第33話 今回は、じゃんけん無しで



 奴隷商館である”キャッチ・ミー”から出ると、辺りはすっかり日が暮れていた。



 用心棒の男に軽く会釈してその場を離れ、大きな通りに出ると、立花さんが分かりやすい溜息を吐いた。



「結局、どこに居るのか聞けなかったわね」



 そう言って、力無く肩を落とす。



「まぁ、あの奴隷商館に珍しい獣人族が居ると解っただけ、今は良しとしましょう」

「良しとしましょうって、その珍しい獣人族とやらがさ、あの女の子だとは判らないんでしょ?」



「ハァ」と再び息を零す立花さん。彼女を元気づける為に言った言葉だったのだが、逆に機嫌を損ねてしまったようだ。



「そうですね。それだけでも解れば良かったのですが」



 立花さんに同意する。




 結局、”キャッチ・ミー”の主だったあの男は、最後までその珍しい獣人族についての情報は漏らさなかった。さすがはプロってとこか。



 だが、これは勘でしかないが、”キャッチ・ミー”の主は、間違いなくあの両翼の女の子を知っている。あの店で取り扱っているのかどうかまでは知らないが。


 なら、欲しいと伝えた事で、手遅れにはならないはずだ。まぁ、そのせいで、こちらの足元を見られるという問題も出て来たわけだが。



「それにさ、アイツが最後まで言わなかったってことはさ、他にも同じような子が居るって事でしょ? ならさ、その子達も全員助けなきゃいけないじゃんね!」

「そう、ですね」



 言葉を濁す。言わなかった=他にも珍しい種族の奴隷が居ると、単純にはならないだろうに。まぁ、その可能性は高いけどさ。



「なに? 助けたくないの? 前もはっきりしなかったけどさ、困っている人が居るのなら、助けるのが普通じゃん?」

「そうなんですけどね」

「ならば、助ける! これは決定ね!」



「むん」と、やる気を出す立花さん。さっきまで肩を落としていたのに、セルフリカバーとかさすが勇者だな。




 ──そんな彼女とは逆に、俺は彼女のその言葉にやる気を失っていった。


 彼女は知らない。この街の奴隷全てを助けるのに、一体どれだけの時間と労力が掛かるのか、を。この街の奴隷商館は”キャッチ・ミー”だけでは無いだろう。なら、この街全ての奴隷商館を探し出さなくてはいけないのだ。それを想像するだけで、頭が痛くなる。




 今回のミッション対象はあの両翼の少女だけ。女神様クマさんも、奴隷全てを助けろとは言っていない。ならば、全員を助ける必要は無いのだ。


 時間制限のある俺たちの最善策は、あの両翼の少女だけを助け出し、残りの奴隷は、自分たちでなんとかしてもらう。決して助けないわけではない。その先を自己責任にしているだけで、助けているのだ。──でもきっと、立花さんかのじょは納得しまい。




 ──じゃあ、俺は? 俺はあの少女以外を見捨てる事が出来るのか? はたまた助けたいのか?


 俺だって、困っている奴隷は助けたいし、力になってやりたい。俺の中の勇者もそれが正しいと、諸手を挙げている。


 しかし、今回は無理だ。無理な事もあると、彼女を説得するのだ。時間と正義を天秤に掛けさせるのだ。例え、その事で彼女が勇者を嫌いになったとしても……。



 ──俺自身、今後の為に、一本、筋を決めないといけないな──



 それにしても、立花さんの基準が判らない。一刻も早く前の世界に帰りたいのか。それても、この世界を助けたいのか……。ダブルスタンダードと言えば聞こえはいいが、立花さんの従者である俺からすれば、堪ったもんじゃない。




「それで? 次はどうすんの?」



 正直、かなり手詰まりな感じで気が滅入っていると、グイっと服を引っ張られた。ったく、君が言った言葉のせいで、こっちは悩んでいるんだよ?




「そうですね……」



 気持ちと頭を入れ替え、考える。


“キャッチ・ミー”の主は言った。『宝物はちゃんと隠してある』と。そうする事は、きっと奴隷商人としての常識なのだろう。なら、そう遠くない場所に、あの少女は居るはずだ。



 しかし、簡単に見つかる場所では無いはずだ。、巧妙に隠されていて、素人の俺たちには、決して見つけられないだろう。それに、この街内外どちらかは判らないし。


 この前獲った【探索】スキルは、まだレベルが低くて使えないだろうし。ほんと困ったな。



「どうすんのよ!?」

「ちょっと、落ち着いてください」



 服の裾をグイグイ引っ張る立花さん。今は考え事をしているんだから、ほんと落ち着いてほしい。だから嬢ちゃんと呼ばれ──……、まてよ、嬢ちゃんなら、高値で売れそう……?



「よし、これなら」

「なんか良い案でも浮かんだ?」



 パッと顔を明るくした立花さんに、出来うる限りの営業スマイルを浮かべ、




「──今度は立花さんが、囮、やってみませんか?」

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