時って こんな気分なんだろうか。


 僕は「住吉」をまだ口でも心でも覚えていないようだった。名乗る時や名前を書く時も、一瞬考えてから書くようにしている。


 転校初日はドキドキだった。みんなの前で自己紹介をして、ドラマやマンガみたいに「自己紹介イベント」をこなした。


 席についたら近くの席の誰かが小さな声で「よろしく」とか言ってくれると思っていたけど、現実は誰からも話しかけられなかった。


 僕は少しだけ人見知りだから、自分から話しかけるのはちょっと苦手だ。話しかけてもらえばある程度 普通に話せるんだけど……。


 この日は、10分休憩の時も昼休みも みんなこっちをチラチラ見ていたのは気づいた。少し離れたところでコソコソ話されて話題になっているのは気づいていた。


 でも、誰も話しかけてこなかった! 


 そして、1日過ぎ、2日過ぎ、それが普通になり1週間過ぎてしまったのだ。考えてみれば、教室内の人間関係は出来上がっていた。


 もしかしたら、この4月にクラス替えがあったのではなく、1年とか2年からずっと同じクラスで既に人間関係は出来上がっていたのかもしれない。


 出来上がった人間関係の中に入り込むのはすごく難しい。


 このクラスに僕の入り込む隙間などなかった。もっとも隙間があっても自分からは入って行けないんだけど。


 転校前の学校で陸上部に入った時は、クラスの人が一緒に入ってくれたから友達もできたし、先輩との関係もうまく築くことができた。


 でも、今は一人だ。


 *

 1週間かけて観察した成果によると、このクラスにはいくつかのグループが存在する。


 一番勢力があるのは、女子の七隈さんのグループ。


 彼女はギャルっぽい見た目で髪は栗色でロング。毛先に行くほどウェーブしてる感じ。彼女は人気者らしく、いつも8人くらいでつるんでいて、多い時には15人くらいが集まっている。


 彼女のグループ内でも階級はあるみたいで、彼女を含んだ三人くらいはいつも教室内で大きな声で話している。典型的なギャルの集団って感じかな。


 このグループのすごいところは、男子も含まれていること。人数的に考えてもクラスの一大勢力だと思う。


 グループ内の男子で目立つのは茶山くんだろうか。髪を少し染めていて茶髪という感じ。七隈さんと同じく声大きめで賑やかな人だ。


 身体は鍛えられている感じでがっしりした印象。ボディビルダの様に筋肉隆々というよりは細マッチョという感じでしなやかな筋肉の付き方。


 七隈さんは茶山くんと話すときだけボディタッチが多いので、多分七隈さんが茶山くんのことを好きなのか、二人は付き合ってる感じなのかもしれない。


 何も知らない僕から見ても、茶山くんを見る時の七隈さんの目はハートになっているように感じるし。


 他には男子数人の小さなグループがいくつかあって、その他はボッチ勢と言ったところかな。


 でも、そのボッチの一人の中にいるのが女子の六本松さん。彼女はいつも一人 席に静かに座っている。成績は学年で1番らしい。家もお金持ちだとのこと。


 彼女の特徴はむしろその見た目の方と言った方がいいだろう。黒髪の背中まであるストレートロングヘア。物静かな目で「かわいい」というよりは「美人」と表現した方が正確だろう。


 席についている時は授業中以外ほとんど文庫本を読んでいるみたい。孤高の美女という感じ。彼女には誰も話しかけない。同じ教室なのに、彼女の周りだけ見えない壁があるみたいだった。


 彼女は僕の席の隣だというのに、僕も話しかけることができない。そんな空気なのだ。これがこのクラスの落ち着いた形なんだろう。


 女王様的な七隈さんを中心に、取り巻き数人がいて、その取り巻きの中には彼氏である茶山くんがいる。


 その一大グループに対抗するような大きなグループは無くて、あえて言うなら六本松さんが一人で対抗馬的な。


 そして、六本松さんと七隈さんは仲が悪いのか、二人は全く話さない。七隈さんであっても六本松さんの透明な壁は超えられないみたいだ。


 僕はその教室の中でボッチ勢の一人。誰からも話しかけられない本当のボッチ。今日も一言も話さずに教室を後にした。

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