第35話 乱暴な姫の救出



 山肌を滑るように吹き降ろしてくる風の冷たさに、ブルルと体を震わせながら、冷静に物事を考える。


 ──うん、今は立花さんのことは後回しにしよう。

 だって、あそこまで怒っていたら、早かろうが遅かろうが結果はそこまで変わらないと思うんですよね~。




 というわけで、ブツブツ言いながら石ころを蹴飛ばしている立花さんに軽く「メンゴ」と謝ると、そそくさと山小屋の裏手に回る。



「……お、窓があんじゃん」



 山小屋の裏手には大きな窓があったので、そこからそっと中を覗く。


 するとそこには、汚れた薄布を着た老若男女が、狭い部屋の中央で、身を寄せ合って座っていた。やはり、ここが例の“宝箱”か。それにしても、あっさりと見つかったな。日頃の行いってやつか?



「さて、あの少女は?」と探していると、



「おい、そろそろハッキリしろ!」

「わかった! 一人くらいなら何とかしてやる! おい、女! 狭いんだから、大人しくしてろよ!」

「ふん!」



 何やら玄関が騒がしくなると、ガチャリと扉が開く音がした。そして、山小屋の中に、立花さんがポンと放り込まれる。勇者なのに、なんて扱いだろうか……。



「もう! 女の子を雑に扱うなんて、サイテー!」



 閉まる玄関扉に文句を言う立花さん。その顔が怖かったのか恐ろしかったのか、部屋の中央で固まっていた奴隷たちが、まるで蜘蛛の子を散らす様に、サァっと部屋の壁角へと逃げ出す。




 その様子を、ぽかんと見ていた立花さんだったが、少し肩を落とすと、視線を巡らし──俺と目が合った。……やべ、見つかっちゃった。




 俺と目が合ったあとに固まった立花さんだったが、すぐに縛られた手を持ち上げると、ブンブンと振り回し始める。うん、解っているから大人しくしてね? 周りの奴隷さんたちが、ドン引きしてるから。



「……さて、怒れる姫を助けますか、ね」



 どうするか。窓を割って入るか? いや、音が立つから止めとこう。ここは正当に、出入口から入る事にすっか。



 クルリと体の向きを変え、裏手から反対側を回ってみたが、他の出入り口は無かった。それも当たり前か、ほかに出入口を作ったら、見張る手間も逃げ出すリスクも増えるしな。



 玄関まで回ると、立花さんを連れてきた猫背の男は居らず、見張りの男一人になっていた。ちょうどいい、あの見張りをなんとかするだけで済みそうだ。なら、ここは一つ、テンプレ様を参考にしよう。



 立花さんが蹴飛ばしていた石、かどうかは分からないが、手近にあった石ころを拾い上げると、見張りの足元目掛け、ヒョイっと放る。



 ──カラン



「ん? なんだ?」



 びくっと体を震わせた見張りの男は、持っていた長棒を構えると、石ころが転がっていった方へと注意を向ける。



「……なんだ、落石か──」

「──済まんね」



 見張りに一言謝ってから、ストンと首元に手刀を落とすと、「がっ!?」と短く息を吐いて気絶する。



 マンガやアニメ、ドラマなどでよく見るやり方だが、これが実際にやってみると、かなり難しかった。

 力が弱ければ意識を刈り取れないし、強いと首の骨を折ってしまう。この絶妙な力加減を覚えるのに、何度殺しかけたことか。そのたびに回復魔法で治したのは、黒歴史化である。




 意識を失い、地面に倒れこむ見張りの男。地面にぶつかる前にそっと抱き止めると、近くの茂みに寝かせる。



「ほんと悪いね」と最後にもう一度謝ってから山小屋の玄関へと近づき、辺りを窺いながら木で出来たドアノブをゆっくりと回していくと、ギィっとゆっくり開くドア。カギは掛かってなさそうだ。



「他に見張りは居ないかな?」



 開いたドアの隙間から、中を覗き込む。ゆっくりゆっくりと少しずつ木扉を開けていくと、急に扉が開けられた。



「うおっ!?」

「もう! 遅いっつーの!」



 バランスを崩し、倒れた先に居たのは、拘束された腕を組み、仁王立ちしていた立花さんだった。

 彼女が扉を引っ張ったのか。これはかなり怒ってますね。そして、パンツも見えてますね。……白か。



「……なに?」

「いえ、なんでも」



 汚れてもいないズボンをパンパンと払いながら、立ち上がる。



「それで、例の少女は中に居ましたか?」

「……居なかった」

「そうですか」



 じゃあ、一体どこに?



「……あのぅ」



 肩を落としていると、一人の女の子がおずおずと近づいてきた。



「あなた様方たちはいったい?」

「……ただの冒険者ですよ」

「冒険者、さま」



 勇者と名乗らない方がいいよな。



「その、冒険者様がいったい?」

「あなた達を助けに来たのよ!」



 拘束されながらも、胸を張る立花さん。うん、ぜんぜん偉そうに見えないね。



「助け、に?」



 立花さんの言葉を聞き、なぜか首を捻る女の子。そして、



「助けるの意味が分かりません」

「え?」



 今度は立花さんが驚き、俺は納得していた。



 ……そうだよな、この女の子の境遇は知らないが、自分から奴隷になった人、罪を犯し奴隷に堕ちた人、それらの人からしてみれば、助けに来たと言われても、何を言っているのか分からないよな。



「なんでよ、助かりたくないの!?」



 立花さんが女の子の肩を掴んで、揺さぶる。その腕に、細い腕が添えられた。腕を添えたのは、顔に深い皺を刻んだお爺ちゃんだった。



「助かる、とはなんですかな?」

「え?」



 添えた腕は、フルフルと震えて弱々しい。が、立花さんをまっすぐに見るその目の意思は強い。



「ここから出ても、私たちには行くところが無いのですじゃ。でしたら、売られた方が、いい……」



 腕を離す。そして、女の子を肩にポンと手を置くと、そのまま部屋の隅へと連れていった。


 周りを見れば、誰一人として、立花さんに助けを求める人は居なかった。



「なんなのよ……」



 俯いた立花さん。その顔は、黒髪に隠れていてわからない。




「──おい、ジャケの奴が居ねぇぞ?」



 そんな時、玄関の方から、男の声が聞こえてきた。まずい、奴隷商の仲間か!?




 窓から外を見る。すると、松明に照らされた強面の男が十人ほど居るのが見えたほか、あの時の、大きな檻を乗せた荷車も見えた。

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