第57話 聞いてみればいいじゃない


「村の復興に目処が付いたら、出立ちしましょうか」



 次の日、食堂で朝食を食べながら、立花さんに自分の考えを伝える。すると彼女はほんの短く目を見開いたが、小さく「うん」と答えてくれた。



 それから二日間、俺たちは復興作業に従事した。その間、黙々と作業する立花さんの姿が印象に残った。




 そうして復興にある程度目処が付いた翌日、俺と立花さんはしっかりと旅支度をし、宿屋の親父に、出立する事と飯が旨かった事を伝え、宿屋を出る。朝早いせいか、宿屋の娘の姿は見えなかった。



「それじゃあ、行きましょうか」

「うん」



 まだ低い陽の光の下、立花さんを連れ立って、北門を目指し歩き出す。

 昨日聞いた話によると、このナバダ村の北にはタキサスという、ここら辺一帯を治めている、一番栄えている街があるらしい。とりあえずその街を目指そう。



 宿から北門はそんなに離れていない。なので、すぐにこの村とはおさらばだ。嫌な事の方が多かったが、それでも異世界で初めての集落なので、少しは感慨深いものもあるな。



「……あのさ、この村の人たちはなぜ力も無いのに、危険だと解っているのに、こんな場所に村を作ったの?」



 そんな短い道中で、立花さんが質問してきた。気になっていたんだろう。



「それは自分にも解りません。気になるなら聞いてみましょうか?」

「え?」



 立花さんが首を傾けるので、前を指差す。

 その指先を追って前を向くと、見えて来た北門に人影が見えた。



「皆さん、どうしたんです?」



 北門に着き声を掛ける。

 見れば、万屋の店主やジャンとミック、宿屋の娘を始め、見た顔がチラホラと見える。こんなに早く起きて、何かするのか? ラジオ体操でもあるのか?



「……行くのか?」



 万屋の店主が声を掛けてくる。それに「えぇ、まぁ」と適当に答えながら面々を見る。

 仏頂面を浮かべたり、俯いたりと様々だ。ますますここに居る理由が解らないんだが?


 すると、袖をクイクイと引かれた。立花さんだ。あぁ、さっきの事を聞いてみろって事か? 全く、自分で聞けばいいのに。コミュ障かよ。さすがあの女神に召喚された勇者だな。別に良いけど。



「あ~、まだ復興半ばでこの村を出て行くこと、許してください」

「別に構わん。逆に清々する」



 後ろ頭を掻きながら言うと、フンと鼻を鳴らして腕を組む店主。うん、ブレないな。



「そうですか。まぁ、皆さんも大変なら、違う場所に一から村を作った方がいいのでは?」



 復興の半ばでこんな事を言うのも失礼だとは思うが、村の総人口と比較すれば、相当な人が殺されている。家畜も失い、そして家々も破壊された。前も思ったが、ほんと別なところに村を作った方が早いと思うんだがな。



 すると、村人の一人が俯きながらも前に出て来て、



「それでも、おら達はこの村で生きていくしかないんだべ」

「……そう、ですか」



 そういうもんなのだろう。どれほど失っても壊されても、彼らにとってはこの村は大切な場所なのだ。たとえ、他に行くところがあったとしても。



 後ろを振り向く。立花さんは難しい顔をしていたが、俺に気付いて小さくコクリと頷いた。納得してくれたかな?



「じゃあ、行きます」

「……ありがとう、なんて言わねぇ。お前らが居なければ、この村は襲われる事が無かったんだからよ」

「そうですか」



 万屋の店主がフンと鼻を鳴らす。周囲の人もお見送りという雰囲気ではなく、どちらかと言えば清々するよみたいな空気だ。


 ……やはり最低な村だったな。復興を手伝ったのに、結局お礼の一言も無かったしよ。こっちも清々するわ。もう二度とこの村に来る事も無いな。



 北門を潜る。すると、背中から声が掛けられた。



「──だが、お前らが居なければ、この村はこの世界から消えて無くなっていた。だから……」



 その後はモゴモゴと口を動かすだけで、後ろ頭を掻く。おいおい、そういう事は、もっと早く言って欲しい。



「……良いってことよ、それが勇者一行だからな」



「じゃあな」と手を高々と上げる。

「またね、おじちゃん!」「バカ、お兄さんでしょ!」「勇者のお姉ちゃんもありがとう!」という子供たちの感謝と、「気ぃつけてな!」「魔王を倒してこいよ!」という大人たちの叱咤激励のはなむけ。……まぁなんだ。ほんの少しだけ、この村の行く末を気に掛けるとするか。



 北門を潜ると、南門と同じ様に畑が広がり、その間をまっすぐに道が伸びている。目線を上げれば、奥に見える山々に続いていそうだ。うえぇ、山越えになるのか? 嫌だなぁ。



「見てよ、御供さん」



 立花さんが後ろを指差すので振り返ると、ジャンとミックが大きく手を振っている。生き残った子供達も一緒に。中には、俺たちに頭を下げる大人の姿もあった。万屋の店主だけは、ずっと腕を組んでいるが。



「……どうです? 異世界も捨てたもんじゃないでしょう?」

「……そんなわけないじゃん。早く元の世界に帰りたいっての」

「そんな事言って、少しは好きになってきたのでは?」

「は? マジきも」



 プイっと顔を逸らす立花さん。だがその耳先が少し赤くなっていた。相変わらず解りやすい子だな。



「さて、それじゃあ行きますか」



 よいしょと背負い袋を背負い直す。まだまだ立花さんの教育も、そしてこの異世界の旅も始まったばかりだ。

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