第一章 エピローグ  幼女の悩み


 いつ始まったのか、それすらもすでに定かではない終古しゅうこの集い。

 星々が命を煌めかせる中、参加した者たちの発する果ての無い話声が、辺りを支配していた。



 そんな中、決してあでやかではない赤い着物を着た幼女が一人、浅い嘆息を残して場を去ろうとしていた。

 つややか黒髪をおかっぱに切り揃えた、日本人形の様な髪型をしたその幼女の顔は、今回の集いが彼女にとってあまり有意義では無かった事を物語っている。いや、今回だけではない。ここ最近の集いは、彼女からすれば、全く持って時間の無駄だと言わざるを得ない内容ばかりだった。



(ふん。どいつもこいつも自分のモノの自慢ばかりしおって)



 面白くないとばかりに鼻を鳴らした幼女。が、彼女自身、今回の集いも味気の無いものになるだろうと予測はしていた。相も変わらない、面白くも無い自慢大会おしゃべりの場になるだろう、と。



 それでもこの幼女が会場に来たのは訳があった。それは、ある者の願いを叶えてやること──。



 否が応でも耳に入ってくる下らない話から逃れる様に首を振りながら、「さて誰か居ないか?」と視線を巡らせていると、少し先に、黒いローブで顔を隠した少女がちょうど立ち上がっている所が見えた。



「あ~、もし……」



 着物の幼女がローブの少女を呼び止める。すると、ローブの少女がビクリと体を震わせた。



「あ、すまぬ。別にお主を捕まえて、無駄話をしようという訳では無いんじゃ」



 着物の幼女が両手を広げ、パタパタと振りながら詫びる。

 それを見たローブの少女はほっと肩を撫で下ろした。

 そして、スッと視線を着物の幼女に合わせる。と同時に、被っていた黒のローブから、銀色の髪がハラリと垂れた。それを直すのを待ってから、着物の幼女は話を切り出した。



「……じつはの、ある者の願いを叶えてやりたくてな──」



 そうして着物の幼女は、髪と同じ銀色の目を向けてくるローブの少女に、自分がなぜ話し掛けたのか、その経緯を話していく。



「──という訳なんじゃ。どうかの?」



 一通り話し終わると、着物の幼女は小首を傾げる。その仕草は、着ている着物も相まって七五三を迎えた幼子の様だ。



 着物の幼女の黒い目が見つめる中、一つの動きも見せないローブの少女。



(さすがにちと、性急過ぎたかの)



 その様子に、着物の幼女は事を急き過ぎたと後悔した。話の内容が内容だけに、話した当人もそう簡単に承諾してもらえるとは思っていなかった。



 もしこれが逆の立場であったのなら、思いつく限りの断りの言葉を口にしていたであろう。

 だから、黙りこくってしまったローブの少女を責めるつもりなどさらさら無い。おそらくいま、目の前の彼女が自分の話を断る為に、ありったけの言葉を捻りだしている事は想像に難くない。



「ま、まぁ、今すぐに決めて欲しい訳じゃないのじゃ。だからそんな顔をしないでくれるかの」



 実際にローブの少女の顔は見えない。が、着物の幼女には手に取る様に解っていた。

 相手を傷付けずに断る事は、どれだけ生きてきたとしてもそう簡単に出来るものではない。そんな気遣いを初対面の相手にさせてしまっている事に、着物の幼女は悔やんでいた。



「じ、じゃあ、邪魔したの」



 これ以上相手を苦しめたくはないと、自ら話を切った着物の幼女がその場から逃げる様にクルリと体の向きを変え、ローブの少女に背を向けて歩き出す。すると、



 ──くんっ



 着物が引かれる。

 その場から逃げ出したかった着物の幼女がそこに目を向けると、自身よりも少しだけ小さな手が、チョコンと遠慮気味に裾を握っていた。



「……おぬし?」



 ローブを被った少女の思わぬ行動に、当惑した着物の幼女が問う様な声を上げる。

 すると、裾を握っていた手は解かれ、そして次の瞬間には──



 ──コクリ



 と、ローブを被った頭が縦に振られる。



「──いのか?」



 自分で言い出した事だと言うのに、相手の出した答えが信じられないのか、再度尋ねる着物の幼女。その問い掛けに、再びコクリと首肯を返したローブの少女。



「──!? そ、そうか! ならばこうしちゃおれん。詳細を詰めなきゃの! なに、そんな難しい事では無いし、おぬしばかりに負担は掛けん!」



 パァっと顔を明るくした着物の幼女は、善は急げとばかりにローブの少女の手をガシッと握ると、内緒話でもするかの様に、誰も居ない空間へと移動していく。




 その様子を、背後で煌めく星々がそっと見つめていた。




   ◇




「さて、少し様子を見てみるかの」



 丸太の柱が幾重にも連なる荘厳そうごんな御宮の奥座敷おくざしき

 華やかな屏風びょうぶや意匠を凝らした欄間らんまが、座敷の格式をいやが上にも高めている。



 その座敷の主人である着物姿の少女は、最近お気に入りの湯飲み茶椀に並々と注がれた温いお茶をふうふうと冷ましながら、目の前に置かれた水晶玉をスッと撫でる。



 中心に薄くもやが生まれ、やがてそれが落ち着くと、何やら映像を映し出す。

 その反応に満足した様に「うんうん」と頷き、着物の幼女は近くの膳に湯飲みを置くと、「どれ」と水晶玉を覗き込んだ。



 そこに映ったのは、黒く長い髪を一つに結わいた一人の女の子が、自分に向かってくる大きな猪の頭を、持っていた異国作りの大きな剣で切り落とすところだった。



「おお!?」



 前のめりとなった彼女は、満足げにうんうんと何度も頷く。



「うむ、強くなったのぅ。これならもう問題ないじゃろ」



 ふぅと、まるで肩の荷でも下ろしたかの様な息を吐くと、膳に置いた湯飲み茶碗を手に取り、ズズズッとすする。



「これでわらわも、胸を張ってまたお役目につけるというものよの」



 終古の集いじかんのむだに行った甲斐があったとうんうん頷き、着物姿の幼女は自分の行いを自画自賛する。今日のお茶は一段と美味しいと、ホクホク顔だ。



「また少し経ったら、様子を見てやるかの」



 なみなみとあったお茶をすっかり飲み干し、ふぅと可愛らしく息を吐くと、少女は映像を消す為に水晶玉を撫でる。今度見る時には、さらに強くなっているであろう少女の姿を想像し、ふふふと柔らかく笑う。

 待ち遠しいが、まぁ問題無い。永劫えいごうを生きる幼女にとって、それは悪戯いたずらみたいな時間でしかないのだ。



 すると、消えゆく靄の中に、見たことの無い男の姿が映った。



「ん?」



 気になった幼女が再び水晶玉を撫でると、靄がフルフルと揺れ、鮮明な映像を映し出す。そこには、一人の若い男の姿。

 短めの両刃剣で、悪鬼の親玉に力勝負を挑むその若い男は、特筆に値しない容姿。


 ──なのだが、着物姿の幼女は、彼の姿を見て何故かふるふると震えだす。そこにあったのは戸惑いであった。



「誰じゃ、コヤツは!?」



 ガシッと水晶玉を両手で掴み上げる幼女。




 その顔は、信じられないモノを見た者が浮かべる表情そのものだった。

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