第55話 復興

 


 ゴブリンジェネラルを倒し、まだ残っていたゴブリンの残党をある程度片付けながら宿屋と北門に向かい、そこに残っていた宿屋の娘や万屋の店主など村人の生き残りを連れ、二つの月と星々が照らす中、立花さんの居る南門まで移動した。



 南門で怪我人の治療に当たっていた立花さんと合流した俺は、再会の喜びに涙し、最愛の人を亡くして涙する村人たちを遠目で見ながら、彼女が淹れてくれた薄めの紅茶で一息入れていた。



「みんな、どうするんだろうね?」



 怪我人の手当を終えた立花さんが、俺の横に座る。

 その視線の先には、ジャンとミックが抱き合いながら涙を流していた。二人とも生きていて良かったなぁ。



「……どうするんですかね」



 質問に質問で返す。

 俺には彼らがこの後どうするのかなんて解らないので、マグカップに視線を落とす。ユラユラと湯気が立ち昇るが、立花さんへの答えはそこには無かった。



 実際、村人はこの後どうするだろうか。

 今もくすぶり続ける家や、壁が穴だらけになっている家はとても人が住めるとは思えない。修復よりも建て替えちまった方が早いと思えるほどだ。

 家畜も畑も失っているだろうから、復興にはかなりの時間を要するだろう。正直、この村を捨てて別の所に移動した方が、はるかに楽だと思う。



「……気になりますか、彼らが」



 我ながら、意地の悪い質問をしたとは思う。でも彼らは、それだけの事を彼女にしたのだ。

 それでも立花さんは、彼ら住人を気に掛けた。その真意はどこにあるのかは判らない。彼らを本気で心配しているのか。それとも一時の同情でそう思っているだけか。自分は出せなかったその答えに、興味が湧いた。



「……そう、だね」



 長い睫毛まつげが伏せられる。

 不意に、その先の言葉に、彼女がこれから勇者としてどう立ち振る舞うのかが見える気がした。勇者になれなかった俺は、それを知りたかった。




 永い思考の末、立花さんが目を開ける。



「……出来るのなら、助けたい、かな。お手伝いしたい、と思う」



 その目はまっすぐ前を捉えていた。



「……遅れますよ、確実に」



 何に、は言わなくても解るだろうから敢えて言わなかった。

 復興には相当な時間が掛かる。それは確実だ。にも関わらず、彼女は助けたいと言った。自分の最重要である、魔王討伐を後回しにしてでも、だ。



 彼女の視線はさっきから動かない。なら彼女の心も動かないだろう。



「……なら、自分もお手伝いしますよ」

「御供さん」



 怒られると解っているから敢えて口には出さないが、心の中で「それが勇者ですよ、立花さん」と彼女を褒めた。

 ……そうだよ、俺は勇者じゃないんだ。ゴブリンジェネラルアイツにもそう言ったじゃねぇか。女々しいぞ、俺。



「じゃあ、早めに寝ましょうか」



 紅茶を飲み干し、ゴロンと草むらに寝転がる。

 ほとんど被害が無かった宿屋は、今は怪我人溢れる病院と化している。なので、今日はこのまま野宿だ。



「立花さんはどこかの家で休ませてもらってください」



 野宿に立花さんを突き合わせるのは悪い。幾ら嫌われているとて、彼女位ならどこかの家に泊めてくれるだろう。


 しかし、立花さんは首を横に振る。



「いいよ、私もここで」

「……そうですか。なら、おやすみなさい」



 腕を枕にして、横を向く。すると、思った以上に疲れていたのか、ほどなく睡魔が襲ってくる。その奥で、誰かが「おやすみ……」と言った気がした。




   ◇




 明くる日は朝から忙しかった。



 自前で用意した朝ごはんを食べた俺たちは、困っている住人に声を掛け、手伝いを申し出る。勇者に対する印象回復の、大事な第一歩だ。



「あの~、私たちも片付けを手伝おっか?」

「……」



 片付けで出た重いガレキの運び出しに苦労していた老人に、立花さんが声を掛けた。だが、老人からは全く返事が無く、ただ不愛想を決め込むばかり。

 朝から何人かに声を掛けたが、皆同じ態度で、中には手で追い払おうとする村人まで居た。手伝おうとするその親切心さえ疑うのだから、勇者を嫌うその気持ちここに極まれり、だな。



「仕方ないですね。ならば、勝手にやらせてもらいましょうか」

「……そうだね」



 というわけで、目につく所から勝手に片付けをしたわけだが、これが意外と大変で、壊れた家の片づけや、怪我人の搬送。散らばった物の片づけと仕事は山の様にあり、人手が全く足りない。


 向こうの世界じゃあ、今まで一度も大きな災害に遭った事は無いが、災害の後片付けってこんなに忙しいのか。ニュースの映像で、災害ボランティアにあれだけ感謝していた老夫婦の気持ちも解るわ。これが現実、リアルガチ、本物ってやつか。



 立花さんと二人、協力しながら崩れた家のガレキを片付けていると、「え~んっ!」と子供の泣く声が聞こえた。

 そちらに視線を向けると、村人の男衆が片付け作業の手を止め集まって、何やら相談をしている。その横では、ほこりと土で汚れた父親のズボンにすがりつき、泣いている子供の姿。



「お腹空いた~っ!」



 どうやら、お腹を空かせたらしい。

 だがそれも仕方ない。困ったことに、今のこの村には食う物が無い。

 そりゃそうだ。だって食べ物は、燃えたか潰れたかの家の中にあったのだから。無事な家も数軒あるが、それだけでは生き残った住人全てを賄うのは難しいし、無事だった食料だっていつまで持つか分からない。



「……森の中に行くべか?」

「……この時期なら、キノコぐらいなら取れるべ」



 泣く子を宥める様に頭をポンポンと叩きながら、父親は疲れた様に肩を落とす。

 どうやら森の中に食材を探しに行こうとしている様だが、その顔には疲労が色濃く出ていた。うーん、さすがに不憫ふびん過ぎるな。



「立花さん、ちょっと良いですか?」



 グイっと、頬を流れる汗を拭いつつ、少し離れた所に居た立花さんに声を掛ける。



「なによ?」



 一緒に居た女性陣にペコリと頭を下げ、こちらへと歩いてくる立花さん。おけを持っているところを見るに、水汲みにでも行くところだったか。



「お仕事中に済みませんが、例のアレ、出して欲しいのですが」

「……アレ、ってまさか、アレの事?」



 ニコリとほほ笑む俺とは対照的に、ゲンナリした顔をする立花さん。まぁまぁ、そんな顔しないで。だって些末な収納アイテムポケットにも、背負い袋にも入らなかったんだから、仕方ないでしょ。



「もうお腹空いちゃったの?」

「え? えぇ、まぁ」



 そういう事にしておこう。



 不承不承といった感じで頷くと、立花さんは何もない空間に指を走らせる。そして最後にポンと叩くと、地面にドサリと生肉が現れた。こいつは、先の遠征の時に立花さんが倒したブルファンゴのドロップアイテム、〈ブルファンゴの肉〉だ。



「やば、下に何か敷くの忘れてた」

「まぁ、洗えば大丈夫でしょう」



 丁度立花さんが桶を持っていたので、生活魔法サバイバーで水を出しブルファンゴの肉を洗う。そして、片付ける為に集めたガレキの中から燃えそうな木材を適当に積み重ねると、生活魔法で火を点ける。


 火を点けた焚火の上に、これまたガレキの中から集めた鉄の棒なんかを適当に組み、その上に洗ったブルファンゴの肉を乗せた。


 暫くすると肉から煙が上がり始め、同時にポタポタと、水分の混じった油が焚火に落ちてジュワッと香ばしい匂いを放ち始める。うん、食欲のそそられる良い匂いだ。



 すると、



「お、お前たち。この肉をどこで!?」



 その様子を遠巻きに見ていた住人の一人が、ブスブスと煙を上げるブルファンゴの肉を指差す。



「まぁどこだって良いじゃないですか。それより、皆さんも一緒にどうです?」



 良い感じに焼けて来たブルファンゴの肉を指差す。すると、ゴクリと喉を鳴らす住人。

 子供もそうだが、大人だって満足に食ってないから、喉を鳴らすのも解る。だがヨダレは拭いてくれ。



「……い……」

「ん? なんです?」

「……良いのか?」



 はい、落ちました~!



「もちろん良いですとも。他の皆さんも是非誘ってください。──立花さん」

「……なによ」



 俺たちのやりとりを、うさん臭そうな目で見る立花さん。ダメよ、勇者がそんな顔しちゃ。



「どうやら皆さん、お腹を空かしている様ですからね。アレなら、まだたくさんあるでしょうから、皆さんのお腹を満たしてあげられるでしょう」

「……はいはい」



 うさん臭い目でまた空間を操作して、ドロップアイテムから〈ブルファンゴの肉〉を出す。ドサドサと、地面に現れる生肉。あ、しまった。また洗うハメに。まぁいいか。


 洗い終わったブルファンゴの肉をその住人に渡すと、俺と同じ様にガレキで焚火と焼き台を組み、肉を焼き始める。それを見た他の住人達も、何やら相談した後に、「俺も」「私も」と肉を貰いに近付いてきた。おぉ、大漁大漁。



「まだまだありますからね。足りなければ言ってください」



 幾ら勇者を嫌っているとはいえ、腹が減ってはなんとやら。不幸に乗じての印象操作に多少気が咎めるものもあるが、効果は抜群。ふふふっ、胃袋を掴んじまえばこっちのもんだぜ。これで少しでも勇者への印象を良くしてもらおう。



 焼き上がったブルファンゴの肉を、子供達に渡す。「ありがとう!」と良い笑顔を返した子供達が、さっそくかじり付いた。周りを見れば、大人たちも夢中になって肉を食っている。

 その食いっぷりは凄まじく、出した肉が次々と消費される。この世界では肉は貴重なのか? いや、家畜が居たから、単純に腹が減っているだけかもしれないな。



 みんなが作業の手を止め、魔物の肉をおいしそうに頬張りながら笑顔を浮かべている。そんな村人を逞しく感じた。ただ単に悲しいほどに慣れているだけかもしれないが、この人達なら大丈夫だろう。


 肉を提供して本当に良かったと思うと同時に、ただ一人、立花さんがドン引きしていたのが印象深かった。立花さん的には、魔物を食うなんてアウトなんだろうな。うさん臭い目をしてたし。


 俺自身、魔物の肉に対して偏見は無い。ダンジョンに出てくる魔物で料理する漫画もあったくらいだし、森の中でも散々食べて意外と旨かった。ブルファンゴの肉なんて、まんま豚肉だ。だが、立花さん的にはどうにも受け付けないんだろうな。


 でもね、立花さん。遠征の帰りに食べた肉。あれ、実はブルファンゴの肉なんですよ? お店で買った肉と思っていたんでしょうが、そんなモンとっくに無くなって、俺が現地調達したブルファンゴの肉だからね。美味しそうに食べてたのは、言わないでおくけど。



 まるでバーベキューさながらの光景。それを見て、俺も肉を口に運ぶ。同じ釜の飯はなんとやら。少しばかり距離が縮まった気がした。

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