第54話 ナバダの決闘

 



 ゴブリンジェネラルから目を離さない様にしながら、ふと周囲に気を向けると、あれだけ聞こえていた喧騒が止んでいた。どうやら俺以外は何かしらの決着がついた様だ。いや、何かしらじゃねぇな。俺は立花さんを──勇者を信じている。



「ヂカラ、ミセデビロ!」

「そんなに焦るんじゃねぇよ」



 意識を切り替え、気を引き締める。

 ……さて、レベルを5しか上げていないけど大丈夫だよな? ダメなら【身体強化:微】を発動するしかないんだが、そうなると途中で魔力が切れちまうかもしれねぇ。そうならないよう、なるべくなら短期決着が良いんだが……。──そうだ!




 水平に構えていたショートソードを下ろすと、スタスタと歩いてゴブリンジェネラルへと近付いていく。「ギュフ!?」とヤツが何やら驚いているが、そんなの無視だ。


 そうしてゴブリンジェネラルの目の前まで来た所で足を止めると、片手で持ったショートソードを軽く上げて見せる。



「おいデカいの。男なら力勝負といこうぜ?」



 空いていた手をクイクイと曲げ、掛かって来いよと挑発する。


 と、ゴブリンジェネラルはニチャアと汚らしい笑みを浮かべ、ショートソードに自分のロングソードを上から重ねた。

 俺から言い出したことだから良いけど、なに勝手に上に乗っけてんだよ。そっちの方が有利じゃねぇか。



「……それで負けて、吠え面かくなよ。んじゃ、READYレディ──」



 ショートソードを両手で握る。対してヤツは、片手でロングソードを握っただけ。

 おい、片手なんてハンデのつもりか? 負けた時の言い訳にするんじゃねぇぞ?



「──GO!!」



 瞬間、ギャリッ!と甲高い悲鳴があがる!



 俺の振り上げと、ヤツの振り下ろし。体格差を抜きにしても、どっちが有利かなんて普通に考えたなら一目瞭然だ。


 そして、その通りの状況に動く。俺が下から突き上げていてるショートソードが徐々に下がり始めた。さすが、デカい図体なりの力はあるってか。



「こんにゃろ!」



 押し留めようと踏んばる。そんな俺を見て、ゴブリンジェネラルは鼻をほじくっていた。ゴブリンの間で、鼻をほじるのが流行ってんのか!?



「ふぬぬっ!」

「ガギャアァ!」



 鼻をほじりながら嬉しそうに叫んだゴブリンジェネラルが、さらに押し込もうと力を込める。それと比例する様に、互いの剣が上げる悲鳴が高くなっていく。




 ──が、それだけだった。



「ギギャア?」



 勝ちを確信したのか、バカみたいに口を開けたゴブリンジェネラル。

 その口が段々と閉じていくと同時に、眉間に皴が入る。



「お、さすがにバレちまったか?」



 片方の口角を上げる。

 ゴブリンジェネラルの視線の先には、交差する剣。その位置は先ほどと変わっていない。ゴブリンジェネラルが力を込めたのに、だ。



「ギュワ!」



 まるで間違いを正すかのように、片手で持っていたロングソードを両手で握り、さらに力を込めるゴブリンジェネラル。

 しかしそれでも、剣の位置は変わらない。変わらせない!



「おいおい、遠慮すんなよ。もっと本気出してくれても良いんだぜ?」



 煽ってやると、緑の顔を赤色に変えて必死に剣を押すゴブリンジェネラル。



「なんだよ、こんなモンか? これじゃ弱いモノいじめになっちゃうじゃねぇか」



 さらに煽る。

 するとますます顔を赤くし、まるで自分の体重を乗せるかの様に、前のめりになってグイグイとロングソードを押し込んでくる。


 ……なんだよ、こんなモンか。たった5しかレベルを上げてないんだがな。まぁ、少しは憂さ晴らしになったけど、これ以上は本当の弱いモノいじめになっちまうからな。



「おら、よ!」

「ギュワッ!?」



 一度グッと腰を落としてから、背伸びする様に、少しずつショートソードを持ち上げていく。

 徐々に剣の位置が上がっていき、そして始めの位置に戻った時、怒りと困惑が入り混じった顔を浮かべるゴブリンジェネラルが当惑した呟きを放つ。



「……ナンダ、ゴノ、ヂカラ……!?」

「これか? ただの人間の力だよ!」

「バガナッ!?」



「ウガァアァァ!」と、呼吸することも忘れ必死にロングソードを押してくるゴブリンジェネラル。余力無しの全力なのか、今までで一番の抵抗を感じる。──だが、まだ足らねぇよ!



「おらぁ!」

「ギュォア!?」



 両手から片手に持ち替え、交わるショートソードに下からゲンコツを噛ますと、ショートソードの刃先が上へと跳ね上がる! 


 その動きを予想だにしていなかったのか、ゴブリンジェネラルは慌ててロングソードで防ぐが、すでにショートソードの刃先はヤツの喉元近くまで達し、さらに少しずつ近付いていく。



「ギ、ギガガガッ!」



 額に玉の様な汗を吹き出し、さらに青筋まで浮かべながら、腕と赤い顔をプルプルと震わせて、全力で押し返してくるゴブリンジェネラル。俺ならここでタマを狙って前蹴りを噛まして、相手を離れさせようとするんだが、ヤツはそこまで頭が回らないか。デカくてもゴブリンはゴブリンって事だな。



「ギッ、ギギッ!?」



 強く噛み締めた奥歯をギリギリ鳴らしながら、必死の抵抗を見せる。


 だが、俺のショートソードがついに喉元に触れると、スッと一本の線が入る。

 そこで留まらずさらに喉元へと押し込んでいくと、傷から滲み出た緑色の血が、ショートソードを伝ってポツリポツリと垂れ始め、その量が少しずつ増えていった。



「どうだ、怖いか? だがな、お前がその手に掛けた村の人達も、同じ、いやもっと怖かったはずだ」

「ウゥギギ! グゥギッ!」

「その人たちが味わった恐怖を、お前も味わうんだな!」



 別に仲良くしていた訳ではなく、逆に疎まれていた俺たち。だから村人に対して、特別な感情は持ち合わせていないし、そんな高尚な考えも持っていない。

 だが、俺の胸糞を悪くした罪は償わせないといけない。



「終わりだ」

「ギュフェ!?」



【身体強化:微】を発動させる。それだけで、ゴブリンジェネラルのたるみ切った喉元に、ショートソードが深く沈んでいった。



「カ、カヒュ?」



 ゴブリンジェネラルから息が漏れ出る。それは口からか、それとも喉元の傷口からかは分からない。が、急速にヤツの力が抜けていく。


 ボタボタと、大量の緑色が広場の地面を染めていき、その上にヤツは膝から崩れ落ちていった。



「……ふぅ」



 額を手で拭い、ショートソードを振って付着した血を落とす。魔王の直轄にも、意外と楽に勝てたな。まぁ、スキルとレベルのお陰か。



「カヒュ、カヒュ」



 喉から大量の血を流しながら、それでもゴブリンジェネラルはまだ生きていた。ゴブリンの生命力は強いって言うが、本当なんだな。

 しかし、このまま苦しませるのはさすがに酷だし、止めをくれてやるか。



 倒れているゴブリンジェネラルに近付き、ショートソードを高々と上げる。このまま首を落とせば死ぬだろう。


 すると、グルリと首を回して俺を見る。漏れ出る息の音が止まる。


「……ユウジャ、ヨワ、イ、ギイダ、ノ、ニ……。ダガ、ラ、ゴロジ、ギタ、ノニ……」



 ゼッゼェと激しく呼吸するゴブリンジェネラル。だが、それと比例する様に、傷口から流れる血が増えていく。


ヤツの半開きの目が俺を捉える。



「……オマ、エ、ナニ、モ、ノ?」



 何者、か。ただの従者だよ、勇者のな。



「マサ、カ、オバエ、ユ、シャ?」

「……だったら良かったんだがな。残念ながら、勇者は他に居るらしいぜ」



 顔を上げ、南門の方角を見る。煙が変わらず上がっているが、彼女の事だ、問題無いだろう。



「ジャ、オマ、エ、ハ……?」

「なんだろ、な。ただのモブならあれこれ考えずに済んだんだけどよ。どうやら、その勇者のお付き、らしいぜ」

「ユウ、ジャ、ノ、ナカ、バ……」



 真面目に答えてやる義理も無いのだが、コイツも答えてくれたのだからと素直に話したくなった。罠くせぇとも思ったが、それ以上に、なんだか話してやるのも悪くないという思いの方が強かった。


 サラッと、何かが風にさらされる音がしてそちらに視線を向けると、ゴブリンジェネラルの足が徐々に黒い霧に変わっていき、上へ上へと伸びていく。止めは、いらないな。



 それが首まで来たとき──



「オマ、エ、ジャ、マオ、サマ、カ、テ、ナ……、ィ……」



 ゴブリンジェネラルは、勝ち誇った笑みを浮かべて消えて行った。



「問題ねぇよ。俺は勇者じゃないし、魔王を倒すのは勇者って相場は決まってんだ。それに──」



 ショートソードを鞘に納め、空を仰ぐ。



「……俺はこの物語の主人公じゃねぇしな」




 二つの月明かりが、スッと陰った様な気がした。

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