第二章 プロローグ 両翼の少女 ②


「……お前たちは何者ですか?」



 翼に魔力を込めながら、金髪の女性は集落を襲撃したリーダー格の男に問う。



「知ル必要ハ──ムッ?」



 だが、リーダー格の男は、それがただの時間稼ぎであり、さらには自分の苛立ちを増大させるだけだと突き放す。が、どこか引っ掛かりを感じ、周囲に目を配る。



 それは少女も同じだった。自分の足元がやたらと明るい。たまらず確認すると、そこには五芒星と六芒星が二重にも三重にも重なった、光を帯びた幾何学模様の魔法陣が浮かび上がっていた。



「狙イはソレかっ!」



 家に押し入って、初めて焦りの色を見せるリーダー格の男を尻目に、金髪の女性はさらに翼の魔力を練り上げていく。


 と同時に、少女は本能で理解した。この魔法陣が発動したが最後、もう最愛の人には会えなくなることを──。



「ぐっ! ぐうぅう!」



 少女は必死に抵抗した。本来なら、彼女が抵抗出来るものでは無いのだが、火事場の馬鹿力──己の限界を超えた力を持って、必死に抵抗する。でないと、後悔するのが解っているから。



「──あぅ!?」



 そんな中、少女の細い太ももに小さな痛みが走った。そのせいで集中が切れ、魔法陣の光が一気に高まる。もうここまで来ると、魔法陣の起動を阻止するのは不可能だ。




 誰っ! 邪魔をしたのはっ!?




 戸惑いに揺れる白黒のオッドアイ。

 同時に、少女に似合わぬほどの怒りが籠った顔を上げる。すると、こちらに手を向けていたのは金髪の女性だった。彼女の放った小さな風の刃が、少女の足に傷を作ったのだ。



「おかあさんっ!?」

「早く、行きなさい!」



 金髪の女性が叫ぶ。

 起動し始めた魔法陣がさらに光を増し、立体模様を創り出す。光の内側に居る少女は、そこから抜け出そうと光の壁を両の手で必死に叩く。



 いやだ

 いやだ

 いやだ!



 必死に手を伸ばし、涙を流す少女の足元には、五芒と六芒に象った星紋が、幾重にも重なって今か今かとその力を行使する時を待っている。あとは、術者である金髪の女性が言葉を紡ぐだけ。


 そして躊躇いつつも、その言葉を口に出そうとしたその時──



 ──とすっ──




「──え」



 ゆっくりと、ゆっくりと視線を自分の胸に視線を落とす金髪の女性。そこには、赤い血を纏った黒塗りの刃が、まるで初めからそこに在ったかの様に、ごく自然に突き出ていた。



「サセン」

「かふっ」

「おかあさんっ!?」



 金髪の女性の背後から、リーダー格の男が現れる。トンと後ろから押され、崩れ落ちる金髪の女性。その姿を光の壁の向こう側から見て、たまらず口を覆う少女。



「おかあさん! おかあさん! おかあさんっ!」

「……ぁ……ぅ……」



 口から血の泡を吐きながら、少女──娘へと手を伸ばす金髪の女性。しかし、その手は僅かに進んだだけで、パタリと落ちる。



「初メカラ、コウスレバ」



 数々の憂さ晴らしが出来た事に、満足げに嗤うリーダー格の男は、そのままスタスタと少女へと近付き、魔法陣の発する光の壁に触れる。このまま魔力を流し込んで無効化しようとした刹那、光の壁が、七色に光りはじめた。



「ナニっ!?」



 驚愕。

 その声を聞いて、金髪の女性が口端を上げた。力尽きたその手の場所には、自分で築いた魔法陣。そこに自分の血を流し込んでいた。




 七色の光が上空へと突き上がる。中に居た少女の体が地面から離れ、七色の光と共に上へ上へと昇っていく。



「逃ガサン!」



 リーダー格の男が、魔法陣を止めようと光の壁に魔力干渉する。しかし、バチッと光の壁が拒絶する。



「……さよ、な……ら……」

「いや! いやだよ、おかぁさ──!」



 金髪の女性が、ポツリと零したその言葉が引き金だったのか、一際眩く光った魔法陣は、次の瞬間には、少女の間延びした叫び声を残滓に変え、消えた。


 その様子を朧な意識で確認した金髪の女性は、声無き声を上げると事切れた。



「……チッ!」



 リーダー格の男が、骸から短剣を強引に引き抜くと、ビクリと震えた骸を八つ当たる様に蹴りつける。


 そして、短剣を素早く振って血糊を払うと、背後に生まれた気配に問う。



「ヤッタ、か?」

「……イエ」

「ソウカ」



 配下の答えに舌打ちしそうになるのをグッと堪え、家を出る。周囲を探るも、どうやらすでに動く者はいない様だ。



「……退クゾ」



 配下に指示を出すと、その姿が闇夜に溶ける様に消えた。


 後に残ったのは、濃い鉄の臭いと、頬に一筋の涙を流したむくろ。そして、どこからともなく取り出された、人族の首だった。




 だが、ホウホウと鳴く夜鳥は、特に大した興味を示す事なく、今日もただ獲物を探す。それほどに、地図上から集落が一つ消えた今夜の出来事は、今の世界にとっては日常茶飯事であった。

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