第二章 プロローグ  両翼の少女①


 中大陸と呼ばれる大地の、森奥深く。



 ホウホウと、夜の鳥が愉しげに鳴く中、暗闇に銀の線が鋭く走る。続いて、何かが倒れる音と悲鳴。

 だが、その悲鳴を聞き咎める者はいない。誰も彼もが、自分の身を守る事に必死なのだ。



 深い森を切り拓いて造られ、普段は静寂に包まれたその集落は、突如として黒装束の集団に襲撃されていた。



 太い枝を編み込んで造られた、まるで大きな鳥の巣の様な家々が点在する小さな集落。

 その家々が高く火を上げ、その傍らには、先程まで住人だったであろう黒いモノが倒れている。

 違う方へと目を向ければ、体中の血液を流し切ってしまったほどの赤い水溜りの中に沈むモノの姿。


 そういった光景が集落のあちらこちらで見受けられ、そして今もって続いていた。



 ゴオッ!



 誰かが放った火球が、地を這う様にして襲撃者を捉える。ガオッ!と火柱が上がったその左右から、別の襲撃者が現れ、火球を放った者を左右に切り裂いていく。



「がぁっ!?」



 また一つ、住人を物言わぬモノへと変じながら、襲撃者はさらに集落の奥へ奥へと突き進む。

 その間、抵抗する者、逃げ惑う者、老若男女問わずその全てを手に掛けていった。まるで皆殺しがその目的である様な凶事が、そこかしこで繰り広げられた。



「──ココ、か」



 そうして奥へと突き進んだ襲撃者の集団が、一際大きな樹の上に建っている家を指差す。と──



「グワッ!?」

「──!? 散レ!」



 襲撃者の一人の首が飛ぶ。それを見届ける事無く、襲撃者のリーダー格の男が指示を飛ばす。

 その横を風の刃が通り抜け、背後にあった小枝がその根元から綺麗に落ちた。



「チィっ!」



 リーダー格の男が舌打ちする。

 避けなければ自分の首もあの小枝の様になっていた事に肝を冷やしながら、風の刃が飛んできた方向、大きな家へと駆けていく。


 その先に待ち構えていたのは、背中から生えた、白い鳥の様な翼を緑色に光らせた、銀髪の女性。



「はぁっ!」



 裂帛とともに腕を交差して生み出した風の刃を、向かってくるリーダー格の男へと放つ。



「──甘イ」



 が、リーダー格の男の男は背中から一本の短剣を取り出すと、向かってくる風の刃を受ける。



「──!? まさか、魔剣っ!?」



 白い翼の女性が声に多大な焦りと含ませながら、次の風の刃を生み出そうと翼に魔力を込める。だが──



「遅イ」

「きゃっ!?」



 風の刃を短剣で弾き切ったリーダー格の男の接近を許した事に、短い悲鳴を上げた白い翼の女性は、翼への魔力を一旦切ると、大きく羽ばたかせて頭上へと飛び去る。



「チッ。追エ!」



 短く舌打ちをしたリーダー格の男が、周囲へと視線を配ると、配下の襲撃者がコクリと頷き、飛び去った女性の後を追う。



「……本命ハ、こっちカ」



 だがリーダー格の男は追わず、一人その様子を見届けると短剣を背中へと仕舞い、目の前にある大きな家へと歩き出し、そして躊躇ためらう事無く家の中へと入っていった。



 夜だというのに室内に明かりは一切点いておらず、外と変わらぬ闇の空間。しかしリーダー格の男は一切迷う事無く、まるでこの家の住人の様な足取りで、家の中を物色していく。と──



「──ファイアバレットっ!」



 力を持った言葉。と同時に現れた火のつぶてが、リーダー格の男に襲い掛かった。



「ハァ!」



 しかし、リーダー格の男は一つの焦りを見せる事なく鋭く後ろに飛び退くと、抜いた短剣で、自分に当たる範囲の火の礫を叩き落していく。



「ソコ、か!」



 火の礫を凌ぎきったリーダー格の男は、懐からナイフを取り出すと、闇色に染まった部屋の片隅へと投げ放つ。



「きゃあっ!?」



 短い悲鳴が部屋に響き、程なくして空気に鉄の臭いが混ざり始めると、リーダー格の男はニィっと口を歪めた。



「精霊ヨ、我ノ言葉ニ応エタマエ。ライティング」



 光を生み出す魔法を唱え、悲鳴の聞こえた方へ放る。

 するとそこに浮かび上がってきたのは、金色の髪を長く伸ばした、黒いコウモリの様な翼を背中に生やした女性。その背後には、白と黒、二つの翼をそれぞれ片側ずつ生やした、赤金色の髪の少女の姿も見える。



「──見ツケタ!」



 少女を視認したリーダー格の男は、自分の口が喜びでさらに歪んでいくのを自覚する。その顔を見た赤金色の少女の、翼と同じ色をした白黒のオッドアイが、恐怖に歪む。



「──ファイアボールっ!」



 そのリーダー格の男に、金髪の女性は詠唱を終えたばかりのファイアボールを叩き込む。

 ゴアッ!と室内に炸裂した火球が爆ぜ、生まれた熱い空気に少女は思わず腕で顔を覆った。



「姑息、ナ!」



 ファイアボールが起こした熱波に、リーダー格の男は苛立ちを隠さず舌を鳴らす。



「今のうちに──」



 金髪の女性が少女の腕を引っ張り、この場から逃げる為に走り出そうとしたその時、ファイアボールの爆ぜた火柱からヌッと腕が伸び、女性の髪を引っ張り上げる。



「あぐっ!?」

「おかあさん!」



 少女が悲鳴に近い声を上げると、おかあさんと呼ばれた金髪の女性は咄嗟に少女の手を離し、ドンと突き飛ばす。



「きゃっ!?」

「──っ!」



 突き飛ばされ、受け身も取れずに倒れ込む少女。

 それを見届けた金髪の女性は、髪を掴まれている事も構わず、リーダー格の男から距離を取る為飛び退く。ブチブチと髪が千切れるが、何とか男と距離と取る事に成功した女性は、痛みで目端に浮かぶ涙を拭う事なく、自分の黒い翼に魔力を込めていく。



「イイ判断ダ……」



 消えゆく火柱から現れたリーダー格の男が、その手に残った金色の髪をパラパラと床に落とす。口から出た言葉は褒めているが、内心平静を保つのも限界に近いほど苛立っていた。

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