第36話 ただでは問屋は卸さない
「なんであの野郎が居ねぇんだ?」
「おおかた、どこかでサボってんじゃねぇか?」
「こんな山奥で、か?」
強面の男が三人、輪になって話し込んでいた。暗くてハッキリとは見えないが、あの山道ですれ違った護衛の男たちに似てねぇか?
「立花さん、あれを見てください」
「……なによ」
落ち込んでいる立花さんを呼び寄せる。
「あれって、あの時の檻じゃない!」
窓の外に見える檻を見た立花さんが断言する。やはり、そうか。
「なら、あの時の女の子が?!」
「えぇ、居る可能性が高い」
檻の中は見えないが、こんな山奥に何の用事もなく、あんな大きな檻を持ってくるなんて思えない。
ならば、あの檻の中に容れるナニかがこの近くにあるか、それとも、あの檻の中に居るナニかを、この山小屋に連れてきたのかのどちらかだ。
「中に居るのかもな。ちと様子を見てくる」
そう言って、男のうちの一人が輪から抜け、山小屋の玄関がある方へと歩いていく。
マズい。中に入ってくるな。どうすっかな?
立花さんはまだ手の拘束を解いていないからパッと見まだ奴隷に見えるから置いとくとして、俺もこのまま奴隷に紛れるか? いや、俺の恰好を見たら、すぐにバレる。
部屋の隅に固まっている、奴隷たちの視線が刺さるのを感じながらワタワタしている間に、玄関の扉がガチャリと開き、入ってきた男と目が合った。
「ど、どうも」
「なんだ、お前?」
「……なんだと思います?」
「さぁな。ただ──」
今のやりとりのどこが楽しかったのか、入ってきた男は、あご髭が生えた、ただでさえ強面の顔をさらに凶悪に歪ませた。
「──仲良くは出来ねぇな」
ですよねー……。
「それで? 兄ちゃんの狙いはなんだい?」
腰に下げていた、シミターみたいな歪曲した剣を引き抜くと、器用にブンブン振りながら、ジリジリと距離を詰めてくる。
「……それを言うと思います?」
「だよなぁ」
俺が腰からショートソードを抜くと、嬉々としてシミターの振り幅を大きくする男。だから、何が楽しいんだよ。
「おい、どうしたゼンデ?」
「歓迎してねぇお客さんが、紛れ込んでたのさ!」
ゼンデと呼ばれた男の言葉を聞いて、「なんだって!?」と騒ぐ他の護衛たちが、ドカドカと室内に流れ込んでいた。こりゃ、俺一人じゃ荷が重いか?
「立花さん」
「解っているわよ」
抜いたショートソードで、立花さんの手を縛っていた荒縄を断ち切る。
手の自由を取り戻した立花さんは、立ち上がると感覚でも取り戻す様にブラブラと手を振り、インベントリから自分の剣を取り出して、構えた。
「おいおい、間者を紛れ込ませているなんて、手が込んでんじゃねぇか! どこかの組織のまわしモンか!?」
「いえ、ただの流れというかなんというか」
「まぁ、いいさ。腕の一本も無くなれば、素直に話すようになんだろうぜ!」
シミターが鋭く光る。その剣筋を、余裕をもって避けると、「なにっ!?」と驚くシミターの男改め、ゼンデ。
「こっちだ」
動きの止まったゼンデとの距離を一気に詰め、その首根っこを掴み上げると、「おい、離せ!」とバタバタと暴れるゼンデを、窓に向けて投げ飛ばす。
バリーン!と、窓ガラスを割りながら外へと放り出されたゼンデを追って、窓枠に足を掛ける。思いのほか大きな音だったせいで、「ひぃ!?」と、奴隷たちが短い悲鳴をあげた。
「俺は外に出ます! 立花さんは、入ってきた人の相手をお願いします!」
「分かった!」
立花さんの返事を背中に受けて、俺は外へと飛び出した。
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