第32話 奴隷商館の主
扉から顔を出した男は、俺と立花さんの顔を交互に見ると、扉の向こうへと顔を引っ込めた。
「ちょっと──」
「──こっちだ」
立花さんの抗議を遮り、中へ入る様催促する男。
「なによ!」とプリプリする立花さんを宥め、少し警戒しながら部屋の中に入ると、そこは応接室の様な設えの大きな部屋だった。
「ヴァイオレットの紹介ってのはアンタらか。まぁ座んなよ」
革張りの一人掛けに座った男に、対面の、これまた革張りのソファーに座るように言われたので、従う。おぉ、柔らかい! ケツが沈む! こいつはきっと、お値段以上に違いない!
「……それで? 今日はどういった用件だい? そっちのお嬢ちゃんでも、売りに来たのかな?」
「──なっ!?」
男の言葉に絶句し、立ち上がる立花さん。それを見て、
「ん、違うのか? 嬢ちゃんなら、結構な値段で買い取っても良いんだが」
「なんで私が売られなきゃいけないのよっ! 言ってやってよ、御供さん!」
「まぁまぁ、落ち着いてください」
上手いこと話の主導権を握られたか。まぁ、良い。別にケンカしに来たわけじゃないし。
それにしても、クレアさんからは用件は伝わっていると思ったのだが、違うのか? 本人の口から説明した方が良いと思ったかのかもな。
「今日ここに来たのは、他でもありません。パーティメンバーを増やそうかと思ったからです」
「ほぉ。パーティメンバー、ねぇ」
チラリと立花さんを見た男は、俺へと視線を戻し、
「おたく等、冒険者なのかい?」
「はい」
ここで嘘を吐くメリットは何もないので、素直に答えた。
すると男は、なぜかウンウン頷き、
「そうかい。まぁ、人が増えればその分、生存率は上がるわな。それに、万が一の時は、奴隷を囮に逃げられるしよ」
「──な!? そんな事、するわけないでしょ!」
「まぁまぁ」
まるで、ひな壇芸人並みの早さで立ち上がる立花さんを宥める。それを見て、「クックッ」と男は笑っていた。立花さんをからかって楽しんでんな、コイツ。
「……自分も彼女も前衛なので、必要なのは後衛職。出来たら魔法が使えると良いのですが」
男に話の進行を任せたら、幾ら時間と忍耐力があっても終わりそうにないので、さっさとこちらの要望を伝える。
すると、男が顔を
「ソイツは冷やかしか? そんな人材が、奴隷堕ちしているわけねぇだろ」
そんな事は百も承知、だからこそ言ったのだ。「お、ちょうど良いのが居るよ!」と言われた方が逆に困る。
フゥと、短く息を吐いた俺の横で、「奴隷堕ち?」と、立花さんが顔をこちらに向けてきた。あとで説明してあげるから、ちょっと我慢してね。
「……そうですか。なら、獣人でも良いかな?」
「……獣人、だと?」
男が片眉を上げる。
「……そいつは、なんでまた?」
「いえ、自分も彼女も人族ですからね。なら、ここらで獣人族を入れるのも良いかと。獣人族には、人族には無い能力があると聞きます。それが、俺らの助けになったりしないかなと思いまして」
ニコッと笑い掛ける。すると男は背もたれに寄り掛かり、「ふむ」と腕を組んだ。
「……前衛が出来るのは居るが、欲しいのは後衛、だよな?」
「えぇ、そうです。それか──」
「コホン」と間を取って、男の目をまっすぐ見る。
「──珍しい種族の獣人とか、居ませんかね?」
「珍しい、種族だと?」
そう言った対面の男の、纏う空気が変わる。そのせいか判らないが、部屋を明るく照らすロウソクの火が、ジジッっと揺らいだ気がした。
明らかに剣呑な雰囲気。だが、ここで引いちゃいけない。こっちだって、遊びで来ているわけじゃない。ミッションが掛かっているのだ。
雰囲気に飲まれないよう、腹に力を籠め、ズイッと身を乗り出す。
「えぇ、珍しい種族ですよ」
「……なんでまた、そんなのを欲しがんだ?」
男は一呼吸置いて、再び背もたれに身体を預ける。
「……簡単な事です。自分も知らない様な珍しい種族なら、もしかすると後衛に必要な能力を持っているかもしれない。そう思ったので」
用意してきた理由を述べる。ただ単に、「珍しい種族の獣人が欲しい」と言ったところで怪しまれないだろうが、念には念を入れる。怪しまれて紹介されなかったなんて事は、絶対に避けたいしな。
「……確かに、そういう種族が居るってのは、聞いた事があるがな」
そう言うと、男は前のめりになり両肘をセンターテーブルに乗せた。そして、無遠慮に俺へ顔を近付ける。
「……ただよぅ、お客さん。そういう商品はよ、一見さん相手においそれとは売れねぇのさ。解るだろ?」
ギロリと、下から睨み上げてくる。おぉ、迫力あるなぁ。でもよ、オーガに比べたら大した事ねぇな。
「誰でも最初は一見さん、でしょ?」
男の脅しを軽くいなして、微笑んでやる。すると、男はフッと表情を崩し、
「……良いだろう」
お、合格みたいだ。
「では、売ってもらえるんですね?」
「そう焦るもんじゃねぇ。ここには居ねぇよ」
「居ない? 居ないってどういう事よ?」
黙って成り行きを見ていた立花さんが睨む。と、男は悪ふざけた様に、両手を上げて、
「そんながっつくんじゃねぇよ、嬢ちゃん。美人が台無しだぜ?」
言ってくっくっと笑った後、パチリと片目を瞑って、
「大事なもんはな、ちゃんと宝箱に隠してあんだからよ」
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