第24話 両翼の少女



 ゆっくりと目の前を進んで行く檻。



 その中に居る赤金色の少女に、やたらと目を奪われる。片方の翼がそれぞれ違うなんて、珍しい獣人だからだろうか?


 それにしても鳥とコウモリ、両方の羽を片方ずつ生やす種族なんて、さすがの俺でも知らないぞ。



 俺たちが見ているのに気付いていないのか、その少女は手枷てかせが嵌められていないというのに全く動く気配は無く、薄布から伸びる白い手足を力無く折り曲げ、ペタリと座るだけ。


 奴隷という立場上、そりゃ生きる気力というのは持ちづらいかもしれない。

 だが、この少女からはそれ以上の何か、言うなれば生きる事そのものが欠落している。まるで魂すらも抜け落ちてしまっているかの様だ。



「おら! 何見てやがる!?」



 檻をジッと見ていた俺たちに、護衛のおっさんが怒鳴り散らす。そんなにじろじろ見てたんかな?



「あ、スミマセン」



 立花さんじゃないが、道を譲ったのだから因縁つけるの止めてくんない?



「なんだ、お前等?」

「いえ、ただの通りすがりの者ですよ」



 嘘も間違ってもいないよな。



「……その子、どうするのよ?」



 立花さんが、護衛に問う。その問いに護衛は少女へと視線を移し、



「コイツか? こいつはな、この先にあるヌワイの村から買ったのよ」

「買った?」



 あ、声のトーンが下がった。こりゃキレたな、立花さん。



「そうさ、口減らしってやつよ。今年はどこの村々も、収穫がさっぱりだったからよ」



 護衛がやれやれと首を振る。その護衛の言葉に、ナバダ村の小麦畑を思い出した。素人目からでは、そんな不作って感じではない様子だったが、例年だともっと作物が穫れるのだろうか。



 そんなやり取りとしている最中も、檻の中の少女は顔も上げようとせず、冷たそうな木の板をぼんやりと見つめるだけだ。



「ま、可哀そうだけどな」と、思いやる様な憐れむような護衛の態度に、立花さんの雰囲気が少し和らいだ。




「──おい、そこ! 何をサボってる!」



 突然、神経質な声が掛けられた。そちらへと目をやれば、先頭を歩いていた小太りのおっさんが、出っ張っている腹と被っている黒のシルクハットを揺らしながら、こちらへとやってくる。うん、いかにも奴隷商人って感じだな。



「アンタらには高い金を払ってんだ! しっかり働いてくれないと、困るんだよ!」

「すみません」



 護衛を𠮟りつけた小太りのおっさんは、クルッと体の向きを変えると、今度は俺たちに、



「なんだ、お前等は!?」

「いえ、ただの越後のちりめん問屋ですよ」

「ちりめん、どんや?」



「はて? なんだ、それは?」と目線を上へと上げて考え込む。俺の横では立花さんが、「ちょっと、ちりめんどんやって……」と呆れていた。ギャルが良くちりめん問屋を知っているな。



「えぇい! ちりめん問屋だか何だか知らんが、商売の邪魔はしないでくれ!」

「なによ! 邪魔なんかしてないじゃない!」

「わしがこうしてここまで来ている時点で、邪魔をしているのだ!」

「なによ、それ! アンタが勝手に来たんじゃない!」



 狭い道で言い争う二人。そうこうしている内に、馬車も荷車もゆっくりと先に進んでいて、護衛もどうしたら良いのかオロオロしている。



「邪魔してるんだ! それともなにか!? お前らがコイツを買うか!?」



 小太りのおっさんが、過ぎて行った檻を指差す。え、流石にそれは──



「──買うわ!」

「ちょっと立花さん!?」



 熱くなり過ぎだっての!



「幾らよ!」

「エディーダ金貨で三百枚だ! 一切まけんし、ローロック王国金貨じゃ駄目だぞ!」



 おいおい、金貨三百枚って! 冒険者ギルドから受け取った買い取り額でさえ、金貨八枚だったんだぞ。さすがに高過ぎる!



「いいわ! 御供さん!」

「……さすがに払えませんね」

「──そんな!?」



 絶句する立花さん。いやいや、そんなって。なんか俺の稼ぎが少ないみたいじゃないかよ。



 と、小太りのおっさんは、立花さんのその様子を見て、自分の勝ちを確信した様に胸と腹を張り、



「フン! 貧乏人風情がいい気になりおって! おい、行くぞ!」



「がっはっは」と高笑いをしながら、護衛を伴って去っていく小太りのおっさん。その背を「ぐぬぬ」と、悔しそうな目で見る立花さん。女子高生が発していい声じゃないよ、それ。



 ガラガラと、曳かれていく仔牛──じゃなかった、荷車。


 その姿が小さくなると、「可愛い子だったなぁ」と、しんみり呟く立花さん。



「そうですね」



 可愛い以上に、どこか印象に残る少女だった。



「……でも、可哀そうな子だったね」

「……はい」



 可哀想だな、確かに。売られたのは、家族がそう言ったのか、自分からそうしたのかは分からないが。



「……助けられない、かな……」



 立花さんがポツリと呟く。それに、俺は答えなかった。



 正直言えば、俺だって助けたい。



 ──だが同時に思う。



 あの子だけ助けるのか? 他の奴隷は助けないのか?


 買うのか? それとも奪うのか?


 助けた後、どうするんだ?



 色々と否定的な考えが浮かんでくる。助けたいと思うと同時に、助けない言い訳も同時に考えるなんて、俺も嫌な大人になったもんだ。



「……行きましょうか」





 結局、どちらの答えも出さないまま、俺は立花さんを促すのだった。

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